第8話 異世界
話数の番号を整理しました。第0話→第1話に変更することに伴い修正 2019/9/23。
「ゴルヤ、有り難うな助かった」
「いいっていいって、正直言ってこっちもお尋ね者を回収できたからボーナスが出るだろうしな」
「あはは、ゴルヤは相変わらずだねー。黙ってれば格好良かったのに」
「家庭を持つと見栄だけじゃ食っていけねーんだぜ」
「そうよね既婚者なのよね。今度ゆっくりとアドバイスを聞きたいものだわ」
「ほっほう」
生暖かい視線で俺を見てくるゴルヤの視線からは『ご愁傷様』という幻聴が聞こえてきそうだった。
「ううー、ふらふらするー」
馬酔いしたセレスがゆらゆら揺れながら俺たちから離れていく。フーがそんな揺らめくセレスの後を同じように踊りながら追っていった。
「ちっと飛ばしすぎたか。無理して飛ばさないで一泊野宿した方が良かったんじゃないのかい」
「俺たちはともかくセレスはひ弱だからな。危険は避けたかったんだよ」
「あんたらの村でどうやってこんな箱入り娘が生まれるんだか」
「正解!」
「は?」
セネラが両手を合わせて小気味よい音させながらゴルヤに褒め称えた。というのは言い過ぎだが、俺たち以外から見てもセレスはそう見えるようだ。色々なものを失ったのか得たのか分からないが、セレスはこれからも教育していかないと危なそうだ。そうじゃないと、とばっちりが俺に来る。
魔王領王都バルディエルから歩いて十分といったところに馬の停留所が建造されている。均一な見た目をもつ石、コンクリートで作られた三階建ての屋上が馬への乗降場になっている。そこで俺たちは気の良いゴブリンのゴルヤと分れて、一階にある入国審査場へ向かった。
「アズルさん」
「どうした。まだふらふらするのか」
俺が指摘するとセレスは少し赤くなりがらむっとした顔をしてくる。
「そ、それはもう大丈夫。それよりさっきから皆の会話で聞き取れない言葉があるの。もしかして魔王領の言葉なの」
「セレスは魔王領は初めてだものね。魔王領で使われている言葉はセレスも使っているコルトラ語よ」
「そうそう。たまに聞き取れないのは異界語の方だよ」
「いかいご?」
「異世界で使われている言葉のことだよ。」
言っていることが分からないのか、ぽやんとした感じでセレスが呆けている。
俺たちも最初は魔王領で見たことは信じられなかったし驚きばかりだったが、周りの大人達は今の俺たちのような気持ちでセレスを見ていたんだと思うと少し心が暖かくなった気がした。
入国審査場がある一階ではエルフや天使、鬼人や竜人といった種族がゲートへの列をつくっていた。ゲートは異世界の技術であるプラスチックで出来ている門形の機械で、中を通ると危険な物を持っていないか、過去に王都で犯罪を犯していないかを確認しているらしい。五つあるゲートの内の四つでは、列にならんでいた人がその検査を受けていた。
俺たちは列が出来ていないゲートに向かい、近くに控える役人にアーティから預かってきた手紙を渡す。
「『祈りの神シーディア』の神官アーティから預かってきたんだけど、入国審査の時に渡せって言われてるんだ」
受け取った役人は「お預かりします」と手紙の封を開けずに、腰に付けている黒い塊をとりだした。
「スキャニング個体を回して下さい」
その言葉は俺も初めて聞いたので意味は分からないが、言葉に不安や不快になるニュアンスが含まれていないから悪いことにはならないだろう。
いつもは並んでいる人と同じくゲートを普通に通って入るだけだったので少し緊張してきた。初めてのセレスがきょろきょろしてるのは良いとして、ティアやセネラも若干落ち着かないようだ。
感覚にして十秒くらいだろうか、役人の視線を追うと一階の天井に黒く塗りつぶされた輪っかが現れ、そこから水晶型の白い機械がゆっくり降りてきた。
『身分証明書のスキャンと網膜パターンの確認完了。第二種公務員カリンの本人確認を完了しました。スキャン対象を所定位置にセットして下さい』
機械にカリンと言われた役人が、アーティからの手紙を機械の中程に突然開いた空洞へ入れた。
『文章解析開始。特定の筆跡パターンを検知、残留魔素の波紋パターンを検知。ライブラリの照合結果より、第一種特級案件に分類。ただちにスキャン対象を中央へトランスポート開始。完了。現時刻より関係者の身柄を拘束します。許可なき行動は敵対行為とみなし――中央より連絡『魔王』様の賓客として歓迎いたします。当国における神器、武器の携帯を許可、ペットの同伴も禁止区域以外で許可されました』
