第16話 役者が揃い出す
退屈だったらすいません。
ちょっと表現が下品な所あります、苦手な方は注意で。
話数の番号を整理しました。第0話→第1話に変更することに伴い修正(2019/9/23)
そろそろ夜が明けてくるのか、私達が進む方向の左側では闇に塗る潰された色が水で溶かされていくように薄くなっていく。
あれから直ぐにリゼルが皆とセネラさんのお婆さんを起こし、不十分で要点も得ないような急ぎの話に理解を示してくれて道案内を協力してくれた。あんな説明でどうやったら納得してくれるんだろうなんて思ったけど、アーティさんの名前が出た後は早かった。
部屋を素早く抜け出したセネラのお婆さんはすぐに右肩に静かに寝息を立てているマールを担いで現れ床へと放り投げた。もちろんリゼルの所為で起きるそぶりすら見せなかったけど。
そよ風と言うには強く、突風と言うには弱い。そんな風を切りながら私達はこの世界へ落ちてきた場所へと向かっている。
白くふわふわの毛が敷かれたちょっとおかしな乗り物に乗って。
「誰がおかしな乗り物だ。文句言うならたたき落とすから自分で走って付いてこい」
私が座っている場所は一言でいって巨大な蛇のようなものの背だ。全身白く柔らかい毛に覆われ、普通の蛇とは違って体の両脇から大量の脚が生えて気持ち悪い動きをして進んでいる。もたげた頭の頭頂にはリゼルの上半身が生え、先導で空を飛ぶマールを追いかけていた。
「気持ち悪いも余計だ! 第一空を飛んで直ぐに吐き戻して俺をゲロまみれにしたのは誰だよ」
「う、ごめんなさい」
はい、私です。
巨大な鳥と巨大なトカゲ、さらに巨大な生卵を足したような奇っ怪な生き物になったリゼルの背に乗ったまでは良かったのだけど、五分も経たずに突然胃の中が扇動して戻してしまったのだ。空を飛ぶなんて初めての事で、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
「私は別に変でも気持ち悪くも感じないわね」
「まあ、ティアちゃんはそうなるよね」
セネラさんの言葉の後に何が続くかは一昨日の騒ぎで良く理解した。純血の天使に会ってすぐ常識という物がなんの意味もなさないことを思い知ったけど、エルフもそうだと思うとティアさんには悪いけど逃げるかもしれない。
「おい、気持ち悪いだのおかしいの何の目隠しされてちゃ全く分からないんだが」
ティアさんとセネラさんに挟まれる様に座っているアズルさんは空が明るくなり始めてすぐに目隠しをされていた。何故かは眼の前を裸で飛びながら先導する、一番大事な所を全く隠さないマールの所為だ。
「見せると危険なんだよ」
「純血の天使は業が深いわね」
「今度は俺に対してなんて勘弁してくれよ。人型じゃないんだからエルフと違って平気だろ」
一瞬笑顔を浮かべたティアさんが静かに立ち地団駄を踏むように脚を強く叩きつけて座り直した。
アズルさんに見せるのが嫌なのは嫌だけど、それ以上に大問題が起きたのだから申し訳ないけれど全員の総意で目隠しをさせてもらった。
雨が降ってきたのだ、それも生暖かい雨が。
先頭に続くリゼルがすぐに雨がなんなのかに気付き、諸悪の根源を締め上げて応急処置をしたのだ。男性なら誰でも区別なく愛が広いというか、皆が言う無節操な天使はアズルさんの視線に晒される事に耐えられなかったらしい。
「こんなの普通です、皆さん心が狭すぎます」
「「「「……」」」」
「私は変態で良かったよ」
「なあリゼル、聞いて良いか」
「答えられる事なら答えるぞ。つってもセレスと同じくあんたらにも記憶を渡したんだから大体の事は分かったろ」
「昔の事じゃない、今のことだ。それに昔のことが分かっても俺に大事なのは身近な奴らだからな、結局は魔王に全部行き着くんだが」
リゼルは魔王をないがしろにされたようで気にくわなかったのか小さく鼻を鳴らして視線を少し逸らした。魔王第一のリゼル、皆のこと優先のアズルさん。結果は同じでも目的が違うから軋轢が無いわけじゃ無いけれど、今はこうして協力しあっている。
「アーティは何で俺たちを、俺たちだけじゃなく魔王領の多くの人も異世界に移動させたんだ。魔王領の住人全部とは思ってないけど異世界調査に向かった人たちは変に多かったってことはないのか」
「知らない割にはよく見てるな。それは俺も疑問に思わなくもなかったが、今考えれば保険だろうな」
保険?
