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第2話 欠陥品の加護

話数の番号を整理しました。第0話→第1話に変更することに伴い修正 2019/9/23。

「メダリオンって首からかければいいのか?」


 押しつけ……貰ったメダリオンを日の光に透かしながらマルガおじさんに聞いてみる。メダリオンは加護に合わせて造形が違うそうだけれど、模様がぐちゃぐちゃしているだけで何が何だがわからない。それでも、他の人が持ってるメダリオンよりは複雑な模様なのは分かる。


「そうだぞ。首にかければ晴れてお前はお手軽に勇者になれるぞ」


 なんだよお手軽って、有り難みも何もないじゃねーか。


「お手軽でいいんじゃないの。こんな役に立ちそうにないメダリオンなんてすぐに部屋の飾りになるんでしょうから」


「確かに模様だけは綺麗だよねー、あっ、畑の鳥よけにならないかな。キラキラ光って鳥が警戒してくれたらいいんだけどなー」


「お前らなー、そんなことしたら後でアーティさんに怒られるぞ。使わないなら俺たちみたいな丈夫なヒモで腰に括り付けとけ」


 マルガおじさんとイガおじさんの腰には、俺たちの物よりわかりやすい造形のメダリオンがぶら下がっていた。どっちも狩猟に関係する加護のはずで、俺やティアが欲しかったメダリオンだ。


「おじさん達は首からさげないの? 加護が働かないんじゃないの?」


 セネラの指摘にそういやそうだと不思議に思う俺たち。村の大半の人は首からメダリオンを掛けていない。掛けているのはここ数年でメダリオンを貰った、といっても二十歳以上の人たちだけだ。いまのガキ共の親の世代だ。


「加護はな、加護でしかないんだよ。俺たちは加護の恩恵を受けて色んな事や物を得たが、加護に甘えちまったらそれまでだ。ある程度加護を使いこなしたやつは自分からメダリオンを外して、さらに上を目指すんだよ」


 なんだそれ、今まで知らなかったぞ。じゃあ、別に勇者の加護だって使いこなしたら外して勇者じゃ無くなっても良いんじゃねーのか。ん、勇者の加護を使いこなすって何だ、よく分からん。


「マルガは格好良く言っているけどな、加護を使いこなすとアーティさんに呼び出されて、これ以上メダリオンの加護を使わないように有り難いお説教をされるんだよ。何を言われるかは今は言えないけどね、面白い事が分かるから期待してて良いよ」


 アーティ公認なのか。あいつメダリオンを押しつけたり使うなっていったり訳分からんな。


「ねえマルガおじさん、私達って勇者に賢者に聖女でしょ、何か武器は貰えないの」


 ティアの言葉に確かに武器を持ってない勇者なんて想像できないと思った。聖女はともかく杖のない賢者もなんか締まらないな。


「おー、一応持ってきてあるぞ。村に寄ったときに家から持ってきたからな」


 背中に背負っていたずだ袋から俺たちの武器を一つ一つ手渡してくれるマルガおじさん。感謝しつつ受け取ったのは、俺は鉈、ティアは弓、セネラは薬瓶。

 綺麗に揃って首を捻る俺たち。


「しょーがねーだろ、その三つの加護はハズレだから今後も誰も取らないって思ってたんだから。何も用意してなかったのが本音なんだが、それでも無いよりはマシだろ」


 有り難いは有り難いんだけど、何か違うよマルガおじさん。ほら、イガおじさんは笑っているし。


「私は薬瓶でもいいかなー、傷を癒やすのは聖女っぽいし」


「私も弓はいつも使い慣れているから、魔法以外に使える武器があるのはいいかもね」


 俺は鉈を見たが、よく研がれていて刃の厚みもなかなかの良い品だ。


「そら、森の端が見えてきたぞ。俺たちが出来る案内は此処までだ、あとはお前達の腕の見せ所だぞ」




 森から平原に脚を踏み出した俺たちが見たものは、平原一面に広がる死体の山、山、山。全て同じ軽鎧を着込んでいる。大量の死体は全て炭の塊になる程まで燃え尽きているが、身につけていた服や鎧、武器には煤一つ付かず無事だった。初めて人の死体が見たが、生々しさが無いため、吐き気や嫌悪感を抱かなくて済んだんだと思う。


