平行線の言の葉たち
屋上の片隅、少ない日陰に縮こめた体を収め、棒付きキャンディーの包装を破く。
ポップな包装の下から、薄桃色が現れた。
陽の当たる場所では、空に真っ黒なカメラを向ける男が一人。
同じ学校に通う証でもある、同じデザインの制服に袖を通した彼は、私に背を向けてカシャカシャパシャパシャ、空を撮り続けている。
「好き」
破った包装を握り潰しながら、一つ、呟く。
私の声がしっかりと届いたらしい彼は、ゆっくりと振り向いて、短く切り揃えた前髪を風で揺らす。
顕になった眉を、これでもかと寄せ、眉間に深いシワを二本も三本も刻んでいる。
その不満げで不愉快そうな顔を前に、私は棒付きキャンディーを揺らしながら、にっこりと笑う。
わざとらしく、眉を上げ、目を細め、口角を引き上げる。
「好きですよ」
もう一度、今度は噛み締めるように告げた。
折り曲げていた膝を引き寄せ、腕で抱え込んで、その膝の上に顎を乗せる。
それから、ゆるり、小首を傾げ、上目遣いで彼を見上げた。
細身の成長途中の体には、些か大きめの制服。
着られている感こそないものの、それでもまだ余裕が見られて、きっとそのうちピッタリになるのだろうと思う。
それに、更に目を細める。
反対に、彼の眉間のシワはどんどん深くなった。
「好き。好きです。大好きです」
口の中にキャンディーを放り込む。
前歯とぶつかって、カチリと音を立てた。
「骨張った手も、ちょっとつり上がった目も、眉間のシワも、緩めたネクタイも、少し裾の余ったズボンも、空を見上げる横顔も、撮った写真を見て笑う顔も」
一つ一つ、指折り数えるように上げていく。
上げる度に、彼は元々歪めていた顔を、更に歪めていくのだが。
それすら、何だか楽しいことのように思えて、私の笑みは深まる。
我ながら性根がねじ曲がっている。
「全部全部、好き。大好き」
カラコロ、薄桃色のキャンディーが口の中で、歯とぶつかり合っては高い音を立てる。
頭の片隅に鉄琴が浮かんでは消えていく。
そんな私を見透かしてか、彼は顔のパーツをまとめて真ん中に寄せるようにして顔を歪めた。
それから肺の息を丸ごと入れ替えるかのように、深い深い溜息を吐いた。
「嘘つけ」
吐き捨てるような一言に、私は目を丸める。
彼はカメラを下ろし、真っ直ぐに私を見た。
一眼レフカメラは黒いストラップが付いていて、
それを首からぶら下げている彼の胸下辺りで揺れ
ている。
「毎日毎日、薄っぺらい言葉ばっか並べて、嘘く
さいんだよ」
下げられた顔はよく見えない。
私は小さく肩を竦めた。
「俺はお前が嫌いだ」
静かに顔を上げた彼は、こちらから目を逸らしてそう言った。
私が口を開こうとして、キャンディーと歯をぶつけて音を立てている間に、返答を待たずに彼は私の横を通って屋上の扉から出て行ってしまう。
扉の閉まる音が、バタンッ、と大きく響く。
屋上に一人取り残された私は、小さく息を吐いて、四肢を投げ出すように転がった。
見上げる空は雲一つない青空だ。
晴天、この空を表す言葉を思い浮かべて、カメラの中に収められた空の方が見たいと思う。
彼の目で見えたものだから、見たいと思うのだが。
「嫌だなぁ」
キャンディーに歯を立てる。
「嘘なんて、一つも吐いてないのに」
ガリゴリ、ゴキン、キャンディーを噛み砕く。
丸い形をしていたキャンディーが欠片になり、ザラザラとした舌触りを感じながら、残った棒も噛み締める。
棒にもほのかに桃の味。
寝転がったまま、口の中の棒を揺らし、青空から目を逸らすように瞼を下ろす。
瞼の裏には澄み渡った青ではなく、彼の赤く染った項が浮かんでいる。
「どっちが嘘つきなんだか」
吐いた吐息は桃の香りがした。