第4話 奴隷ですか?家政婦ですか?嫁ですか?
話数の番号を整理しました。第0話→第1話に変更することに伴い修正 2019/9/23。
ミーヤを村長宅に送り届けた後、家に着いたときにはもう夕暮時だった。今日は朝からメダリオンをもらいに神殿までいってそのまま戦争に巻き込まれ、昼飯を食い損なったいたことに今気付いた。正直者の俺の腹はご丁寧に演奏を開始していた。
「おまえらは夕飯どうするんだ」
ティアとセネラは顔を見合わせ、二人揃って家で家族と食べると言ってきた。
「了解。明日は朝から森で狩りをするので良いか?」
「私は良いわ」
「私はお昼前までに村の人の健康管理をしていきたいから、お昼ご飯をもって後から行くね」
ティアは貰った弓に指を這わせながら答え、ティアも薬瓶を両手で包みながら答えた。こいつら割と気に入っているらしい、かく言う俺も火の勇者の神器を受けて刃こぼれしないこの鉈を気に入っている。
「セレスはどうする? 俺たちと一緒に狩りに行くか? セネラと村を回るか」
いきなり話を振られてオドオドしだすセレス。俺の肩の上で動かれると体が揺れるので辞めて欲しいのだが。一応、セレスの体は一人で動ける位には回復しているのだが、あまりにも歩く速度が遅くまるで老人が杖をついている姿にしか見えなかったので、また俺が肩に担いでいる。最初は抗議するようにじっと俺を見ていたが、諦めたのか先程までは地面をみながら項垂れていた。
「わ、私のことはお気になさらずご自由になさってください」
あれ、こいつこんな喋りかただっけ。
「そう、まあアーティが受け入れたんだから村の方も問題ないでしょ。あれでアーティは村長より偉いから変なことをしなければ好きにしてもらって大丈夫よ」
「村を回るんなら私と会うかもね、そしたら一緒に回ろうね」
二人と別れて家の中に入ると入って直ぐにある四人用のテーブルのイスにセレスを無理矢理座らせた。落ち着かなそうに周りを見ていたが、俺が座ってろと言うとやっと落ち着くことが出来たのか長いため息をついていた。
俺もイスに座るとテーブルの上を見る。大きな葉で包まれたものが置いてあり、葉を開くと綺麗に捌かれた赤みの強い肉が顔を覗かせた。
「すごく綺麗なお肉ですね、何の動物のものなのですか」
俺は同じくテーブルに置かれている燭台に引き寄せ、蝋燭の先端に人差し指を添えて火を思い浮かべて軽く弾いた。
薄暗った部屋の中を柔らかい光が包み込んだ。
「俺は余り気にしないからよく分からんが、今日マルガおじさんが四天の夜熊を狩ってたからそのお裾分けだろ。さすがにエリティアは肉が少ないから分けて貰えなかったか、残念」
明日お礼を言っておかないとなと思っているとセレスが首を捻っていた。美人はあの二人で見慣れていると思ってたけど、美人の種類が違うとこうも落ち着かないもんかね。
まあ、その内慣れるだろとぼんやり考えているとセレスがおずおずと口を開いた。
「さっきの四天? の熊とはどういった熊なのでしょうか。私の知っている熊肉と大分違って臭みもないようですし上質なお肉に見えますが」
「熊は熊だろ。四天の夜熊なんて大層な名前がついてるけど腕が四本あるだけの普通の熊だぞ」
肉を見ていたセレスが短い悲鳴を上げて後ろに倒れ込んだ。家の中は板張りになっていると言ってもイスに座ったまま倒れたんじゃろくに受け身も取れずに痛いだろうに。現に頭を抱えてセレスがうんうん唸っていた。
まだ本調子じゃ無い体をなんとか動かしてセレスはイスに座り直し「取り乱してもう訳ありません」と少し頬を赤くして俯いた。
「あの、本当にこれは四本腕の熊なのでしょうか」
「ああ、そうだぞ。この変で熊って言ったらそれしかいないし、今朝マルガおじさんが獲物を見せてくれたからな間違いないぞ」
目を丸く見開いてセレスは肉と俺を交互に見ている。頭をぶんぶん振っているようでなんか面白い。