「必要ないと思ってこの記憶は渡してないが、ロディエスの転生体と魔王が争ったことがあるのは一度や二度じゃないんだ。世界の破壊と再生を止めようと何度もロティでエスは魔王と戦っていたよ……最後にはいつも負けていたけどな、俺たちが魔王の側に付いていたからさ」
「『心理』で相手の行動を縛り、どれだけ傷つけても『神癒』で癒やされるってことか。勝ち目を考える事すらバカみたいだな」
そうだよな、バカだよな。バカだけどロディエスは魔王の事を見捨てずにどんな形にせよ魔王と相対していたよ――リゼルは自嘲じみた笑みを小さく浮かべ、最後の言葉は切れ端は風に運ばれ耳に届くことは無かった。
「それにアーラとイーラもいたからな。ほんっと諦めることを知らない所は最初から変わんねーよ魔王もロディエスも」
「つまり異世界へいった人たちはアーティさんに何か役割を与えられているってことなのかな」
「そうじゃないかしらね。魔王が世界を再生すれば異世界も含めた全ての世界が一度滅ぶのだから、避難させるなんて選択肢はないでしょうし」
私の疑問にティアさんが理論を補強してくれたけれど、それが何の為になのかが分からない。
「おまえら、俺の予想があってればシーディアは、おまらえらが好きなアーティはとんでもない女だぞ」
何で私達がこの世界にいるのか、他の人たちを他の異世界へ移動させたのか、疑問と推測しか並べられず首を捻っているとリゼルが意識の横から滑り込むように言葉を発した。
「今まではロディエス自身が魔王の傀儡になることはなかったんだ。魔王によって作られた偽者の神はロディエスを探すことを目的として争いを起こして篩いにかけていたからな。ロディエスは魔王に死ぬ寸前になるまでしごかれた勇者だから頭角を現すか、魔素枯れでも動けるその特質生を顕わにするか」
「じゃあ神器って」
私の胸元で朝日をうけて鈍い光を浮かべる『隠者』。私の求めに応じて力を貸してくれたけれど私が探し人がどうかを見定めていただけなのかと思うと胸に寂しさが去来した。
「だな。神器は持つ物の力量以上の魔素を無理矢理操らせるための道具だよ。頭角を現すか魔素枯れを起こすかの選定具だ。シーディアの……あー面倒くせぇなアーティでいいか、アーティの神器は別だぞ。それは逆に魔素の扱える量に制限をかけるようになってる。大方あんたら三人が突出してるが禁忌の森の住人は魔素量が多すぎるからまともな使い方を覚えさせるのと、セレスは使える魔素を制限する事で魔素枯れの影響を緩和しようとしたんじゃねーかな」
今まで当たり前だと思っていた神器や西側の争い。真実に触れる事が出来て私は殺された弟に対して顔向けが出来ないことをしていたんだと気付いた。孤児院で育った私達は私が五歳になったときに神器に適性を認められるとそれまでの生活が一変した。一方弟はいつまでも神器に適性がなく孤児院でも肩身の狭い思いを続け、何度目かの遠征から帰った私が見たのは弟の墓だった。弟の最後を見ていた人の証言で弟は魔王の手下と偶然対峙し、神器がない弟は無残に殺され池に浮かんでいたという事だった。
今にして思えば全部嘘。魔王がどこに居るかも分からない、魔王の手下に会ったこともない。なのに魔王の手下に弟は殺された。魔王に手下なんていない、いるとしても私が仕えていた水の神のような偽者。もう真実なんて分からなくなってしまったけれど、優しい魔王を間違いで恨まなくて済んで良かったと思う。弟のお墓参りに行きたかったけど、先に本当の事を知れて良かった。これ以上顔向けが出来なくなるのは嫌だ。
「俺は理『写世』の術式を借り受けているのは説明したよな、今の姿だって他の異世界に実際に存在する生き物だ。そんな俺には生物や物の本質を捉える力も付随してるから、アーティの神器だけおかしいことが分かったんだ。だから多分、アーティはとんでもねえ女だ」
リゼルがそう判断する理由には、
アーティはロディエスの転生体で記憶と力を受け継いでいる。
魔王の支配をはね除け、魔王の根幹近くに触れた事で理を借り受けた偽の神になっている。
借り受けた理は心に作用する『心理』。
