第26話 料理男子
第二十六話 料理男子
剣の達人同士の戦いで時間が互いに永遠の様に感じる時があると言う。あれは一瞬とも言える瞬間を敏感に感じとっているだけに過ぎない。しかし、この場ではそれとは違う意味で時間が永遠の様に感じられた。
この場にいる誰もが思っていることは同じであろう。この沈黙を破る一言を発して欲しい。簡単なことではあるのだが、こういう場面では逆に一番難しい行動でもある。
『ふっ、ふざけないで。あんなに真剣に戦って死の淵を何回も見た。ここまできたのに貴方は一体どんな神経をしているの?恥を知りなさい』
ツカツカと群衆の間を掻き分け、巳波が抗議にやってきて、智の鼻頭に人差し指を思いきり当てめり込むほど押し込んだ。
全員の意見を代弁し、雰囲気をぶち壊す。
『悪いけど俺は大真面目。そんなに恥を知りたいなら自分の胸元見てみなよ。豊満な乳房が今にも溢れ落ちそうだよ』
そう言い放った次の瞬間、巳波の装備品が瞬時に劣化し、豊満な胸が露わに...なりそうだった。
『キャ、ちょっと何で』
赤面し、しゃがんで前を隠す。度重なる戦闘で磨耗していたとは言え先程よりも明らかに傷んでいる。感がられる可能性は一つ。
「何、能力を多用しているんですか。監督者の名前が泣きますよ」
ゴミムシを軽蔑するかの様に冷ややかな目を向けて淡々と由加里が話す。
「由加里ちゃん、酷いなー。そんなに俺が作った料理気に入らなかった?みんなの体に魔力を蓄積させる為に魔物の肉を調理して出したのそんなに怒ってる?」
巳波の顔から血の気が引く。仮にも巳波は幼少期から食事は質の高いものを食べてきた。ましてやゲテモノと言われる魔物の肉など食べた日には家から追い出される。
「うー。気持ち悪い」
「大丈夫ですか巳波さん!?」
お姫様である由加里は案外平気そうな顔をしているのだが育ちの良い巳波はそれに耐えられそうにない。
なんとも言えない表情で巳波が身体に影響はないか入念に触る。こちらの言葉など既に聞こえている様子は無かった。
「さて、話の続きをしちまうか?」
「そんなものはもういらん!!私の勝ちだ。愚か者たちめ。天蓋の淵を見てみろ」
残った腕を天蓋の淵に向かって大きく指し示す。
そこには先程まで無かったいくつもの影が蠢いていた。
『あれって、負傷した人達?』
ナギがポツリと呟く。逆光で所々見にくく、人とは言い難い姿もある。しかし、そのいくつかは見知った顔が多い。
「そうだ。お前たちは負傷すると別の場所に離脱する魔法が掛かった装備品を身につけている。転移された場所には私の分身が置いてあり、私の人形になる様に魔法洗脳した!じっくりと時間をかければ人を操ることに長けた者の魔力がなくとも操る事ができる。まぁ、あいつは操ることしかできない能無しだったが....」
そこまで言った所で智が腰から刀を引き抜き、司祭の口元を掬い取る。文字通り司祭の口は地面に落ていった。
「口がー」
「仲間を卑下するやつに口はいらないだろう?」
だか、奇妙な点があった。鮮やかすぎる切れ口だったのか全く流血していない。それどころか衝撃映像から咄嗟に目を背けた者たちが恐る恐る目を開いてみると、地面に落ちた口がパクパクと動き、言葉を発するのだ。顔の方は口元だけのっぺらぼうの様になっていた。
「面白いだろ。移流切りって言ってな。あるもの同士を切ってあべこべに繋げる魔術だ。空間ごと切っているから痛みは無いけど、仲間を侮辱した重さを知れ」
本体はこぼれ落ちた口を探す為に地面を手で探し回る。その意思とは関係なく、口が嗄れた声でまた動いた。
「状況がわかっていない様だな。私が合図をすれば上にいる奴らは一斉に襲いかかってくる。かつての仲間とは気付かずにな。それが嫌だったら大人しく」
不意に天蓋から黒い物体が落ちてきた。
「誰だ?落ちてきたのは私はまだ合図をしていない」
体の本体が口を探すのをやめ、その物体を見てみると体中が震えた。
「落ちてきたのは私?」
地面にくっついた口がそう言った。
音もなく落ちてきた体が茶色く変色し皮膚がめくれ上がって崩れ去る身体。中からは死臭がし、体の芯までが腐りそうになる。
「なぜ、私の分身体が真っ先に落ちて来るんだ?」
いくら野生の魔物の群生地とは言え遅れを取るほど柔な分身ではない。そっくりそのままの能力を生写しの様に転写させた。そんな分身なのだ。
「あんたはさ、俺が今までどんな暮らしを送ってきたか分かるか?」
「分かるわけないだろ!? 私はお前たち空間を司る監督者を殺し死体から空間を操る魔力を抽出する事にしか興味がない!」
焦りのあまり、巻き舌になり脂汗を額から流す。目も挙動不審にギョロギョロと様々な方向を向いている。
「誰でもいい。下に降りてきてこいつらを抹殺しろ」
辺りは鎮まり返り誰一人として一歩も動かない。
中には人間とは言い難い先程の魔獣に近い体の作りをしたものもいるが、聞く耳を持たない。
「どうした?早くしてくれ」
掠れた声で涙を流し、訴えるが誰一人として降りてこない。




