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第2話 Entry

 木製の扉を開くと、そこにはオズワルドの“記憶”通りに懐かしい光景が広がっていた。狭い木造のギルドの右壁には、日に当たりすぎて変色したものからまだ真新しいと言って良いような依頼書が片手では収まらない程度に張られていた。左壁付近には、小さな窓とささやかにイスが何脚か置かれている。

 正面のカウンターは受付口が二つあるが、一つは無人。もう一つはガチガチに緊張した成人もまだ迎えていない少女のような“女の子”が座っていた。


 このギルドは、多人数が同時に使用することを目的として作られている。寂れた印象を持たせるために敢えて小さく見つけ辛い木造の“ギルド”ではあるが、ここでキャラクターとしての情報を登録することになる。

 キャラクターのプライバシーを守るため、一人一人インスタントエリアが形成され、チュートリアルの代わりに説明を受けることになる。


 つまり――


「は、初めまして。ギルドへようこそ! え、と、えと、お客さまを担当するナナリーです。よ、よろしくお願いしますっ」

 最初のギルドでオズワルドの登録と導入説明チュートリアルは、この不慣れな少女が担当に選ばれてしまったようだった。



 少女の様子に、オズワルドは一つ溜息を落としてから受付前に置かれていたイスに座る。インスタントエリアになっていることで無意味なパテーションで狭さが強調された受付に眉を寄せながら、少女の真正面からその瞳を射抜くようにして合わせた。

「最初の“登録”をしたいのだけれど」

「は、はいっ! では、こちらにご記入ください」

 若干怯えながら渡された用紙に視線を落とし、この仮想世界専用の文字を読めることで口元に笑みを浮かべた。現実世界では使われていない、世界観を出すためだけに使われているこの文字もまた、オズワルドの記憶にある文字だった。

 必要項目をやはりこの世界特有の文字で書き上げ渡した書類に驚いたように目を瞬かせた少女―ナナリーは、一通り項目を確認してから先端に針のついた一部が輪になっている細長い台を取り出した。

「こ、ここの台に腕を乗せてください。輪の所に手を入れて、血で個人情報を記録するので針の上に指を乗せるようにしてください」

 言われたとおりに腕を通し人差し指を針で刺すと、微かに刺激が走る。その刺激に軽く驚きながらもオズワルドはナナリーの手に誘導されながら輪から手を抜いた。

 抜き出した手首には、細い銀を数本編みこんだ、チェーンに挟まれた黒光りする革とも鉄とも見える幅の狭い輪が填められていた。その中心には爪と同じ大きさのプレートが繋がれている。

 何も彫られていないまっさらな銀のプレートには無色の石が埋め込まれていた。この石はただの石ではなく、魔石と呼ばれている。この世界の冒険者や兵士、騎士、魔術師などの戦う事を生業にしているものは持っていない方が珍しいブレスレットだった。


 かつて、オズワルドが持っていたブレスレットにはプレートの部分が三枚あった。一枚のプレートには魔石が埋め込まれていて、もう一枚のプレートには杖と剣が彫られていた。最後の一枚、中心のプレートには横顔の女性が彫られていて、それはその女性に仕えている騎士を表すブレスレットだった。


 手首にまかれたブレスレットに触れながら横の画面を見ていたナナリーは、さらにその脇に表示されていた画面と見比べてから安堵したように頷いて手を放した。

「はい。これで登録は完了しました。このブレスレットはギルドに登録した証です。このギルドブレスレットがあれば一部を除いた依頼を受けることができ、成功すると報酬を受け取ることができます。え、と、ほかにも身分証の代わりにもなります……」

 そこまで言ってから慌ててカウンターの下からメモ帳のようなものを取り出したナナリーは、隠すようにページをめくりながら口を開いた。

「ギルドブレスレットは冒険者にとってのサポートアイテムも兼ねていますので、ギルド系列の販売所で様々な機能を拡張することができます。また、専門的な魔術、錬金術などのギルドに所属すると、ブレスレットにその情報が記録されます。そのほかにも、倒したモンスターの種類や数も記録されます。ブレスレットの情報は、各ギルドや専門の読み取りの道具によって知ることができます」

「このギルドで基本拡張はできますか」

 若干テンパりながらも読み上げるナナリーに溜息をつきながら、オズワルドは脳内で必要なものをピックアップしながら尋ねた。

「え……と、はい。少しなら、可能です」

「ではアイテムボックス、地図、時計、オプションツールと魔術ギルドのギルド所属申請を」

「は、はいっ。アイテムボックスは“小”のボックスになります。これは専門の販売所で拡張と機能を追加することで容量を大きくすることができます。ここで買える地図は、この町と周辺が記入されている地図です。これからお出かけされることに情報が追加されていきます。時計は大きく朝、昼、夜を知ることができるもので、こちらも機能追加することでもっと細かいことがわかるようになります。……オプションツールとギルド所属申請はこの町からではできませんけれど……」

 困ったように告げられた言葉に、オズワルドは軽く眉を寄せて首をかしげた。

「……申請はどこからの町でも……」

 そこまで言って泣きそうに困っているナナリーを見て、オズワルドは溜息を吐いた。

「あぁ、そうか。ここはゲーム。申請不可に決まってるか……現実と違って職業なんて定まってないんだし。……でもオプション、ボックス内検索機能はないと困るが」

 後半だけをナナリーに聞こえるように尋ねたオズワルドに、ナナリーは慌ててメモ帳をめくり始めた。

「あっ、はい。ボックス内検索機能、閲覧機能は個別に追加することができます。それ以外のオプションはここでは購入できません」

「わかった」

 端的に頷いて腕を差し出したオズワルドに、ナナリーはカウンターの中からいくつかのコードの付いた文庫本の大きさの四角い箱を取り出した。

 二本のコードをブレスレッドのプレートに取り付けたナナリーは、一本残して横の画面に取り付けた。画面に触れながら何かを確認していたナナリーは、指を止めてオズワルドに視線を向けた。

「拡張を開始……あっ、と、登録料を含めて……ボックス、地図、時計、検索と閲覧で5……1000Rリルになります! あのぅ、拡張を初めてよろしかったですか」

「かまわない」

 言いながら『初期装備』の中にあったウエストポーチから小銀貨1枚を取り出し、カウンターに置いた。


 この『初期装備』というのは、世界観に沿った無いよりマシというインナーとパンツ、ジャケットとブーツといった基本の服と、アイテムを入れるポーチがゲームに登録したアバターに自動的に装備されるいわゆる『標準装備』というものだ。

 服とアイテムポーチ以外には、体力回復用の『初心者ポーション』が5本とゲーム内通貨3000R(小銀貨2枚、銅貨が3種類、小銅貨10枚、中銅貨4枚、大銅貨1枚)が支給される。つまり、わざわざ見つけ辛いギルドで『登録』しなくても、武器屋や雑貨屋で装備を買い揃えて戦いに出かけることができてしまう。

 それが、このゲームの意地の悪いところだった。

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