第1話 Access
(趣味がいい、とはお世辞にも言えない……)
本来、遊戯とは、楽しむために存在するものだ。その遊戯でこんな“見せ方”をする事にオズワルドは拒絶にも近い不快感を抱いたが、いつまでもここにいても仕方がないと無理やり足を進めた。
『愚者よ、回顧せよ』
(回顧……?)
扉を潜り抜ける直前に囁かれた“声”に、オズワルドは眉を寄せた。
回顧―すなわち過去を思い起こせ、過ぎ去った時を振り返れ、と声は愚者―この場合はプレイヤーだろう―に告げたのだ。
物理的に振り返っても意味がないからこそのあえて『回顧』。だが、オズワルドは初めてこの遊戯に参加した。すなわちオズワルドは今日、この世界に生まれた。まだ数分も経っていない。
もっと言うならこの『オズワルド』というアバター自体、他のゲームでは使っていない。そもそもこのVRMMORPG自体が今日、この時間からの正式サービスを始める。
つまり――
「愚者はプレイヤー。地獄の門をくぐる事になるから回顧。それならプレイヤーとは『罪を犯したもの』と仮定する事が出来る。回顧は『悔い改めよ』では『地獄の門』とミスマッチだから回顧、といったところか? ……それなら罪を贖う事がゲームに何らかの影響を与える、というところかな」
ふむふむと口にした言葉に頷きながら、オズワルドは門を潜り抜けた。自身の体さえ見えないような漆黒の闇に包まれた後、ゆっくりと“何か”が体を通り抜けて行った。
暗闇に慣れていた眼に、徐々に優しい光が映り始める。最後の一瞬、目を閉じてしまうような強烈な光を感じ、思わず目を瞬かせたオズワルドは、瞳に映る光景に感嘆の溜息をこぼしていた。
「……凄い……」
石造りの広場に、石と木でできた家、井戸。正面にある広場の中心には噴水があり、振り返ると石造りの小奇麗な教会があった。
爽やかな風がオズワルドの髪をゆらし、水の落ちる清涼な音色が聞こえていた。さわさわと耳にうるさくない程度に届く人の声、鳥の鳴き声。草と、水、自然の匂い。
「これが、VR……」
グラフィックが、音楽が、システムが優れているというこれまでのゲームの常識を覆した、五感全てを支配する。最新の技術を惜しみもなく使った、仮想世界。
もう一つの現実。そういえる世界にオズワルドは痛ましげな、哀しげな表情を浮かべ、目を閉じることでそれを消した。
「最初は、ギルドに行かないと」
瞬きする間に負の感情を消し去ったオズワルドは、この世界をプレイするうえで避けては通れない“ギルド”を探すために広場に足を踏み入れた。
「地獄の門をくぐらせた割に、最初に目にするのがテンプレートな異世界の風景。一体何を狙っているんだか」
他の人に聞こえないように口の中で愚痴るように呟きながら、顔を巡らせる。このゲームの中の世界での“始まりの町”は、よく見かける変哲のないギリギリ町と呼べる程度の村といっても間違いではない。
農作と狩りを主とし、大きくはない教会があり、店はあるが品ぞろえは最低限。住人も女子供や老人が多く、若者はもっと大きな町に出稼ぎに行く。
ギルドがあるにはあるが、ここでは町の住人が解決できない問題などほとんどなく、狩りをして生計を立てているだけあって魔物や魔獣も手におえないものではない。
――少なくても、オズワルドの記憶の中ではそうだった。
町から外に出る境界線に鬱蒼と生い茂った木々がある。そこに埋もれるように立つ木造の建物を見つけたオズワルドは、軽くため息を吐いた。
「……何もここまで完璧に再現しなくても……“情報”や“拡張”を重点にしたゲームで、肝心の情報を手に入れるギルドがこんなにわかり辛いとか……」
教会から出て、広場の噴水の向こう側に確かに簡易の立て板のような案内図が存在する。だが、はっきり言って簡単すぎる。大雑把にもほどがある案内図を遠目に見てから“記憶”に頼ることにしたオズワルドは、このゲームの製作者の性格と趣向の悪さに頭を抱えたい気分になった。
「まぁゲームだし、楽しみ方もプレイも人それぞれだから、気にすることではないか」
ギルドをスルーしてそのまま“安全地帯”である村の出口に向かう無謀なプレイヤーを視界の端にとらえながら、オズワルドはギルドへ足を踏み入れた。