「ひどい」


「これが……戦争なんだね」


 ――。


 何処からか声が聞こえる。周囲は死体だらけで他に何も見えないが、確かに音が聞こえた気がする。


「あそこ、あの低い丘の向こう。一瞬炎が立ち上がるのが見えた」


 ティアの目はすごく良い。はるか彼方を飛ぶ鳥の種類を見分けられるほどだ。

 アーティ、勇者と賢者と聖女の加護を信じるからな。最悪、火か水の神の勇者にメダリオンを差し出して命乞いするか。既に負ける想像をしてしまった頭を振りながら俺たちは丘の上まで走り出した。




「これって」


「絶体絶命ってやつだよねー」


 丘の上に到着した俺たちが見た物は、丘を背景に三方を沢山の兵士に囲まれた二人組。二人組の前には他の兵士とは違う派手な格好の剣を持った男と女が一人ずつ、杖をもった男が一人。対して追い詰められている二人組はところどころ服がボロボロになり、血に濡れていた。よく見ると二人の後ろには血だらけで横になっている女の人が居るけれど、既に事切れているようだ。

 丘の上にいる俺たちと、二人組の間には少し傾斜のきつい部分があり、降りることは出来ても上がることは難しそうだ。

これって今なら逃げられるけど、下に降りたらおしまいだな。


「誰だお前ら。鎧を着てないって事は逃亡兵が戻って来やがったのか?」


 状況観察してないで逃げれば良かった、三人組の派手な男に気付かれてしまった。今から逃げればなんとかなるかと思って後ろに下がろうとしたら、体が硬直して動けなくなった。

 首から提げたメダリオンが熱をもって光り輝いている。後ろに下がろうにも体が硬直して動けず『助けろ』という声が頭に響き始めた。

 ティアも同じようで身動きが取れないようだ。セネラは俺たちと違うようで、全く動かない俺たちと丘の下の男を交互にみておろおろしている。


「兵士の加護は戦うこと、勇者を守ること、そうじゃなくちゃ面白くねーよな。水の勇者を守る兵士を焼き殺した所を見て逃げたんだろうが、加護に逆らえないって気持ちはどうよ?」


「逃げなさい!」


 追い詰められている二人組の内、ローブを目深に被ったやつがこちらを振り向かずに声を張り上げた。声からして女か。


「水の賢者として命令します。逃げなさい、逃げて逃げて生きなさい」


「そうださっさと行け、水の勇者の命令だ。命令違反は許さん」


 ちっ、と舌打ちして三人組の派手な男は赤い剣を空に掲げた。


「餌の時間だ、行け炎獅子」


 赤い剣を振り下ろすと、炎の塊で出来た獅子が俺たちに向かって牙を剥いてきた。離れていても感じる熱気にたじろぐと、水の勇者と呼ばれた男が振り向きざまに青い剣を振り抜いた。


「打ち消せ、水咬」


 水の勇者からは深い蒼で作られた大蛇が放たれ、獅子と絡み合ってお互いに噛みついた。しばらく暴れ続けた二頭だが、大量の水蒸気をまき散らして消え去った。

 水蒸気の消えた後、全ての人間は先程の二人に一瞬で目を奪われた。水の勇者の背中から赤い剣が生えている。いつの間にか距離を詰めた派手な男が水の勇者の命を奪っていた。


「火の勇者ライゼルが水の勇者ゼスを討ち取ったぞー」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 周りの兵士達は勝ち鬨をあげ、水の賢者はその場に崩れ落ちた。


 俺たちはどうするのか。さっきから頭に響いていくる『助けろ』という端的な言葉。ただそれだけなのに、後ろに下がることが叶わず、逃げることが出来ない。


 火の勇者ライゼルが水の賢者のローブを無理矢理剥ぎ取り、その顔をみて心底嬉しそうに笑った。火の勇者が水の勇者の胸元に手を伸ばそうとしたとき。

 風切り音と共に矢が飛来し、火の勇者の足下を穿った。

 とっさに大きく後ろに下がった火の勇者はこちらの睨み付けると、またさっきと同じ笑みを浮かべた。


「おいおいおい、こんな上玉が一度に二人も、後ろのやつもマジかよ、三人も出てくるなんてよ。二人は俺たちが貰うとして、お前ら! 今回の戦で武勲を一番に上げたやつには奴隷にして褒美とするぞ、喜べ」


 俺だ俺だ。ちくしょー頑張れば良かった。今からでも間に合うか。殺す相手がもういねーだろ。敵の軍師を討ち取ったのは俺だから決まりだな。兵士が思い思いの劣情をぶちまける。


