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朱3話 神王と冥王と魔王とアホ

 またぼちぼち書いていきます。

 ロディエス達が商人と共に潜り抜けた西門、中央への道と繋がっている南門、北門と東門は魔王が支配する魔王領へと少し首をずらして向いている。

 シェラの街で一番魔王領に近い場所は北門と東門のちょうど中間で、そこは一際厚い防壁が築かれていた。魔王領と最短で接する箇所に門を作らないのは、可能な限り一つの門に魔王軍が集中することがないようにし、北と東に分散した魔王の手下達を壁に造られた一方通行の隠し扉から奇襲する為だ。


「奇襲するのはいいけど、劣勢になったら街の外にでた勇者達はどこへ逃げるの」


 昨日と同じく可愛くお腹が主張を始めているケィルトは行儀悪く浅くイスに腰掛け、顎をテーブルに投げ出している。


「魔王軍の方が圧倒的に勢力が上なんだから、劣勢になったからって逃走なんて選択肢があるわけないだろ」

「……魔王軍(私そんなの知らないんだけどな)」


 ケィルトが口の中で発した言葉はロディエスまで届くことは無く、腸詰めが炒められる音に押し返されて消えていった。

 一人で住むには大きすぎる大広間には複数のベッドとテーブルが綺麗に並べられ、五人は並んで調理が出来ると思われる設備も整っていた。昨日までロディエスだけが住んでいたここはシェラの街を囲う防壁の中。一番防壁の厚みがあり一番危険と隣り合わせな北東の壁の中だった。


「臭いが外に漏れないの? ここ、敵にばれちゃ駄目なんでしょ」

「排気口なんかは全部壁の内側に纏めてあるし、外へ出る仕掛け扉は一枚で出来てる訳じゃなからな」


 ケィルトが体をよじって後ろを振り変えればベッドが並ぶ奥の壁には大きな鉄の枠が嵌め込まれており、人の腕ほどの大きさの巨大な蝶番で扉は閉じられている。


「飯食ったら神殿に行くぞ」

「テスラとジンに会いに行くの?」


 顔を横に倒したケィルトの視界には二つの大皿を持って歩み寄ってくるロディエスが映った。


「仕事だよ仕事。明日もこれと同じ位の飯を食べたいだろ」


 香ばしさが目で見て分かる火を通したパン、焼き目の付いた腸詰めに目玉焼き。皿ごと盛られた料理を受け取ったケィルトは噛み締めるようにゆっくりと飲み込んでいった。


「だからおまえも働け」

「ロディエスが言うなら何でもするよ、受けた恩は返すって言ったでしょ」


 何てことの無いように言葉を返すケィルトを、ロディエスはフォークを手に持った姿そのままで見つめ、程なくして若干朱の差した頬を隠すように顔を背けた。


「ずいぶん律儀なんだな。俺は蹴り飛ばしただけなんだが」

「お父さん……みたいな人に、そう教わったから。相手から受け取った心は大事にしろって」

「そのみたいな人は、随分難しい事を言うんだな。これから何処で生きていくにも身元を保証してくれるのと、食い扶持を確保するには教会がてっとり早いんだよ。細かい事はテスラから聞いてくれ」


 言うことは言い切ったというようにロディエスはケィルトから完全に視線を外すと、人肌まで温くなった朝食を味わう風もなく口に運んでいった。




 昨日の夜――目覚めたケィルトがロディエスと北東の壁内へ連れだって向かっていた時には見られなかった街とそこに住まう者達の喧噪。人々から飛び交う声や行き交う馬車の音、どこからともなく聞こえる怒号や笑い声。ケィルトは頭上へと向かう太陽よりもまぶしいかの様に人々の営みを見つめ、ロディエスは時折脚を止めては物珍しげに首を巡らす隣の少女に合わせて、見慣れた景色がゆっくりと流れる様を見ていた。


「ここは魔王軍に対抗する最前線の街だからな。人が兵士が勇者達が集まって、それと一緒にその家族が、さらに商人達がってな。平和な街や国と違って人が動くから金も動く、金が動くって事は景気が良いって言うみたいだな。勇者達もかなりの数集まっているから治安はいいし、逆に下手な場所より安全だって言ってるやつもいる」


 ケィルトはロディエスの言葉を聞いているのかいないのか、口の中だけで気のない返事をしながら、雑多に混ざり合う人々の中から何かを探しているかの様だった。


「どれだけ田舎から来たんだよ。珍しいのは分かったから後にしてくれ、今度は俺たちが見られてるぞ」


 このシェラの待ちでロディエスはある意味有名で、そんな有名人が物珍しげに周囲を伺う容姿の整った少女を連れている。ここで暮らす人々は出来損ないと言われているロディエスと少女がどんな関係にあるのか興味を抱き、道行く人の中に時折混じる鋭い視線を持つ人たちは見知らぬ少女という存在に興味を抱いていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。夜だったから教会までの道なんて覚えてないよおいていかないでよ!」

 小走りに遠のいていく少女の姿を捉えていた目線は、出来損ないと一緒に居ると言うこともあるのか警戒を解くかの様に鋭さを軟化させ、街の外へと……無数に屹立する尖塔へと向かって街を出て行った。




「金がない……仕事くれ」

「あ、うん」


 開口一番飛び出した堂々としてるが情けない言葉、それを聞いたテスラは眉をひそめ、頭痛を感じたかのように眉間を皺を作ったと思えば大きく溜息をついた。ころころと変わる表情が何を意味するのか嫌でも理解しているロディエスはそっぽを向き、逆に全く意味の分からないケィルトは首を捻っていた。