そして『心理』だけではなく他の理も借り受けているのでは無いか。
「俺みたいに二つ、多くても三つ理を借り受けているんじゃないかと思う」
「さっきの言い方だと他の理の予想が付いると感じたんだよ」
「だな。予想というかほぼ確信があるんじゃないか」
アズルさんとセネラさんの二人の言葉に私も同意でリゼルはもう確信してると思う。それは私も今までの話を聞いて予想出来る。リゼルが話していた事を聞くだけでもとんでもない理だと思えるから。
ロディエス――アーティさんが近くに居ても反応しない魔王。ロディエスの転生体と感じられないようにする手段があったとすると、残りの魔王が持っている理をどうにかしないと気付かれる。私を魔王領にいくように誘導しフーに治療させてくれた。まるでフーが魔王のそばを離れ私達に加勢しするのを知っていたかのように。さらに魔王領へ行かせたのは私達を異世界へ行かせる準備だったのか。
「『予知』。恐らくアーティは魔王から『予知』を借り受けることに成功し、姉さんや俺がおまえらを手助けすると知っていたんじゃねーかと思う。もちろんセレスのことも」
今までの事全てがアーティさんの思い描いている通りに動いているならば、私が思ったこと感じた事も全ても仕組まれていたといたら……背筋に嫌な汗が流れていく。アーティさんの人となりは皆の態度や今まで私が交わした言葉などで少しでも理解していると思ってる。
そんな人が私達を操って何かをしようとしているだけなんて事は無いとはず、多分アーティさんは私達に課す事よりも遙かに大変で恐らく辛いことを抱え込み、自分だけでどうにかしようとするはずだ。
ロディエスもそうだったんだから。
「あのー難しいお話は終わりましたか。そろそろ僕たちが出会った場所に着くのですが誰かいますよ」
先頭を行くマールが器用にこちらを振り向きながら後ろ向きで飛んでいる背後には、昨日三人とリゼルが巻き起こした破壊の跡が見えてきた。その破壊の跡にそってゆっくりと動いている人影らしきものが一つある。らしきというのはマールみたいに背中に羽根の様な物があったからだ。
「うげっ、アウロラだ。僕もう帰っていいですか、いいですよね」
「どこへ帰るの」
喉の奥から甲高い音を笛の様に鳴り響かせてマールが肩をすくませる。後ろからマールの脇に手を伸ばして抱きつき、いつかみた黒と白の羽根を持つ天使でも悪魔でもない女の子がマールの肩越しにこちらをのぞき込んでいた。
「マール帰っちゃやああああ。ずっと遊ぼうよう」
「アウロラの遊びは命に関わるからいーやーでーすー。今だって僕の魔素を吸ってるじゃないですかー」
「だってマールって可愛いし美味しいんだもん」
マールが激しく身じろぎするけれどアウロラと呼ばれた天使と悪魔の混血少女は全く動ずること無くしがみついている。最初は勢いよく抵抗していたマールだけど、疲れたのか次第に抵抗が弱くなり、荒く息を吐いていた。
「アウロラ、僕の魔素吸い過ぎ。これ以上は動けなくなるよう」
「ならもうちょっと魔素を吸えばマール動けなくなるんだね、今日はおままごとやろうよ。食事を食べさせてー、お風呂に入れてー、着替えさせてー、寝て起きたら魔素が回復して動けるだろうから行ってきますのチュウしてー」
「それおままごとじゃない! 介護ですー! おままごとは五歳を過ぎたら卒業するものなの、アウロラはもう六歳でしょ」
「そ、そんなあ」
何がそんななのか分からないけど、開放されたマールが私のそばへ飛んできて背中の後ろに隠れてしまう。
一時のショックから立ち直ったらしいアウロラはそんな私とマールをみて途端に不機嫌な顔になると、ゆっくりと翼をはためかせながら近寄ってくる。
頼りになるかと思った三人はしきりに変態だ変態だとおののき、アウロラが近づききるまでに助けにならなそうで、リゼルは私と眼すら合わせない。唯一フーが私の腕の中にいるけれど首を捻り意味が分かってなさそうだった。
これはとても良くないよね。
「アウロラ! この子、セレスはアウロラのお姉ちゃんですよ。ほらお姉ちゃんにちゃんと挨拶しないと嫌われちゃいますよ」
はい?