「だ、だって四本腕の熊なんて魔物でしょ! 小さい街なら単独で滅ぼしちゃうほどの、勇者が討伐しなくちゃいけないくらいの上位の魔物じゃない!」
息切れを起しながらも一気にまくし立てたセレスに、俺は全く関係無い事を考えていた。
「なんだよ、やっぱり戦っていた時みたいに普通に喋れるんじゃねーか」
すごい勢いで両手で口を塞ぎ顔を俯けるセレス。俯けた顔から上目遣いに俺を伺っている様だった。
「普通に喋って貰った方が気が楽なんだがな」
「……それは命令ですか」
いきなり命令なんて言われてぎょっとして、今度は俺がイスごと倒れそうだった。
「阿呆か、命令なんかしねーよただのお願いだよ」
目をつむってじっと何かを考えるセレス、しゃべり方一つでなんでこんなに悩むの分からず、この肉を使って何を作ろうかと考えていた。
話しているうちに日は落ち、下ごしらえする時間もなくなってしまった。ここは簡単に鍋にするかと思っているとセレスが目を開いて俺を見てきた。
「分かった、普通に喋るからこれに関しては今後も不問にして欲しいの」
「何が不問かよく分からんけど、解決したなら夕飯にするか。まだまともに動けなさそうだから今日は俺が作るわ。明日からは交代な」
「そんな、わ、私が作るから」
イスから立ち上がろうとして見事に崩れ落ちたセレスを支え、イスに座り直させた。所々埃で汚れた箇所をはたいて綺麗にしてやると、顔を真っ赤にしたセレスが目に入って失敗したと思った。同年代の女の子があれらしかいないから同じ扱いでやってしまった。 調子が狂うな、あいつらは何やっても壊れなさそうなんで、ついつい遠慮しないでやっちまうんだよな。
「まあいいや、夕飯にするか」
以前お裾分けして貰ったエリティアの骨を入れて出汁をとったあとに、岩塩を削って鍋にいれ熊肉と野菜を切り刻んだものを沈めたら良く煮えるまでまって完成した。食べ物をいれて煮るだけなので忙しい時はこれに限る。
一緒に火にかけていた鍋の様子も確認し、俺はセレスの元へ鍋を持っていった。
鍋を受けとろうとしたセレスの動きがおぼつかないので危険と判断し、そのままテーブルに置いて器に中身を取り分けてやった。
終始落ち着かない様子でおろおろしていたセレスだが、受け取った器から漂う匂いにつられてお腹が主張をすると、また顔を赤くして俯いてしまった。
あいつらだったら『あーお腹へった、お腹も鳴ったしさっさと食べよー』で終わりなんだけどな、まだ固まってら。
自分の器によそって食べ始めると、こちらの様子を伺いながらやっと食べてくれた。小さく「おいしい」と呟くと味を噛みしめながらも途切れること無く口に肉や野菜を運んでいた。あいつら口に入れば何でもいいからな、新鮮だわ。ことあるごとに幼なじみの二人と比べている事に気付いて小さく笑ってしまった。
俺が一人笑っている事に気付いてセレスが止まったのかと思ったが違った、鍋にも器にも何も残っていなかった。よほど気に入ったのか少し眉を落としているように見えた。
「ちょっと待ってろ」
空の鍋をもって炊事場にいくと、もう一つの鍋の中身を移し替えて再度ひと煮立ちさせた。卵があれば良かったけれどないものはしょうが無い。
部屋に戻るとさっきと違って見た目からそわそわしているセレスが目に入る。こいつ結構顔に出やすいんだなと見ていたらまた俯いてしまった。
再度器に鍋の中身をよそってやる。鍋に残っていたスープに魔王領から買い付けた米をいれて作った雑炊だ。
俺と同じにお腹を膨らませたセレスに「ありがとう、美味しかった」と言われて悪くないもんだなと思った。
「あの、家族の人はいないの?」
「十年位前に流行病で亡くなったよ」
「……ごめん」
「別に良いさ、もうほとんど両親の顔を覚えてないしな。それより、村の共用の温泉があるから行くか」
「本当に私も入って良かったのかな」
