第13話 一歩先の兄
第13話 一歩先の兄
視界が捻れ、地面についているはずの足がフワリと感覚を失う。胃の中なら込み上げてくる異物を感じ、膝を折り胃の中のものを洗いざらい吐き出した。
「何...コレ?」
「己で研究しておき解らないのか。お前のさっき使った粉は回復薬などではない。身体を蝕む毒だ」
意味が分からない。回復魔法とは異なり、身体の一部を元の状態まで戻した。受けたダメージが無かった事になる筈なのに安く見積もっても受けた攻撃の二倍は身体が傷んでいる。
「確かにお前の体は一見完治した様には見える。しかし、それは肉体だけだ。傷ができ、血が流れる。傷だけを完治させ血を失っていれば身体の中の心臓が暴れ回り、早く血を循環させようとする。その状態で満足に戦えるはずも無い」
盲点だった。実戦では傷付けば血を失い、目を回す。いくら理論を立ててあっていても使うまでその真価は分からない。数年にも渡る研究が音を立てて瓦解した。
「さて、異界から来た者達に最早充分に戦えるだけの力は残っていない。先程の堕落王、指揮官の女、そしてお前の三人の行動を見て士気を上げているに過ぎない。前線逃亡した二人に加えて、お前の首を跳ねたらあいつらはどうなるのかな?」
距離を一気に詰め、心臓部を横一文字に斬り付ける。胸にしまい混んでいた小瓶が粉々に割れて、身体が大きく吹き飛ばされた。
「かはっ」
地面に打ち付けられ、肺の中の空気が押し出される。辺りは青い砂煙が充満し、中に居る筈の吹き飛ばされた人影は認識できない。
「運が良い奴め。研究の成果と言う瓶が弾け飛び、結果的に身を隠す煙幕となった様だが、晴れた瞬間に終わりにしてやろう」
横を薙いだ剣を大剣の様に太くさせ、両腕で右の肩へと担ぐ。かなりの重さであろうその大剣は軽々と担がれはしたものの、異様な違和感を感じる。まるで釣りをする時にヒットした魚が最後に抵抗する時にするような感覚が、ひしひしと腕を伝ってくる。
煙の中から一人が飛び出してくる。いや、出てきたと言うよりも引っ張られたという感覚が近い。
身体ががしなり凄い勢いで飛んでくる。
その手には削り取られた鎧の一部が握られている。脇目も振らずにその一部が鎧に引き寄せられる。そう、体ではなく鎧の一部を復元したのだ。
大剣を急いで正面に振り下ろそうとしたその時には
「もう、遅いよ。兄さん」
腹部には右手での掌底打ちが綺麗に決まり、風の魔力と相まって、洞窟の壁面まで余裕でリーム王は吹っ飛ばされた。
「妹ってのは、兄には追いつけない。だから、よく見たの。だから、最後この前と同じように大剣で勝負を決めると思った。皮肉だよね。勝負が兄弟だからこその結果になるなんて」
言葉を呟き俯く。幼少期の兄との思い出がこみ上げ、頬からは一筋の熱い想いが流れ出る。
洞窟内部に地震のような振動が響き渡る。粉塵が舞い上がり、戦いの手が止まる。数倍の体格差がある男を吹き飛ばしたと言う事実に顔を強張らせる。
「o o Oおおおーーううううuuuー」
親衛隊は戦闘を放棄して武器を手放し、粉塵の中に飛び込み瓦礫を漁る。
「どこにいますか?」「返事してください」
「王、王、王、王、王、王、王、王、王、王、王」
口々に叫び涙を流しながら慟哭する。
「回復魔法が使える人は由加里の元へ。それ以外の人は防御を固める。魔法隊、弓隊集まれ!」
秋宮の呼びかけと共に足早に集まり、防御態勢を整える。回復魔法を使える数名の者は血液を生成する命令文を杖を翳しながら唱え、それ以外の魔法使いは人の侵入を拒む障壁を張る。
「悪いんだけど、ひと段落したならこっちに回復要因回して貰ってもいい?応急処置はしたんだけど巳波もヤバイ」
「わ、分かりました。今行きます」
