第38話 フェイク
第38話 フェイク
「分からないんです。智さんは兄と関わりがあって多分兄さんの死について知っている。でも、私にとっては異界に一人で逃げてそれを危険を省みずに匿ってくれた恩人です。もし、その人の口から兄を殺した原因を作ったと聞いてしまったら私の身は裂かれる様に辛い。でも、一番辛いのは仇を取ろうとしても、恩人に対して刃を向けることのできない私自身なんです」
掌で目を擦り駄々を捏ねる子供の様に泣きじゃくる。能田たちの拘束も自然と解けていった。
巳波に至ってはその豊満な胸を貸して由加里の顔を埋め宥めている。今まで気丈に振る舞っていたが限界が近いことが分かる。
しかも、智の行動は自分が原因であると自白しているのと同等の行為だったのが更に堪えたのであろう。
「由加里は優しいね」
「おい、智。お前がガルデの死に関わったのは明白だ。俺たちを納得させられるだけの理由がちゃんとあるんだろうな?小学校からの付き合いって言っても今回ばかりは我慢ならない」
眉間にシワを寄せ、野獣の如き眼差しを智に向ける。仲間であるはずの中坪だが、この時ばかりは心の底から恐怖を感じた。
「中坪、目くじらをそんなに立てるなよ。ここは由加里の気持ちを汲もうよ」
空中に浮かぶナイフに自分から刺さりにいった。喉元に深々と刺さり、どう見ても致命傷だ。
動揺が広がり、反射的にナイフの固定が解除される。地面に突っ伏し、口からは大量の血液が流れ出た。
「誰でもいいから、治療できる人を呼んで!」
涙を拭いさっきまで泣いていたのが嘘かの様な手際で体を仰向けにさせる。巳波も近くに寄り頭を膝の上に乗せ患部を心臓より高くし、出血を少しでも防ごうとするのだがこれが適切処置なのかも分からない。
違うと言う事を裏付ける様に口からの出血は一向に止まらない。それどころか、鼻からも出血した。...のだが、何かがおかしい。
「ねぇ?何かおかしくない?」
「私もさっきまでは気が動転していて気がつかなかったんですけど、口からの出血はひどいのに患部があるはずの首から全く出血していません」
巳波の言葉を由加里が捕捉する。
身体が痙攣しだし、目も白眼を向いているのだがどこかがおかしい。
「体が暖かい....医療は専門外なんだけどこういう時って、普通冷たくなるよね?」
巳波が智の身体に触れると全員の間に不審な空気が流れる。
「カナちゃん引っ張ってきたで!」
田代がフワフワのヤギの様なパジャマ?ヤギの着ぐるみパジャマに身を包んだカナが目を擦りながらやってくる。20歳を超えているのだがよく似合っていた。
「何ですか?眠いんですけど、、」
あくびをするカナが目を擦る。
「智さんの首にナイフが刺さって重症なんです。治療を早く」
由加里の言葉にも微動だにせずトテトテ智に近づいて吐瀉物に視線を落とす。
「これは赤ワインかな?」
まどろんだ声で冷静に状況を判断していき、最もタブーとされている患部に突き刺さったままのナイフを勢いよく引き抜いた。本来、首に刺さっていたのなら噴水の様に血液が飛び出ただろうが、ナイフの先端にすら血液がついてない。
「これ、面白いナイフ」
先端を軽く指で押すと柄に刃が引っ込む。縁日でよくくじの外れで貰えるマジックナイフさながらだった。
「バレちゃったか。口ではあんな事を言っていた由加里が真っ先に率先して救命行為を行おうとする。本当は誰よりも優しい子なんだよって事を伝えたかったんだけど、方法が悪かったかな?」
体を気怠く起こし、顔周りに付いた血液もどきを綺麗に拭き取る。
さっきまで心配していた面々の表情が今までに無いぐらい強張ったところで本人が口を開いた。
カナがしゃがみ込み、そのお調子者唇に人差し指を当てる。
「甘えたかったの?だからってこんなにスリリングなことしちゃめ。だよ」
小動物の様な可愛さを誇るカナが笑う姿は男女に関係なく癒されると定評があった。普段であれば和むのだが、そうは問屋が御さなかった。
焚火を囲むメンバーにカナが加わりその手元には木製のコップにホットワインが入った飲みもが両手で握られ、智の膝の上にちょこんと座る。
他の者も何人かは同じく飲み物を飲んでいるのだが、空気は楽しくお茶会ができる様ではなかった。
「まぁ、さっきはあんな悪ふざけをしちゃったけどちゃんと意味があったって事で」
焚き火に大きな鍋を掛けて白い液体をかき混ぜながら弁解するのだが、疑心の目は未だに向けられ続ける。
「へー。じゃあ、どんな意味があるんですかね?詳しくお話し願いたいな」
由加里の言葉遣いは普段以上に丁寧なのだが表情は笑っていない。それどころか、隠しきれない殺意の様な物を感じさせていた。
周りからの視線も痛く、身体に突き刺さる様であった。
「敵を騙すには味方からって言うから騙してみた笑。俺はガルデを殺した。罪も背負わないといけないんだけど、取り敢えずは三人の計画を聞いてほしい」
焚火に鍋伝いに中身が少し滴る。黒い煙と共に甘い香りが広がり鼻腔をくすぐった。