矢継ぎ早に響くロボットの音声が何を言っているのか分かったり分からなかったりで、結局何なのか判断できないが俺たちがここにいる人の視線を全て集めているのは分かった。
ロボットの前では役人の女性が頬をひくつかせながら小刻みに震えていた。
入国審査場を無事(?)通過できた俺たちはゲートの先にある部屋に通された。以前来たときは、部屋の中に入国審査を通った人たちが集められ、一定人数か時刻になると王都バルディエルへまとめて転送される。バルディエルは全周囲を入口がなく厚く高い壁に覆われている。外から入れないどころか不用意に近づくとどんな方法か知らないが攻撃されるらしい。
「おーいセレスちゃん意識あるー?」
セネラがセレスの顔の前で手を振っているが、口を半開きにしているセレスからは全くと言って良いほど反応が返ってこない。
「全く、さっきの機械には驚いたわね、いきなり『身柄を拘束いたします』なんて。そこの所も含めてあなたが同行している理由を教えて貰えるのかしら」
ティアの言葉を受けて冷や汗を可哀想なほど流しているのは、先程俺がアーティの手紙を渡したカリンと呼ばれていた役人だ。彼女は今、部屋の隅で置物になったかのように直立不動になっている。
「も、申し訳ありません。第一種特級案件に分類される事については、私ごときでは一切の権限が与えられていませんので何も答えることができません」
「こっちも無理にどうこうなんて言わないけれど、俺たちは今どんな状態なんだ。一向に俺たち以外の入国者が部屋に入ってこないし」
「も、申し訳ありません、最初の質問について先程と同じく私はお答えでる権限を持っておりません。二つ目の質問ですが皆様はこれから私と一緒に中央区へ転移して頂き、担当官にお会い頂くことになっております」
「中央区っていうと泉のある?」
「は、はい」
あまりにも冷や汗をかきすぎて服が体に張り付きだした役人から目を逸らし、改めて部屋の中を見回す。今まで王都へ転送されるのに入ったことのある部屋とは違い、無骨さがなく絵画や花瓶などが雰囲気を壊さないように鎮座している。
中央にあるソファではセレスとセネラが隣り合って座り、セネラがセレスの事を気遣っている。フーについてはセレスの対面のソファでティアに抱きかかえられ、不動の置物となっている。ティアに体を押さえられ、動けなくなったフーはセレスが役に立たないと分かっているのかしきりに俺に顔を向けてくる――すまん。
『転移対象の確認と転移先の準備が整いました。ただいまより五分後に転移を開始します。これより転移室の出入りは禁止となりますので、楽な体勢をとりカウントダウンまでお待ちください。なお、本案件は第一種特級に分類されますので関係者の皆様は必ず神器をみにつけ、外すことが無いようにお願い致します』
俺たちが転移した先は王都中央区にある一際大きなホテルだった。ホテルは高さではなく平面で大きさを誇っており、中央区の象徴である泉の半分を囲うほどの威容からどれだけの立場の者なら泊まるどころか入ることが許されるのかと全員が気後れしていた。復活したセレスも俺たちほど理解してないながらも、雰囲気で理解してるのか少し腰が引けている。
「あの、ここには言葉にしてはいけないような方々もお泊まりになる所ですので、同伴が許可されているとしてもペットからは目を離さないようにしてください。何かありましても私共が介入できるとは限りませんので」
今度はセネラの腕のなかに捕らわれているフーだが、ティアとは違い怯えてはいない。だが、豊かなセネラのアレに頭が埋まり首が回せないようだ。
「担当官っていうのはもう来ているのか」
「は、はい。皆様方を迎え入れるお部屋の準備ができましたら私に連絡が入る手はずになっておりますので、少しの間『異世界の泉』を近くで観賞されてはいかがでしょうか。そうして頂けると私も少しは落ち着くことが出来そうです。もう頭がクラクラしだして……いえ何でもありません!」
役人のカリンの案内で俺たちはホテル二階のバルコニーから『異世界の泉』を見下ろしている。カリンはこのホテルに初めて来たようで道に若干迷いながらも案内をしてくれた。俺たちだけなら案内板の文字がほとんど読めないのでたどり着けなかっただろう。
バルコニーの欄干から身を乗り出し、俺たちは『異世界の泉』の数々を見渡した。『異世界の泉』は『魔王』が複数の異世界に向けて攻撃した時に空いたものだと聞いたことはあるが、今は真っ暗な闇が底に溜まっているだけだ。
