第3話 Skill
結論から言うと、彼女は導入説明としては不適格だった。
とにかく圧倒的に説明が足りない。不慣れな“新人”という設定なのか、少しドジという“性格”を持つ設定なのか、もしくは田舎の“アルバイト”職員という設定のためか、導入説明としては不適格としか言いようがない。
今回訪れた冒険者が偶然この世界を知っているから特に大きな問題にはならないものの――
(これは、明らかに運営に問い合わせる事柄)
けれど、それも仕方ないのかもしれない。彼女と接していて、少し思い出したことがある。
彼女のようなギルド職員。言葉も足りず、理解も足りず、愛嬌とどじっ子というべきか。妹キャラのような、そういう立場のギルド職員が確かにいた。
それに――
「VRMMOだから、あえて導入説明がない? ここはゲーム。導入説明が無ければ、情報掲示板が活性化する、か」
納得しながらも、掲示板をはじめとした現実には触れない。
オズワルドにとって、ここは過去の現実に非常に近い。いや、“オズワルド”は、過去、この世界に生きていた。
オズワルド・エンプティ=トライワレイ。
喪失してしまったその記憶、その全てを取り戻すために、オズワルドはここにいるのだから。
それよりも――
拡張を済ませた後、ナナリーのいる受付から無人の受付口に移動したオズワルドは、自動で現れたウィンドウに軽く驚きながらも文面に目を走らせた。
スキル――ゲームとしてはよくある手法だが、この世界にも当然「スキル」は存在する。だがこの世界のスキルの特徴は、しかるべき場所で学ぶことで身に付く。買うことのできるものではない。
今、自分がこの世界でどんな物事を行う事がができるのか。もしくは、自分が行えることの中で何が得意で、どんな事をすればそのスキルが成長するか。それをわかりやすく文字と数値化して表示しているもの。それが、このウィンドウだった。
もちろん、オズワルドの記憶にこんな便利なウィンドウは存在しない。これはこの“ゲーム”にしかない特徴であったし、そもそもオズワルドの記憶にある世界では戦術的、技術的な専門魔法を学ぶ事が「スキルを得る」という事に当たるだけで、魔法でさえも簡単に使うことができる世界だった。
もっとも、簡単に使える魔法はせいぜい生活を少し便利にする火種を付けたり、手を濡らす水を出せたり、そよ風を起こすようないわゆる「生活魔法」であって、他者を傷つけるような「攻撃魔法」ではなかったが。
現在“オズワルド”のスキル欄には「基礎知識」「高等知識」「生活魔法」「大陸共通語(Lv.10)」「識字(Lv.8)」「短剣術(Lv.2)」「体術(Lv.1)」「魔術(Lv.3)」「魔力運用(Lv.10)」「瞑想(Lv.10)」の文字が表示されていた。
本来ログイン初日の“オズワルド”が持つには異常ともいえるスキルだが、前世の記憶を持つオズワルドからしてみれば、「必要最低限は押さえてある」としか言いようがない。この“ゲーム”ではスキルは一部を除きレベル制になっている。レベル3を超えた状態で関連知識を増やすことができ、5で進化するといったシステムになっている。
記憶にあるオズワルドは、王女に仕える近衛魔術師だった。魔術師とは魔法を自在に扱うことのできる存在。
あの世界での「魔術」とは「火魔法」、「水魔法」、「風魔法」、「土魔法」の四大魔法を基本とした属性魔法。そして発生魔法である「光魔法」「闇魔法」「氷魔法」「雷魔法」を一定以上使えて初めて魔法から進化させることのできる術。
オズワルドの場合、進化させた「魔術」をさらに極め、ゲームでいうLv.3で「法術」「符術」にも手をだし、後に魔術の進化系―「魔導」を使う事ができるようになっていた。
「……スキルを視認することができるのは利点だな。魔術特化なのも納得だが……発生はギリギリ使える。だが回復支援特化系の法術と攻防回復支援系符術は使用不可。それにいくらなんでも短剣術と体術が低すぎる。短剣を手に入れて……体術は運動能力がメインで、格闘術が若干ある、という程度なのか。この感じだと、格闘術スキルもあるのだろうな。なら次の町に行くまでに剣術メインで使っていけば上がるから……武器屋か雑貨屋で短剣か戦闘用のナイフを買って……他のスキルはもう少し大きな町で手に入れるしかないか」
ぽつり、ぽつりと頭の中の“記憶”を探りながらするべき事を言葉にする。他人に聞かれては少々面倒な事にもなる情報を持つオズワルドだが、こうして声に出して確認することが良くも悪くも癖になっていた。
「……この声出し確認も、この世界ではしないようにしないと」
ゲームを始めてから癖になりつつあるため息を心の中だけで吐き出したオズワルドは、言い聞かせるように頷くとさくさく予定を消化しようとパーソナルスペースを後にした。
相変わらず閑古鳥が鳴いているギルドから外へ出ると、木々に囲まれてこそいないが、少し強い風が吹けば吹き飛んでしまいそうなボロボロに寂れた雑貨屋に足を向けた。
「……」
この雑貨屋もよくよく観察してみない事には、決して雑貨屋と判断できない程度には酷い。かろうじて店と呼べなくもないが、良くて民家。悪ければただの背景に劣る廃屋にしか見えなかった。
(最初の町の重要施設がこれって……順調に攻略させる気がないのだろうか……)
元々「記憶」を持っているオズワルドのような異端者や、よほどこの遊戯に詳しい者、慎重な者以外には明らかに無視されてしまいそうな建物の数々に、オズワルドは徐々に不安になった。
(遊戯なのに、バランスが悪すぎるような……)
まだフィールドにすら出ていないオズワルドが言う事ではないような気もするが、あまりにも活用されないこの町のギルドと雑貨屋が不憫でならなかった。
憐れみにも似た感情に目を逸らしてしまいたいような気持を懐かせながら雑貨屋の扉をくぐったオズワルドは、ほこりを被りながら腐り落ちた木製の棚を見て何とも言えない気持ちを抱いた。
「……」
ボロボロの店のやはり崩れかけた木製のカウンターには、無愛想を通り越してオズワルドに僅かなりとも一瞥もくれないふくよかな中年男性が頬杖をついていた。
オズワルドの性質上、男の無愛想を通り越した無関心に興味はない。むしろ無関心でいてくれることは望むところだ。
間に合わせでナイフを買って、ここより大きな町―そもそも、オズワルドの記憶の中ではここより小さな町も、廃れた街も存在しない―できちんとした装備を見繕うために早々にこの村から出るべきなのだが、男の横顔を見た瞬間、オズワルドの記憶からその“効率的”な動きが飛んだ。
同時に、オズワルドの脳裏に溢れたのは、これまでオズワルドが認識していた記憶とは全く違うところから流れてきた、いっそ見事なほどに綺麗に忘れていた過去だった。