濡れた髪をタオルで拭いつつ、まんざらでもない様子で上気した顔を木窓から入る夜風で冷やしている。
俺はさっさと湯を浴びて出て来たので、すでに良い感じに体温が下がり寝る支度を始めていた。両親の部屋が開いているのでそこにベッドの用意をしていく、といっても藁をしいてシーツを掛けるだけだが。
「この部屋を使ってくれ、いつも掃除してるから汚くは無いと思うが今日は勘弁な」
「そんないいよ、私はどこでも寝られるから床だって大丈夫なんだから」
阿呆な事を言い出したセレスを抱えて問答無用でベッドに放り込んだ。体を縮こませたセレスをみてなんかもやもやした感じになったが、明日は狩りで早いからさっさと自分の部屋に戻った。
燭台から火を消してからどれ位時間が経ったか。開け放した木窓から優しくさしこむ月明かりが包む場所だけが視界に浮かんでいる。
アーティは村の近くで他の神の信徒が争っているのを嫌がっていた。本人はばれていないとでも思っているかもしれないが、あの面倒臭がりが動いたんだから何かあるんだろうな。久しぶりに人を殺して少し気が昂ぶっているのかもしれない、中々眠れずにいると部屋のドアがゆっくりと開かれた。
ドアまでは足下までしか月明かりが届かないが、村の連中でないことは確かだ。村でこんな事をするやつはいないし、いても忍んで来るような奴はいない。となると時たま村に侵入する亜人か頭のいい鬼人なんかの魔物か。
あいにくと俺の胸から上は木窓からこぼれる光に照らされていない、ベッドに立てかけてある鉈に手をかけると一気に侵入者に駆け寄り押し倒した。
馬乗りになり左手で相手の右手首らしきもの押さえ込み鉈を首にあてがう。
正体によっては一気に首を掻き斬ろうと力を込めるが、それは杞憂だと分かって直ぐに鉈を首から除けた。
足下に弱々しく延びた月光の中、セレスが涙ぐみながら口をパクパクさせていた。
寝室を後にし、セレスを伴って夕飯を食べたテーブルに向かいイスについた。
「いきなり何だったんだよ、魔物かと思ったじゃねーか」
もったいないと思いつつ、再び火を付けた燭台の光に映し出されたセレスは憔悴している様に見えた。
「手を出さないということは、私はどこかに売られるの?」
はい?
「十分な食事をもらって、身ぎれいにもしてもらったし。敵兵を捕まえて奴隷にした時の話と同じだから、あの神官はああは言っていたけれどそうなんだよね。村には奴隷の人は居ないようだったし、全員売り払ってるんでしょ」
胸の前で両手を震えるほど強く握りしめるセレス。
俺は目の前の泣きそうな女が何を言ってるか分からなかった。
「なあ、ドレイって何だ? 職業か? 加護だったら村の誰も持ってないし聞いたこともねーけど」
「……」
俺たちは二人そろって首を傾げた。セレスは目をつむってじっと動かず、先程のしゃべり方の件も含めて考え込むときのクセなのかなとぼんやり考えていた。とにかくこいつが喋らないと始まらない。
「奴隷を知らないの?」
「知らん、なんだそれ」
「簡単に奴隷は主人の身の回りの世話を無給で休みなくやらされるんだけど」
「ああ、現物支給のお手伝いさんみたいなもんか」
おお、こいつこんな顔も出来るんだな、まるでティアがWSX-210を見たときの様に心底げんなりしたような感じだ。
「違うから! 奴隷は自由なんて認められないしその、主人に命令されれば体を差し出さないといけないの。こんなのお手伝いさんじゃ無いでしょ」
「体を差し出すねえ、無給で休み無く主人の身の回りの世話をして、まあその、夜の相手もするのか」
これってあれじゃね? 他の所じゃなんて言ってるか知らんけど絶対あれだ。ってことはだ、アーティは俺にこいつを逃がすなと暗に言っていたって事か。だからティアとセネラがアーティに説得されてしぶしぶ引き下がったと。しぶしぶだったっけ?
「やっと分かった、嫁の事かよ。周りくどい言い方すんなよ」
ガンッ!!