 遅くも早くもない時間。あと一息仕事をしたらちょうど昼時になりそうな時間にロディエスとケィルトは教会に着いた。教会へ向かう道はまるで流れに逆らう様に人の波の間を泳いでいたのだが、教会へ近づくにつれ、時間が遅くなるにつれ、人は減っていき教会にいるのは昨夜と同じ顔ぶれだけとなっていた。


「仕事が欲しいならもっと早く来なさいよ。もう街中の雑用みたいな誰でも出来る様な依頼しかないわよ」

「いつも通りだろ。朝にきて割の良い仕事なんか俺が受けてみろ、次の日は棺桶がベッド代わりだ」

「当たり前のように言うな! ジンも何か言ってやってよ」


 礼拝堂がある方角から忍び笑いを漏らしながら近づいてきたジンは、手に持っていた掃除道具をいったん外壁の立てかけてから中に入ってきた。


「自身の力にうぬぼれるよりはマシだと思いますけどね。昨日の護衛の仕事も大陸の中央にいるような魔獣が出る分けでもなし、働きぶりに問題はありませんでしたよ」

 開き直っているロディエス、分かっていながらもお節介を焼いてしまうテスラ、そんな二人を楽しそうに見つめるジン、何も分からず不機嫌になり始めたケィルト。四人が今集っている場所は教会の玄関とも言える礼拝堂の右隣に建てられている建物だった。

 建物内の壁面には色とりどりに塗られた大きな看板が所狭しと並べられ、入り口の直ぐそばにある白い大看板と、一番奥まった所にある二回り小さい黒い看板にだけ番号の書かれた札が掛けられている。


「白と黒の依頼しか残っていないなら、ローに任せられるのは白の依頼だけでしょう。黒の依頼は昨日の上位の勇者達くらいですよ達成出来るのは」


 ジンはいつも通りの困ったやり取りをしている二人の前を通り過ぎると、黒の看板に掛けられた番号を手に取り、テスラへと黒の三番と伝えた。


「黒の三番は確か――『冥王の所在を明らかにせよ』。こんなの誰が達成出来るのよ、本当に冥王が存在するなら昨日見つかった魔王より、さらに厄介かもしれないじゃない」

「でも黒の看板は中央神殿からの直々の依頼ですからね。冥王が存在すると確信があるのでしょうね」


 一人だけ茅の外で内輪の会話が理解出来ず、建物の中央に円を描くように設置されたイスにだらしなく腰掛けていたケィルトはテスラとジンの会話に一瞬目を見開くと、何でも無いことのないように小さく呟いた。


「――フェニエスに会いたいの?」


 白い看板に残った番号を見ていたロディエスは後ろを振り向き、ジンはテスラとの会話を一端辞めて体を反らすようにし、テスラ越しに意味の分からぬ言葉を発した張本人を見やった。

 唯一反応しなかったテスラは……正しくは反応しすぎて動けなかったテスラは、己の鼓動が早鐘を打つように暴れ出し、背中を季節外れの勢いで湿らせていく感覚をねじ伏せるようにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「ね、ねえ。もしかしなくてもケィルトちゃんって替えの服どころか、し、下着も持ってないんじゃないかな。勇者達が帰ってくるまでしばらく時間があるだろうし、きょ、協力するよ」


 まるで脈絡のない突然の話だったが、内容としても至極真っ当でこの問題を解決するには確かにテスラは最適だった。

 ロディエスは面倒くさいことは任せたと言うように、ジンは「少しは恥じらいを持った言い方をと……」文句は言いつつも同じくテスラに一任した。

 背中だけでなく頬にも冷や汗が流れ始めたテスラは、不自然にならないようにイスに浅く腰掛けぐでっとしているケィルト手を取ると、自身に宛がわれた建物へと向かって有無を言わさず引っ張っていった。

 目をぱちくりとするケィルトの耳には「ヤバイヤバイヤバイデショコレ」と抑揚のないテスラの声が聞こえてきている。

 部屋としている建物に入ったテスラはベッドの前でケィルトに力強く抱きつくと、一緒にベッドへ倒れこむ。


「わきゃっ! なに、なにするのよ」

「ねえ、どうしよケィルトちゃん、私どうしたらいいか分からないよ。これ絶対誰にも言っちゃだめなやつだよね、ケィルトちゃんがアホみたいに口を滑らすからどうしたら良いか分からないよ」

「ア、アホ!?」


 互いの額がくっつく程の距離で見つめ合う二人は会話をしているようで全く会話になっておらず、言いたいことだけを言っているような子供の言い合いの様だった。言葉にされた内容は簡単には見過ごせないような内容だったが。


「なんでフェニエスなんて言っちゃうのよ。フェニエスが冥王だって分かっちゃったじゃない! どうせ冥王の真名はフェニエス=ルイジュなんでしょ。どうしてくれるのよ」

「フェニエスはフェニエス=ルイジュだけど、なんでそれで私がアホなのよ。アーシェラもアーシェラだよ! 私やフェニエスを探したいなら自分から動けばいいのに、勇者なんて変なモノ作るから私が怪我したんじゃないか。なんで魔王の私が神に仇なすのよ、あー思い出したらあったま来た!」

「アホアホアホアホアホアホアホアホーーーーー、聞きたくないことばっかり言うなーーーーー」

「だからなんで私がアホなのよ!」

「アホだからで……」

「だから……」




 意味の無い罵倒と化した言い合いを止めたのは、いつの間にか時間が正午を回り、お昼ご飯の用意が出来たことを伝えに来たロディエスの足音だった。

 ベッドの上で後ろからケィルトを羽交い締めにし、器用に右手で口も塞いでいたテスラを見たロディエスが浮かべた表情は、長い付き合いのテスラですら見たことのないモノだった。

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