「屑だな」


「下種ね」


「私達を人間と見てないねー」


 どっとみち加護が逃がしてくれないならやるしかねーんだ。丘を駆け下り、水の賢者の傍らに寄る。


「貴方たちは誰。私達の命令に従わないってことは兵士じゃ無いの?」


「セネラ、この子の傷なんとかなるか」


「んー、薬と癒やしの魔法を使えば治せると思うけど、なんか加護を受けてから変なんだよね」


 ティアはなんとなく分かってたけど、セネラも何かおかしいって感じていたのか。

 アーティのやつ、これ本当に加護なのかよ。売れ残りって話だし、欠陥品じゃねーだろうな。

 俺は鉈を構え、火の勇者を見据える。隣では後ろに水の賢者をかばいながら弓を構えるティア。相手の火の勇者、絶対俺たちの事を祈りの神の勇者や賢者って思ってないよな。


「自分から来てるくれるなんて気を使ってもらって悪いな。お礼に男だけは一瞬で殺してやるよ」


 火の勇者が踏み込むと素早く俺の懐に飛び込み、剣を横に振り抜こうとする。避けようにも体が重い、このままじゃ斬られると思ったとき体が勝手に動き鉈で相手の剣を跳ね上げた。それだけじゃなく、跳ね上げた勢いを一瞬で殺して鉈を振り下ろし、『爪牙』地面に五つの斬撃の後を残した。


「あぶねっ、なんだお前、兵士じゃねーのか? 剣豪とかの上位加護持ちか?」


 剣豪か、だったら良いんだけどな、欲しーわその加護。


(今何したの)


 ティアが耳打ちをしてくる。俺は何もしていなく、勝手に体が動いたことを説明するとティアは試してみるといい、弓を降ろして右手を前に向けた。


(風、風が吹いて敵を切り裂く光景を浮かべる。そう、そう、そんな感じ。頭に勝手に浮かぶ光景を現実に重ねる。そう、そう、そんな感じでいいのね)


 おい、何ぶつぶつ言ってるんだ。この敵の中で目なんかつぶるなよ。


「加護よお願い! 嵐の加護の力を借りて祈りの賢者が力を捧げる。風よ渦巻けうなりを上げろ、全ての不浄に死の鉄槌をもって嵐の怒りを体現せよ、逆嵐」


 一瞬そよ風が吹いたと思ったが、それは間違いだった。空に黒い風の渦が生まれ、一瞬に地上に落ちて牙を剥いた。黒い風の渦は巻き上げた兵士の血で赤く染まり、渦を逃れた兵士も触手の様に渦から這い出てのたうち回る風に体を抉られていく。

 たった、数秒。たった数秒で兵士の四分の一が人間だった物に変わり果てた。

 どさっと、ティアに地面に座り込む。荒い息を吐き真っ青な顔で震えている。


「ちょ、ちょっとあなた賢者だったの。それも大陸の反対側の嵐の賢者がなんでこんな所に。じゃなくて、あなた加護の力の使い方を知らないの!? 魔力を一気に使い果たすような使い方するなんて何考えてるのよ」


 慌ててティアの心配をする水の賢者。先程まであった傷は綺麗に癒えて傷らしい傷は無かった。


「まじかよ、嵐って言やー風の上位神だろ。なんでこんな小競り合いに横やりなんて入れてくるんだよ」


「別によろしいのでは無いですか? いくら上位神の賢者といえども力の使い方を知らない様子。全ての力を一度に使い果たすどころか、まともに狙いさえつけられない。直撃なら危険でしたが、あんな余波程度を防ぐのにこちらは大して力は使いませんでしたから」


「私は今此処で皆殺しの方が良いと思うけどな。奴隷なんて考えずに殺して、禍根は消した方が良いよ。私達は上位神の加護と今まで戦ったことないんだから安全を取るべきだよ」


 ティアが座り込んでいる間に火の勇者達が警戒してくれて助かった。今切り込まれたら俺一人じゃどうにもならなかった。しかし杖を持った男は予想通り魔法を使うのか。さっきのティアの魔法を防いでいたし、火の勇者の援護なんてしてくれるなよ。


「わりーな、お前ら全員殺す事にしたわ。こっちの都合で悪いが、お前ら皆殺しにしてその首から提げている神器をもらっていくぜ。神器らしいもの持ってねーけど、同じ首飾りしてるって事はそーなんだろ」


