第二話 屑の青年
第二話 屑の青年
翼竜が背中の大きな翼を広げ飛び去ろうとするも重装兵が身体に打ち付けた槍が深々と刺さり血が迸り、地面に再び脚を付けその姿が露わになる。
『あ、ああ、、。』
魔女をあしらった大きな帽子を被った各々色が違う衣に身を包んだ女の子の魔法使いが声を漏らす。防寒のため、支給された毛皮のロングブーツの金属装飾をカタカタと震わせ、その目には恐怖が映り込む。生まれた時から魔物や魔力に触れてきたこっちの世界の人ならまだしも。ましてや、裕福な暮らしを日々堪能している人種にこの状況は堪える。
『射れ〜』
魔法隊のさらに後方に位置していた飛弓隊が掛け声に合わせて一斉に矢を放ち第二波を番える。
魔法隊もさまざまな属性の遠距離魔法が飛竜の体を捕らえるが、力なく地面に吸われていく。
また1人、また1人となすすべもなく地面に伏していった。
飛竜の死角から鱗が薄い後頭部に向けて攻撃を放とうとするも頭から後方に突き出した日本の角が青く光り、脚から一筋の稲妻が攻撃者へ迸る。
洞窟内部にの蒼くひかる輝石自体が電気を通しやすいのか、何倍にも稲妻が増幅され、1人、また1人と倒れていった。
最初は1200人を超す大隊であったが、今いるのは千人程度
皮肉にも重装兵が付けた傷が無ければそのまま天井の穴から翼竜が飛び去り、そこまでの被害だったのかもしれない。
『そんな、ありえない』
銀色の甲冑に見事なまで研磨された鎧。手甲を付け、分厚いブーツを履いたブロンド髪の女性はその場で脱力しきって座り込む。
体からガシャガシャと銀属音が奏でられ、洞窟の中に響き渡る。腰には宝石が散りばめられた玉虫色のレイピアが携わっていたが、女性が対峙しているものにはまるで歯が立たないだろう。
『皆さん諦めないでください。主力メンバー不在でもさっきみたいに陣を組めば,,,』
『簡単に言わないで』
脱力しきってうなだれている女性の横から栗色のゆるふわ髪を束ね豊満な胸と丸みを帯びた大きな眼鏡を携えた少女の言葉の言葉が遮られる。先程との女性とは対照的に身体を布の簡素な服に身を包み皮の鎧を胴体に身につけ、小さな木彫りの杖を携えた装備が一際目を惹く。
『異世界に来て私達は訓練を積んだ。その中でランク付けして上位のものには最高の装備を与えられた。ここまで主力メンバーが戦えたのは二ヶ月間何度もこのダンジョンに挑んだ成果なの。大してダンジョン経験もない私の荷物持ちしかできないあなたに何が分かるの?ここで私達は終わり。死ぬのよ。力があるなら貴方がみんなを助けてよ。』
大粒の涙を流し年下の少女に懇願するその姿は普段ならば滑稽に映るがここでそんな事を言っている余裕が無い程に状況は緊迫していた。
最前線で勇ましく、剣を振るい、弓を構え、魔法を唱える人々も連携などあったものではない。
『でも、でも何か方法が.,』
身体中が強張り、困惑しつつも言葉を探す。
足から崩れ、額からは脂汗が滲み出し今にも泣き出しそうになっていた。その横でオロオロとする少女の顔も血の気がひいていく。
『アハハハハハハ』
二人のすぐ後方の暗闇から狂気的な笑い声が聞こえて来た。戦闘中だと言うのに、古びた皮の服に身を包み、植物で編まれた不格好な靴に腰には古ぼけたベルトと身の丈に合わない五角形の赤い宝石をあしらったペンダントを首から下げ頼り甲斐のない片刃の片手剣地面に棒の切れっ端をさしただけのハンモックに寝そべりながら、甲高い、一人の青年の声が響いた。
『何がおかしいの?』
涙を拭い去り、ゆっくりと口を開き、後ろを振り向くと本を読み、焚き火をしながら串に刺した何かの肉を火で炙りながら優雅に大量の荷物番をする青年がいた。
『面白いのはあんただよ。全てが面白い。後輩が憧れを抱き、無能なあんたの事を崇拝してるのに当の本人は怯え、死に場所を探している。』
『あなたは何なんですか?巳波さんはここまで必死に努力してランキング1位を勝ち取って、指揮官にまで上り詰めたんですよ。身よりもなく運良く私達とこっちの世界に来れただけで、訓練もせずにごはんを食べて偶にお散歩していただけの人が何言ってるんですか?』
栗色の髪を靡かせ、すごい剣幕でハンモックに近づき主を引き摺り下ろそうと胸倉を掴むも逆に青年に豊満な胸を鷲掴みにされた。
『ムニ、ムニムニ』
それどころか、ハンモックから勢いよく体を起こし、両手で乳をこねくり回す。…しかもかなり激し目に。
『みんなが食べていた料理は俺が調達した熊肉や野草で俺が作ったんだよ。誰に食べさせようが、俺ががどれだけ食べようが俺の勝手なんじゃ無い?』
言葉紡ぐ声自体は優しいものの、手つきは嫌らしさしか感じない。ようやく自分が何をされているのか認識できたのか、顔をあからめ息を乱し杖を振りかざし、一言、
『何するんですかー。このど変態』
力いっぱいにそれを振り下ろした。
『バッッッッキリ』
ハンモックを支えていた簡素な支柱がまがり、ど変態は杭のように地面に刺さっていったように見えたがメシしか食べていないような体では中で砕け散っているのは容易に連想できる。
『ちょっとやり過ぎなんじゃ、』
『わ、私の中の正義がやれって呟いてついやっちゃったんですー。』
粉塵が巻き起こり2人の眼線が地面に吸い付けられたかの様に凝視する。
『可愛い顔してるのに酷いことするねー。脳筋ゴリラなのかな?』
そこには到底ないはずの像が姿を表す。ハンモックは滅茶苦茶になっていたが、そのド変態は傷一つなくピンピンとして立ち上がっていた。
『に、してもそろそろヤバイかな。奴さん、ようやく本気になったみたいだ。』
『ギャャャャャャー。』
遥か前方でそれは躍動する。空気を引き裂くかの様な声が搾り出された。
幾人もの人が体を強張らせて、これから来るであろうそれに身構えた。しかし、それは戦闘をしている者では無く、頭を潰すために発せられる様であった。
『嘘?こっちに口を開いてる?』
『巳波さんの事は私が守ります。』
勇ましく口を開き、気をくり抜いて作ったような杖を自分の身体の目の前に出し、短く詠唱を呟くと薄緑色の壁が2人の女の子の前に出た。風の属性を持つ魔導防壁の一つで、火の攻撃に耐性を持つ。もっとも、同じ質量の魔力である時に限る話だが。
『その守り方0点だよ。みんな死んじゃう』
『何やってるんですか、私の胸揉んだど変態さん早く防壁の中に、、』
そう言うや否や、抑留の口から火球が発せられた。空気がビリビリと震え、空気中の膜が張り裂けんばかりの轟音と風が響き、防壁に亀裂が走る。
『そんな防壁一つじゃ意味ないよ。編隊無しで防ぐならこれ、』
そう言い放ち、腰に帯刀していた片手剣を引き抜き、姿勢を低くして脇に構える。次の瞬間、左下から右上にかけて刃が移動し、吸い込まれるかの様に火球の間に空間が生まれ、二つになって三人の後方で炸裂の火柱が登る。焔が上へ登る轟音と共に障壁が粉々に崩れ去った。