「お姉ちゃん? でも私やマールと違って羽根が生えてないよ」
「お姉ちゃんは抜け毛の季節なんです」
アウロラはしきりに自身の羽根を撫でたりつまんだりして知らなかったと言葉を繰り返している。
私も知らなかった――よくそこまで嘘がポンポン出てくるなあ。
「そっかー。お姉ちゃんなら夜一緒に寝ても皆みたいに風邪を引いたり逃げたりしないのかな」
「か、風邪。そういう認識だっ――じゃなくて、そうだよ大丈夫だよ。その時は私も一緒に寝てあげるから」
(ごめんね、永眠したらほんとごめんね)
マールの声音から感じた本気の響きに戦慄という言葉すら生ぬるい速さで背筋を何かが通りすぎた。このままでは明日の朝日を拝めないのではないだろうか。
「ご飯はマールから貰ったから今日はお姉ちゃんとずっと一緒にいるう」
アウロラは私とマールに纏めて抱きつくと、顔を寄せてきて激しく頬ずりをしてくる。
(マール)
(ごめん、ほんっとごめん。絶対なんとかします)
「こん中にゃまともな奴が一人もいねーな」
「「「「おまえもだ!」」」」
一人傍観していたリゼルが吐いた恥知らずな言葉に私は反射的に叫び、同じ叫びが三人からも飛び綺麗に合わさった。
そんな私達を呆けた様子でみていたのはフーとマール、アウロラだった。
人型に戻ったリゼルが荒れ果てた大地を虱潰しに探し回っているなか、私はアウロラにずっと抱きつかれアウロラに手を握られたマールと一緒にリゼルを眺めている。アウロラはやっぱりマールと同じく素っ裸でそんな二人と一緒にいる私こそ服を着ていておかしいのではと錯覚を覚えてしまいそうだった。
「あったぞ。やっぱり壊れてるな、姉さんよろしく」
私の腕にいるフーに向かってリゼルが何か黒い多角形の物体を投げて寄越した。それは表面が鏡のようにとてもなめらかで、大きさは手のひらから少し溢れるくらい。黒い宝石といっても通じるような見た目のそれはフーが受け取れるはずもなく代わりに私が受け取った。
「あはは、悪い悪い。そいつは世界を行き来する為のビーコンだ。まっさかあの馬鹿騒ぎで壊れるとは思わなかったんだけどさ、姉さんがいなきゃやばかったぜ。それ相当頑丈なんだけどなあ、馬鹿力共め」
意識のすぐ外側で四人がまた騒ぎを起こしそうな雰囲気で言い合っている気がするけれど、私の目はフーの行動に釘付けだった。右の羽根を大きく広げその根本付近をなめらかで傷一つないくちばしで食いちぎった。流れ出る血、その血がビーコンに降りかかると魔素が集まってくるのが感じられる。集まった魔素はビーコンに触れると感じられなくなり、魔素の渦の中心にあったビーコンは先程と違って表面を光が流れて消えていく。その繰り返しを行うとさらに光を纏うような不思議な物へと変容し、その光が一気に私達全員を包むように広がりものすごい速度で駆け回る。
「あらま、わりーな二人とも巻き込んじまった。アーティの計画通りなんだろうけど納得いかないよな」
「え、どういう事ですか」
「お姉ちゃんと一緒にいるう」
マールが眼を白黒させ、アウロラは分かっていないのかマイペースだった。
突然の事だけど私達は戻るのだろう。コルトラへ、アーティさんがいる世界へ。
荒れ果てた世界、地平線まで全てが削り取られた大地で満たされ残ったものは傷ついた大樹と動き回る二つの影。大樹にはまるで瘤ができたかのように中程に大きな塊があり、その塊から大樹にしてみれば小枝ともいえるものが複数生えている。
塊がうごめくと、取り込まれたようなアーティさんこちらへ向かって薄く微笑んだ。
「謝罪も感謝もしません。私には資格がありませんし、まだまだ終わりではありませんから。役者はもうすぐ揃いますよ、さあ覚悟しなさいルト!!!!!」
アーティさんへと向かっている魔王の大きな枝、二つの影が、ギリムとリフェルがアーティさんを守るように阻んでいた。
ギリムに近づいた枝はギリムの周囲を回る光る円環に触れると砕かれ粒子となり消えていく。
リフェルに近づいた枝はどこからとも無く現れた無数の壁に押しつぶされ磨り潰され消えていく。
それでもいくつかの枝はアーティさんの背中に突き刺さり浸食するようにさらに深くいこうとするけれど、途中で抵抗され止まるような動きを見せている。
「さあルト、私から『心理』を取り戻さない限りあなたに何もさせませんよ。あなたに残った冥王の『心理』の模造品では抵抗仕切れないでしょう?」
戦いながらも悲しげな雰囲気を強めていくアーティさんは、離れて見ている私にもはっきりと分かる決意をのせてロディエスだという事実を示した。
「いい加減諦めろルトーーーー!!!! 俺はもう居ない! 何度生まれ変わっても俺は俺にはならない! ロディエスはもう死んだんだ、おまえの願いは叶わない。おまえのやっている事はただ辛いだけで無駄なんだよ! だからもう諦めろーー魔王ケィルト=ルイジュ!!!」
アーティさんの叫びに応えるように魔王は軋むような甲高い叫びのような音をけたたましくあげ、呆ける寸前だった私達はそれを切っ掛けに各々が出来ることをするように動き出した。




