第13話 魔王との対面
誤記・矛盾修正 2019/8/19
最後の一文削除 2019/8/20
最後の部分あっさりしすぎてたので加筆修正 2019/8/22
誤記修正 2019/8/24
話数の番号を整理しました。第0話→第1話に変更することに伴い修正 2019/9/23
「正座。さっさと正座」
「せ、せいざ?」
私達がいる広間に突如三人が駆け込んできた。息を切らしながら私とアーティさんを見る目はとても鋭く、とても強く怖い意志を感じた――理由は分かるけれど。
意識を失う寸前だった私はセネラさんに癒やして貰うことで持ち直す事ができた。でも、あのまま意識を闇に委ねていたかったと今の状況から思う。
広間に入ってすぐ、三人はどういった状況なのか分からず固まっていたけれど、私とアーティさんを見つめると、いきなりアズルさんが意味の分からない事を言ってきた。
「すぐに正座する!」
いや、だから何それ。
「セレス、こう座るのです」
アーティさんと並べられた私は隣で見たことのない座り方をするアーティさんを見て、これがセイザなのかと真似をするように座った。
「何これ、い、痛い。床が固くて脛に当たって痛いよ」
「まだまだこれからですよ。はぁ、私がこんな事をする羽目になるなんて歳を取りましたね。以前は三人に軽いお説教をする立場でしたが」
「軽いとは口が裂けても言えないんだよ」
「夜の森に子供を置いてくるのはお説教じゃなくて虐待じゃないかしら」
「とにかく、全部説明してもらうまでは正座な」
普段ティアさんとセネラさんのちょっと変わった行動を呆れながらも静観していたアズルさんとは違い、その言葉に強く重い響きがのっていた。
「シーディアに対してあの態度、怖い物知らずにも程がありますわね」
「たしかにな」
ギリムとリフェルは私達のやり取りが一通り終わるまで静かに待っていた。いや、それどころか所々で話の補足をする等してあの打合せは何だったのかというような真実を告げてきた。
私とアーティさんはひんやりと冷たい床石の上に寝そべり地獄の底から湧き上がるような苦悶の声を喉から出している。体を下手に動かせば脚に振動が伝わり苦痛の波となって体全体に帰ってきた。
「あ、脚がぁ」
「セレス、少しはしたないですよ」
同じ体勢で床に顔を押しつけながら言われてもどうなんだろうと思うけど、正座を知っているだけになのか復活するのはアーティさんが比べものにならない位早かった。
「セレスちゃんはしょうがないなぁ」
セネラさんが私の脚に手を触れると強烈な刺激に続いて温かい……やさしい魔素が流れてきて、一気に脚の違和感と痺れが消えていった。
「しっかし魔王と神様と眷獣ねぇ」
「魔王って人だと思ってたんだよ。それが人じゃないどころか世界を壊すなんて」
「そうよね。まさかフーが眷獣の星獣エリティアで自身だけでなく他者も癒やせるなんて。それに脳と心臓どころか体全てが弾け飛んでも死なないなんて」
私の傍らにいるフーはティアさんの言葉を誇らしげに聞いているようだった。いつもの姿勢より心なしか胸を張り首を後ろに反らしている様に見える。
「という事はフーの脚や手羽先をちょーっと貰ってもすぐ再生するんじゃないかしら。フーがいる限り毎日毎日エリティアの肉が食べ放題。これは大発見じゃないかしら……フーいらっしゃいすぐに確かめましょう」
喋り続けるほどに妖しい光を目に湛えていくティアさんの視線がフーに固定されると、一歩、二歩とフーが下がりティアさんが一歩脚を進めたのを切っ掛けにフーがこの世の終わりのような金切り声を上げた。
そんなことはお構いなしと近づくティアさんから逃げるように叫びながらもフーは下がり、未だに座っていた私の脚へとお尻が当たった途端、頭から私の脚の間の隙間へと飛び込んできた。そのまま頭をねじ込むようにこれ以上行けないのになおも首を捻ってきてくすぐったい。
「ティアちゃんまたフーに嫌われても知らないんだよ。私はフォローできないよ」
「欲に目が眩んでそれ以外何も考えてねーだろうな。どっちかが折れるかしなきゃ終わらないだろ」
「そうだね。それじゃちょっと殴ってくるよ」
「後遺症が残らない程度にな」
こちらへゆっくりと向かってくるティアさんの後ろで行われていた物騒な話が終わり、セネラさんが静かにティアさん近づくと両手の平を組んで一気に!
すさまじい轟音と共に一瞬でティアさんが姿がかき消え、目線を下げればあの時の二人のように顔が床石にめり込んでいた。
生きてる?
「セネラやり過ぎだドアホ」
「大丈夫なんだよ。死んでも生き返らすから平気平気」
ミーヤは確かに生き返ったけど、生き返らす前提で友達を殴るっていうのは無いと思うのだけど。
「おいシーディア、なんなのだこいつらは。受け取った手紙には魔素枯れの娘の事しか書いていなかったから特に気にしていなかったが、この三人の魔素の保有量は異常だ。貴様の所の村ではこれが普通なのか?」
「私も聞きたいですわね」
あ、それは私も聞きたい。
三人とのやり取りを居ていたアーティさんは深いため息をつきながらゆっくりと首を左右に振っていた。呆れているの、かな?