セレスが両手を強くテーブルに叩き付け何かを悲鳴の様に叫んでいる。面白いなこいつ。
――。
なんだ足音か? セレスの叫びでうまく聞き取れないが足音がこちらに近づいてきている。それもほとんど音がしないことからかなりの手練れだ。今度こそ鬼人かヘタしたら竜人か。
燭台に息を吹きかけて灯りを消し、非常事態で勘弁して欲しいがセレスを後ろから羽交い締めにしつつ手で口を塞いで部屋の隅に移動した。
思ったより力が無いのか暴れられても押さえつけることはできたし、喋ろうとしてごもごされるとくすぐったかった。
玄関のドアがゆっくりと開けられると、俺の意図に気付いたのかセレス先程までの抵抗をやめて体を硬直させた。
「セネラ、聞こえたわね」
「うん、しっかり聞こえたよ。激しい物音と多分セレスちゃんの叫び声」
「アーティの思惑通りなのは悔しいし、一番を譲ることになったのはもっと悔しいけど」
「ティアちゃん、まだ途中だろうから私達も参加すれば全員一番だよ」
「た、確かにそうね。アーティはこれも見越してたのかしら」
「それは良く分からないけどー、私達が怪我したら引きずっていくアズルがセレスちゃんの時は担いだんだから何か無いはずがないんだよ」
そろそろと入ってきた侵入者は俺たちにも聞こえる声で話し合っている。セレスは目を点にして二人を見つめ、俺はだんだん頭が痛くなってきてとりあえず阿呆二人を止めようと、後ろから近づいて思いっきり頭に拳をぶちこんだ。
もったいないことにまた燭台に火を灯し、テーブルを囲っている阿呆共を見回す。正面にいまだに呆然としているセレス、左に厳しい顔で頭の痛みに耐えているティア、右では頭を両手で押さえて泣きそうなセネラ。
「なにか言うことは?」
「わ、私は何も知らないから」
首をぶんぶん横にふり否定するセレス。よっぽど俺の拳骨が怖かったらしい、必死に否定している。
「で?」
俺は残る二人を交互に見ると、ティアは目を逸らしてセネラは愛想笑いを浮かべている。 俺は右手を開いたり握ったりを繰り返し、二人に無言の重圧をかけた。
「私達だけが悪いみたいに言わないでよ、アズルだっていつまで経っても私達を襲わないからいけないんだよ」
「そうよ、大人になったんだから子供の二人や三人は産ませる甲斐性はないの?」
お前らが馬鹿丸出しの事を言ってるからまたセレスが呆然としてるぞ。
「男がヤることヤらないでどうするの、それじゃ人生の九割を損してるわよ」
ティア、お前の頭の中はどうなってやがる、右で頷いているセネラも大概だが。
「あの……アズル、様?」
唐突のセレスの発言に一気に毒気を抜かれた。様なんかいらん、様なんか。伝えてもセレスは納得しきれないようで俺を呼び捨てにするのは難しそうだ。
「アズル……さんは、二人の事が嫌いなの? 水の勇者のゼスはミーヤだけだったけど、火の勇者は何人も娶っていたって聞いてるよ」
「そんな事言われてもな、別に興味がないわけじゃないんだが――」
セレスと俺の会話に目を輝かせて食い入るように聞いている二人には悪いが。
「セレス、お前は肉食獣の巣に裸で入りたいと思うか?」
首を振ろうとしたセレスは俺の言いたいことが分かったのか、その場で硬直した。その目は左へ右へ、俺の言いたいことが伝わったようにせわしなく動いていた。
「アズル、あなたの言いたいことは分かったわ。つまり肉食獣は巣で待ってないで狩りにいけということね」
ちげーよ、どんな曲解だよ。
「セネラ、今日から私もここに泊まるわ、あなたはどうする」
「聞くまでもないよ」
俺にまず聞けよ、俺がこの家の持ち主だぞ。
「そうなると、私とセネラがご両親の部屋を使わせて貰いましょう」
「えっ、でもそれじゃあ」
身を乗り出しセネラに顔を近づけるティア。私達肉食獣は獲物が隙を見せるまで爪を研ぎながら待つのよと訳の分からん理論を述べている。
こいつらの中でもう家に泊まるのは決定事項か、だからお前ら肉食獣なんだよ。
「何言っても居座る気なんだろ、とりあえず今日は遅いからさっさと寝るぞ。二人は親のベッドを使うって言ってるからセレスは俺のベッドを使って良いぞ。俺はここで床に寝てるからさっさと寝ようぜ」
「「「それはだめ!」」」
三人の間髪入れない叫びに若干腰が引けながらも、ティアとセネラの目的は阿呆らしくで聞き流した。
セレスは家の主人を押しのけて安眠をむさぼるなんてできないと真面目な事を言ってきた。
何を言っても聞く耳持たず、結局俺はいまセレスと一緒にベッドに入っている。わざわざ俺が反対を向いているのに、背中に抱きつく位近くに陣取っている。
「嫌ならどくぞ」
「嫌じゃ無いよ」
となりじゃ絶対聞き耳を立てている二人がいて、背中には無防備なセレス。一応俺も男なんだが、普通の村娘みたいに警戒して欲しい。
「アズルさん」
「なんだ」
思ったより近くで声がして、一瞬返事が上擦りそうになった。
「命の危機を颯爽と助けられた女の子が、相手の格好いい男の子にどんな思いを抱くかわかるかな――私が言いたいのはそれだけ、おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
今日は寝れそーにねーな。肉食獣の巣に入っちまってたか。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
話のテンポゆっくりめですが、ゆるゆると続けますのでお願いします。