朱4話 旅は道連れ世に情けは無い
久しぶりで、さらに短いですが。
テスラの手を優しく包みながら、満面の笑みで串に刺さった肉を頬張っているケィルト。串は鍛冶屋の見習達がくず鉄を使って作った習作であり、表面の不揃いさや串としての歪みが肉を刺すには適していた。
ケィルト=ルイジュと昼食前に一暴れしていたテスラは、心が落ち着いてくると相手が一体なんなのかを理解し、今では自信の意思は鉄で出来ていると暗示を掛けて今の状況に耐えようとしていた。
「そんなに食べると太るよ」
すでに串焼きだけでなく、新鮮な果物や魚のすり身をいれたスープなどもケィルトは平らげていたが、今も一寸の隙も逃さないようにと笑顔のまま鋭い視線を周囲へと巡らせていた。
「太らないように食べ過ぎた分を魔素にしちゃえばいいじゃん。それか面相くさいから全部魔素にしちゃうとか」
一体、ケィルトが何を言っているのかいまいち分からないテスラだが、詳しく聞こうとすると昼の時のようなやぶ蛇になると踏み、聞き流すことにした。
本来だったら、初めての街に不慣れなケィルトの手をテスラが握り、はしゃぐケィルトが迷子にならないようにするのだろうが、全く別の目的でテスラがケィルトに手を握られていた。
魔王ケィルト=ルイジュという現実から逃避すること両手で足りなくなった頃、お金を持っていないケィルトがテスラを探すのを面倒臭がっての結果だった。
とても優しく手を包まれているのに、どんなに力を入れようが振り回そうがほどけることはなく、ケィルトの理『絆』の術式だという独白にテスラはさらにドツボに落とされて、悟りを開いたように感情が抜けきっていた。
――理。
それは勇者が勇者たりえる所以であり、神王が神王たりえる証でもあった。
神の御技と言われる世界に法則という枷を与える理。人々がその理を人生を賭して理解し、模倣し、使える物にしたのが魔法と呼ばれる奇跡の力。その原点となる力となれば絶大で、勇者は絶大な魔素を内包した者達が神王から理を借り受けることで誕生していた。
神王と同じルイジュという真名を持つ魔王。魔王だけでなく冥王という存在もおとぎ話ではなく実在し、世界の根幹に関わる秘密を暴露した当人はあっけらかんと次から次へと食べ歩いている。
テスラの金で買っているとはいえ、自分だけでなくテスラが好きそうなものと判断したのか二人分を買うこともあって、二人は近くの井戸の場にある丸太を倒しただけの休憩所に腰掛けた。
「もうどんだけ昔にこうやって食べ歩いたか忘れちゃったけど、時間がたつといっぱい新しくて美味しいのが出てきていいね。ロディエスの作る食事って単純で味気ないから、料理で恩返しするのもいいかな」
「恩返しって……」
話の経緯を詳しく聞いているテスラは、ケィルトの考えのずれかたに引っかかりを感じるが、それよりも神王の敵、世界の敵と呼ばれる魔王の言葉とは思えない事に……今日一日の行動の事も考えて、これから自身がどうしたら良いか考えあぐねていた。
単純に何も考えずに勇者達に魔王という存在を明かす事。
厄介ごとはごめんだと、魔王を街から体よく追い出す、もしくは自分が姿を消す。
ロディアスが拾ってきたのだから、全部ロディエスに任せる、ぶん投げる。
「考えるまでもないや、ローに頑張ってもらおう」
「え? 恩返しを頑張るのは私だよ?」
微妙にかみ合わない会話が終わることには手に持っていた果実水は飲み干され、少しだけ心の軽くなったテスラは微笑み、今まで恐怖の対象だと思っていた相手から感じる暖かさを素直に受け取る事が出来ていた。
「あの、少しよろしいですか。あなた様はこの街を担当する巫女様でしょうか」
いつの間にいたのか、二人の数歩先には優雅な所作で佇む一人の美少女がいた。テスラは勇者達や待ちの人に仕事を斡旋する事もする神殿の巫女という立場柄、待ちのほとんどの人間と面識があるといっても過言ではなく、その事実は眼の前の美少女が外からきた人間だと確信に近い推測をする。
「そうですが、どうしましたか。職を探していますか? それでしたら明日にした方が良いと思いますよ。今残されているのは女性向けとはお世辞にも言えませんから」
「いえ、そうではなくてですね――」
「えっと? それ以外という事は宿泊場所が見つけられなかったとかですか。長期間でなければ神殿の開いている建物――」
「いえいえ、そうでもなくてですね」
テスラはいつの間にか眼の前まで少女が近づいていた事に今に気づき、次の瞬間何が起こったのか全く理解出来なかった。
隣にいたケィルトは姿を消し、目の前の少女がかざした手から巻き起こった激しい力の奔流が残滓となってすらも渦舞うようだった。
「な! なんで!」
「危なかったですね。まさか逃がした魔王がこんな所で巫女を懐柔しようとしているなんて」
テスラは少女が何を言っているのか理解出来ていたが理解出来ていなかった。
昨日までならなんの疑問も持たずに理解出来ていたかもしれない。でも、魔王ケィルト=ルイジュという存在に少しの間触れた事で、その考えを理解することを無意識に拒否してしまっていた。
「いたたたた、あ、頭がーーー!!! こないだはお腹で今度は頭で、ほんっと何なのあんた達! 私がアーシェラにあげた理も透鉄も勝手に使ってるし」
少女に吹き飛ばされたケィルトは頭を抑えながらのらりくらりと立ち上がると、目尻に涙をためながらも起こると言うより諭すような意味合いも含めて文句を言ってきた。
幸い、殆どの大人が働きに出ている時間で、子供達も近くには居なかったため変に見られる事はなかったのは不幸中の幸いとテスラは思ったが、これからどうした良いか、自分の周囲に逃げられない壁がどんどん建築されていく状況に自身も泣きそうになりそうだった。
「あっ!」
何を思ったのか、テスラは近くの少女に向き直るとまずは確認をする事にした。
「もしかして、先日魔王を追い詰めた勇者様達のお仲間様でしょうか」
「ええ、中央神殿の戦巫女でミリスといいます。魔王の相手は私がしますので、急いでここから離れて増援を呼んできて下さい!」
(中央神殿……戦巫女……)
庇うような立ち位置をとるミリスの後ろで、粘っこい笑みを浮かべたテスラは顔をミリスの耳に近づけると、同じ被害者を作ることを決意して呪いの言葉を吐き出した。
神王アーシェラ=ルイジュ。
冥王フェニエス=ルイジュ。
魔王ケィルト=ルイジュ。
小刻みに震え出すミリスと名乗った戦巫女。テスラが口にした言葉が何を意味するのか、神王に近い立場だからこそ理解が出来てしまい、考えてはいけないと思いつつも考える事が辞められず体が変調をおこすまでに心を蝕んでいった。
「ちょっと大丈夫?」
最後は魔王本人に看病されるというとどめにより意識を失い、逃れることができない運命と一緒に神殿に運び込まれていった。
「持つべきものは友達だよね。今から友達だよね、逃がさないからね」
ケィルトの耳にはテスラの意味の分からない言葉が右から左へ抜けていった。