由加里の回復を促していたクリーム色の毛に合わせるように全身クリーム色のローブに身を包んだ可愛らしい女の子が後ろの智からの声に応え、走って向かう。ズボラな性格なのか、帽子を被っていたのかは定かでは無いが、癖がつき髪の毛が跳ねている。
「全く、あいつは何のために走ったのか分からないな?まぁ、竜を倒した勇者も働きっぱなしって訳にはいかないらしいが、あいつに渡された翼竜の血液で助かったのも事実だから、責めていいのやら、褒めていいのやら?」
「まだ、気を抜かないでください。体に残っていた魔力で一矢報いましたが確認が取れない限り襲ってきますよ」
しゃがみ込み、全身を休めながらも、粉塵の中を警戒する。一向に粉塵が止む気配はなく、更に勢いを増す。そんな中、粉塵の中から一人の影が出てきた。正確には粉塵の中から地面を伝って染み出し、それが目の前で人の形になった。
ボロ切れのような不気味さを醸し出す黒いローブに身を包み、長髪は濡れ身体にしっとりとひっついていた。しかし、異様なのは濡れているのは髪の毛だけで他は全く濡れていない。
「何者だ貴様」
秋宮が杖を手にし、構えて小型の火球をいくつも空中に留める。他の人も短剣や弓、杖を手にする。男かも、女かも識別できないそいつは上擦った声で口を開く。
「何者だとはご挨拶ですね。私は影、8つ目の属性の力を持つ監督者です。みなさんねような光が強い程、我々も強く影響できるのです」
動揺が戦場を駆け巡る。先程の会話での弟子の数は7。8だと数が合わない。
「姫、魔力の属性は全部で七つなのでは?」
「七つです。八つ目なんて聞いたこない。それと姫って呼ぶのやめて下さい」
「悪いな道化師、指揮官不在でプリンセスがああいう以上、お前は敵だ。総員、かかれー」
最期の一文に全く気を留めずに新たな呼称を口ずさみ、指揮をする。叫び声と同時に矢が水平に放たれ、上空に飛び跳ねて其れを躱す。時差で垂直に放たれていた矢が弧を描きながら降り注ぐが、空中で腰を捻り、寸前の所で身を返す。
予期していたかの様に地面に着地し、全方向火球で囲まれ炸裂した。
爆風が少なからず届くが、障壁のおかげで衝撃は然程感じらない。
「やりましたかね?後、プリンセスって呼ぶのもやめて下さい。虫唾が走り、不快です」
「りょ、了解です」
蔑むどころか、今までに見たことない様な冷え切った様な目に背筋が凍り付きながらも、冷え切った笑顔で返す。
煌々と燃え上がり魔法を扱える者が杖を振りかざし、勢いを維持させる。だんだんと鎮火して行き最後には消炭も残らない。 筈だった。
実際には先程と表情一つ変えていないその者が悠然と立っていた。
「酷いですね。いきなりこんな仕打ちをしてくるなんて」
「馬鹿な。こちらの今の最高火力だぞ。なのに....」
言葉を遮って口を開く。
「私が司る力を説明しようと思いましたが、不要な様だ。せめて、ご覧にいれましょうかね?」
ポケットの中から拳程度の楕円形の瓶を取り出し、地面に投げつける。中から一匹大蜘蛛が出てきて、それを裸足でグシャリと踏みつける。人差し指を噛みちぎり自分の灰色の血液を垂らす。
するとカプセルから出された蜘蛛ぐらいの大きさになり、紫色の瘴気を発しながら赤い目を輝かせる。
「この、蜘蛛。さっきのやつと同じ。って事は貴様が兄達と東京を攻めたのか?」
「酷い言い方ですね。私が兄上をたぶらかした様な言い方だ。心外ですね、私達は力を添えただけですよ」
ニッカリとはを出し笑うがその多くは抜け落ち、ヤニがこびり付き黄ばんでいた。大概の者は良い印象を抱かない。
「私の兄は国の為にその剣を捧げた武人だった。そんな兄をお前はたぶらかしたんだ」
「はぁー?勘違いも甚だしい。では自分で確かめてご覧なさいな。最もちゃんとした意識があればですけどね」
指を鳴らし、煙の中から見知った一人の人影が歩み出てきた。