「ここは何なの。ただの穴しか無いけどさっきと同じで普通じゃないんでしょ」
「あはは、此処には私達が思ってる普通なんてないんだよ。開き直って受け入れちゃった方が楽になれるよ」
「セレスは繊細なんだからセネラみたいに大雑把にはいかないでしょ」
「ひっど! ティアちゃんひっどい。私だっていつもイロイロ考えてるのに」
「そのイロイロがエロエロにしか聞こえないのよね」
「ティアちゃんだってエロエロじゃん」
「天使のエロエロとエルフのエロエロは全く違うでしょうに」
「二人とも……」
大声でエロエロいっている馬鹿二人を泉の近くに居る人たちが見上げてきて、最後に俺に視線を移すと苦い顔をして顔を逸らしていく。
「大変ですね」
落ち着いてきたのカリンが俺を気遣ってきた。
空から注ぐ太陽の光が柔らかく変化していき、次第に赤みを帯びていく。光が遠ざかって暗くなり始めた世界を逆行するように、泉の闇から色が浮き出てきた。
『観測所より連絡します。現在、泉にリンクを開始した異世界は『レストリア』『地球』『アルフォルス』の三世界です。予想接続時間は一時間、異世界から知識や技術を吸い上げる準備が済んだ団体から許可をとり、観測を開始してください。なお、異世界への渡航、異世界から生き物や物の移動は特別に許可がない限り禁止されています。泉の表面にはフィールドが展開されておりますのでご注意ください』
「いくぞ野郎どもー! 今日は地球で『週間キングダム』最新号の発売日だ! 書店で立ち読みしている学生共を見つけたら片っ端からスケッチしろやー、俺たちが汗を掻けば魔素を馬鹿喰いする立体映像撮影機なんざいらねんだ!」
「おおよ!」
「ヨルン、泉の観測地点操作は任せたぞ」
「まかせてよ親方。今週号はあの大作の最終回なんだから失敗なんかできないよ」
「レストリアのイトルス教授を探せ! 今日は学会で第五種永久機関の発表会だ。場所はイルナークって名前だが詳細が分からん、絶対に教授を見失うなよ」
「第五種永久機関って実現可能な考察がされてるやつだろ」
「そうそう、もし永久機関が完成なんてしたらどれだけ周りに影響がでるか」
「この世界も変わるんかな」
「まずはレストリアがどうなるか見てからじゃないのか。『魔王』さまが軽はずみな事は許さないだろ」
「そりゃそう――イトルス教授がいたぞ! 光速船の駅にいる。出発までに行き先を突き止めろ、光速で走られたら追い切れん」
「相変らずあの二つの異世界は活気がすごいですね」
「あほ、あれは活気じゃ無くて狂気だ。俺たちは俺たちでやることやるぞ」
「そうはいっても、私達って特定の対象に固執してないから殺伐としてないしね。たまには何か刺激がないと」
「そんなに刺激が欲しいならあいつはどうだ」
「んーどれどれ? あれ、あの天使の羽根が何枚か黒い。それに羽根が八枚もある! 天使は六枚が限度で最高位が熾天使じゃなかったの!」
「その区分けは地球の知識をはめ込んだだけだろうが。それよりよく見ろ、目の色が赤じゃ無くて緑だぞ、ありゃ天使と悪魔の合いの子じゃないのか」
「前に遺伝子情報的にそれは無理って研究発表がなかったか?」
「馬鹿野郎、実際に目の前に実物がいるんだ、そんなカビの生えた常識なんざ捨てちまえ。もし合いの子が迫害されてるようなら『魔王』さまに現地人の確保の依頼を出すぞ。それとこの世界に連れてきた天使と悪魔達へ聞き取り調査の許可も貰わないとな」
「うちの所長もエンジンかかってきたね」
「人にエンジンがかかるってどこの世界の言い回しだよ」
「地球だよ、今度教えてあげるからちょっと買い物付き合ってよ」
「いちゃついてないで仕事しろ!」
「すげーな」
「泉のなかに色んな景色が浮かんで消えてるわね」
「テレビで見たよりすごいね。テレビだから少しは誇張してると思ってたのに」
「てれび?」
「こんないいホテルなんだから部屋にテレビがあると思うんだ、後で一緒に見ようね」
『異世界の泉』の周りでは多くの人が書類や見たこともない道具を片手に観測や議論を行っている。これだけの怒号が聞こえるのにまったく暴力沙汰は起こっていない。何も知らないような俺たちでも、今見ているものがどれだけすごい物なのか感じられるんだ。些細な事にすら使う時間も無いのだろう。
一時間があっという間にすぎ、泉の光が消えるころになってカリンさんへ準備か完了したと連絡が入った。