 いいよ持っていって、だから見逃してくれよ。


(ねえ、あなた)


 ん? いまの水の賢者の声か。声の方へ視線をずらすと三人を見据えて杖を構える水の賢者がいた。薄い水色の髪に青い瞳、あいつらが騒ぐほどの美貌というより可愛さか、賢者はみんなこうなのかね。


(火の大魔道士なら私一人でもなんとか抑えられるけど、あなたは残り二人は相手にできそう? 勇者の隣のいるのは火の剣聖なんだけど)


(火の勇者一人だって持て余してるのに無理に決まってるだろ。なんだよ剣聖って、俺の勇者と交換してくれよ)


(え? 今なんて――)


(女の方なら私が抑えるわ)


 まだ若干顔色が悪いがティアが弓を構えて俺たちに近寄ってきていた。弓を持つ左手には賢者のメダリオンの首ヒモが巻かれ、弓の飾りのようにメダリオンが揺れている。


(さっきから賢者の加護が次はこの魔法、その次はこの魔法ってうるさいのから外したの。おかげで心も体も軽いわ)


(な、何考えてるの! 加護無しでよりによって最上位の加護に勝てるわけ無いでしょ。早く着けなさい)


 騒ぐ水の賢者を尻目に弓をさらに引き絞るティア。いくら俺たちが助けに来たからってこの状況で俺たちを心配するなんて、こいつお人好しだな、苦労してそうだ。


「作戦会議は終わったか? こっちも気が長い方じゃないんでな、そろそろ行かせてもらうぜ」


 火の勇者は剣に火をまとわりつかせて上段に構えた。剣聖の女は腰だめに剣を横に構え、いつでも踏み込めるようにしている。大魔道士の男に動きは見えないが、水の賢者と視線を交わし合っている。


 火の勇者が踏み込んだ瞬間、さっきよりも早く間合いに入られ剣を振り切られる。今回もなんとか剣の奇跡に鉈を滑り込ませて防いだが、剣戟が軽い感覚がして違和感を感じた瞬間。


(シッ)


 わずかな呼気と共に剣聖の女が勇者の後ろから現れ、無防備になった俺の胴めがけて切り込む寸前だった。


 ギチッ!


 不快な音と同時に剣聖は後ろに飛び退き、続けて勇者も下がった。先程まで剣聖の女がいた所には鏃が砕かれた矢が落ちていた。


「まさか切り落とされるなんて思わなかった。四天の夜熊だって一撃で眉間を打ち抜けるのに」


 獣と比べてどうするんだよ。それにしても助かった、あれが剣聖か。勇者がいなかったとしてもさっきのは俺じゃどうにもよけらんねーぞ。いつもより調子が良くないし、どうにもならねんじゃねーかこれ。


「ライゼル、あの女は危険。気付くのか一歩遅かったら私はそこに倒れていた。矢を切り落とした右手がいまだに痺れて少しのあいだまともに剣を振れないかも」


「なんだよそりゃ。あの女は賢者じゃなかったのか、なんで弓兵、いや弓聖の真似事ができるんだよ」


 お互い警戒し合い時間だけが過ぎていく。相手の大魔道士が魔法を使おうとすると水の賢者がそれに対する魔法を唱えようとする。またその魔法に対してと大魔道士がという感じで、あっちも動きが取れない。

 どれだけ時間が流れたのか分からない、数秒なのか数分なのか数時間なのか。時間の感覚が狂い始めた時、決着の切っ掛けは訪れた。


 キンッ――。


 硬質な金属音が静かに戦場に響き渡った。それは俺の首から下がっていたメダリオンが地面で顔を覗かせている石に当たった音だった。首元を見るとちぎれた紐の先端が黒ずんでおり、先程の勇者の一撃がかすっていたことを表していた。


 先程と同じように踏み込んでくる火の勇者。剣聖の女は今度は俺では無くティアの方へ向かっている。まずい! 加護なしであの剣技を交わせるとは思えない。ティアも弓では直接向かってくる相手には分が悪いはずだ。

 思考が答えを出す前に勇者の剣が俺に迫り、なんとか受けようと剣を滑り込ませることに成功すると、勇者の剣戟より先に俺の剣が早く振り抜かれた。


 は?


 首、胴、脚と横一文字にちぎれ飛ぶ火の勇者。それだけにとどまらず後方に控える兵士達の首や胴、脚が泣き別れていく。俺の目の前から兵士達の後方まで五つの深い爪痕が穿たれ、近くの兵士は腰を抜かしてへたり込んだ。


「ぐっ、くそ」


 俺の隣では両手両足、胸に矢を受けた剣聖が倒れ伏した。


「同時に五本放てば防ぎきれないでしょ、あっ六本か」


 ティアの視線を追えば、眉間を射られた大魔道士が倒れている。剣聖と一緒にやったのか? すげーな、これなら一人でエリティアを狩れるんじゃねーかな。


「はあ、はあ……あ、貴方たち何なの。なんで賢者が弓を使ってるの、訳が分からないわ」


「セレス、今はそんなことを詮索してる場合じゃないわよ。まだ兵士達が残っているもの」


 聞いたことの無い声に振り合えれば、落ち着いた雰囲気の女の人が立っていた。たしかこの人、俺たちが来たときにはもう倒れていなかったか。


「すごいねー、聖女の加護って死んだ人も生き返らせるんだね」


 その女性の隣では力の抜ける言葉遣いとは裏腹に、体中汗をしたたらせているセネラがいた。汗で色々な部分の服が透けて偉いことになっているが、意識すると隣にいるティアから鉄拳が飛んでくるから無心だ無心。


「あり得ない事なんですけどね」


 先程の女性が頬に手をあてて、困った顔で首を傾げる。その首にはセネラが押しつけられた聖女のメダリオンが掛けられていた。女性はメダリオンを首から外し、セネラへとお礼をいって返す。


「どうしたんだそれ」


「んー? 加護がやり方を教えてくれたんだけどね、どうやっても上手くいかないから私の加護を貸したら上手くいくかなって思ったの」


 加護の貸し借りって、アーティに簀巻き決定だな。というか信じる神が違うのに貸し借りなんて出来るのか? 何か違うんじゃねーのか?

 セレスと呼ばれた水の賢者は、先程の女性に抱きつき良かった良かったとかすれた声で呟き続けた。


(なあ、こいつらどうしたら良いんだ。村に帰る道がこいつらに塞がれてるんだが)


(そうは言っても、私が持ってるのは弓矢だけだし矢もそんなに無いわよ。殲滅はできそうにないわ。賢者の加護も一回で疲れるから隙をつくるだけね)


 前でうんうん唸っている俺たちと、うしろで喜びを分かち合っている三人。そんな俺たちを見ても、兵士達は一向に襲いかかってこなかった。


「ほらセレス、ここは私達が始めた争いなんだから私達が幕をとじなくちゃ」


「そうだね、ごめんミーヤ」


 水の賢者セレスが静かに言葉を紡いでいくと、太陽が陰りだし雨雲が押し寄せてきた。


「私はこれから大魔法を使います。死にたい人はそのままで、生きたい人は逃げて下さい。この魔法は私以外に無差別に降りかかります。私を殺しても魔法が消えるまで効果は続きます。もう一度いいます、生きたい方は逃げて下さい」


「早くセレスのそばへ」


 ミーヤと呼ばれた女性に呼ばれ、俺たちはセレスのそばに寄った。それでは不十分とミーヤは訴え、俺たちはセレスに密着する位まで体を寄せ合った。笑顔のミーヤ、普段と変わらないティアとセネラ、少し頬の赤いセレス。


「いきます。水の神よ、死の足音を引き連れ戦場に等しく福音を与えよ、安らぎの雨」


 サーっと俺たちの周り以外に雨が降り出した。雨は勇者達が流した血を洗い流していく。周囲の兵士は雨に打たれながらも何が起きるのかと警戒していたが、何も起きないと感じると武器をこちらに向けてじりじりと進んできた。


「馬鹿な人たち、逃げれば助かったのに。勇者達が死んだ以上、加護に縛られていないでしょうに」


 こぽっ、ごぽっと音がし出して、降った雨が泡立ち始めた。その様子に慌てた兵士達だったが、もう遅かった。次の瞬間には地面に降った雨が天に帰るように水の槍となり、見える範囲の地上を全て串刺しにした。


 残ったのは俺たちだけとなっていた。大魔法を使ったセレスは気を失い、ミーヤは生き返った影響か、体がまだ満足に動かせないとの事だった。

 俺たちはアーティに何を言われるか恐々としながら村へと二人を連れて帰った。

読んで下さりありがとうございました。

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