「私の村であの三人ほどの魔素を内包している村人はいませんよ。色々と事情がありまして、六歳の頃には毎日三人で禁忌の森で狩りをしていたのですよ。四天の夜熊、ジャジャ、エリティアやその他の高密度の魔素の塊のような魔獣を」
あの湖のほとりで見かけた魔獣達。あれだけで国が滅ぶのにそれを六歳の頃から狩っていた。普通だ普通だ言っていたけどやっぱり全然普通じゃないよ。
「そんな高密度の魔獣を毎日食し続ければ、眼の前の状況に納得できると思うのですが」
「ず、ずいぶんとやんちゃでしたのね、この方達は」
六歳で国を滅ぼす魔獣を狩ることに対してやんちゃで済ますなんて、私から見ればリフェルも大して変わらないです。
「あの子達を放っておいたら話が進みませんので力尽くでいきますね」
――祈る。
アーティさんの口から漏れたこの言葉、ギリムとリフェルの自由を奪った魔王から授かった理と力だと言っていた。魔法が発動したわけでもなく魔素が動いた様子もない。それでも三人の口は強制的に閉ざされ一切の言葉を発する事が出来なくなっていた。いつの間にかティアさんが起き上がっていてセネラさんに掴みかかっていたが、あれだけの事なのに鼻血だけで済むんだ。
「先ほど話した通り私、祈りの神シーディアの力となっている理は『心理』の術式です。このまま貴方たちの心を操り後で死にたくなるような辱めをしても良いのですが、どうしますか」
ギリムとリフェルが床石に沈んだ攻撃――そう思っていたのだけれど、アーティさんの話を聞くことで全く違うということが分かった。アーティさんが操る『心理』は相手の心を操る力で、二人は自分自身の力と意思で床石に押し付けられるような状態になっていたということだった。自分自身の力で抑えられているのだから、どう足掻いても対処しようがない。
とても恐ろしい力で最上位の神と呼ばれる事に納得できた。こんな力を持っているのがアーティさんで良かったともう。
三人はこれ以上暴れないと誓うように首を大きく縦に振り、ティアさんはセネラさんから離れる。
「もう喋れますよ」
アーティさんの一言で『心理』の理から開放されたのかしきりに口を気にしながらも声が出ることを確認していた。
「アーティ、その力ちょっとずるくないかしら」
「そうだよね。ずるいと思うんだよ」
「碌でもないな」
「貴方たち……まあ今は良いでしょう。それより今はこれからどうするかですね」
これから? 魔王から加護なんて貰えないと分かったから私には今すぐどうこうは決められそうにない。故郷へ戻れず、復讐も出来ず。
「その前にアーティ、【賢者】の力を借りてセレスの魔素を探った時なのだけど、ここより少し離れた所に変な感じがしたのよね。ゆっくり波が行っては返すような感じのものが」
「それとは知らず干渉したということか」
「おそらくそれは魔王の事ですわね。少々気になりますね、何も影響を与えていなければ良いのですが」
ギリムとリフェルが顔を強張らしながら誰ともなく呟く。でもこの広間には私達しかおらず他に雑音もないので私の耳にはっきりと聞こえてきた。
「シーディア、貴様も来い。魔王の様子を確認する」
「そうですわね。もし魔王が活性化していたら私達だけでは手に負えませんから」
二人の要請にアーティさんはすぐに答えず、眼をゆっくりと閉じて何かしら考えている様だった。
その様子を見ていたティアさんは思ってもいない事態に狼狽えるようにアーティさん達に視線をせわしなく移し、アズルさんとセネラさんは微動だにせず事の成り行きを見守っている。
私は脚の間に潜り込んだフーを抱きかかえて立ち上がりアーティさんを見つめた。アーティさんがどんな答えを出そうとも私は魔王に会いについて行こうと思う。復讐できる相手ではないとしても、全ての世界を作った『三柱の朱の神』その一柱の魔王を。
「どちらにしても魔王が活性化していれば世界のどこに居ても同じ事。私達が伝えた知識だけでなくこの機会に実感して頂きましょうか――魔王という存在を」
願ってもいない言葉に気分が高揚すると同時に、心が固く苦しく私の体を支配するように意に反して私の弱い感情が染み出してくるようだった。
魔王……仮の呼称は『継統樹』。
仮の呼称とは別に本当の名前である真名があるそうだけど、下手に継統樹を刺激しないように言葉にしてはいけないとアーティさんは教えてくれた。
知らなければ口にすることもない……あの時、私達には真名を教えてくれなかったけれど少しの間違いであんなのが動き出すことを考えれば知らないのが正解だと思う。
魔王領。魔王が支配する領土と思っていたけれど、実際は魔王がいつ活動しても直ぐさま察知して対処できる様に作られた魔王を閉じ込める檻が魔王領。だから高く巨大な壁で領土全てを多い、入り口すらなかったんだ。
私達の前に鎮座する、ううん、そびえる魔王は天空に向かってその威容を構えて大地を支配するように広く大きな『根』を蔓延らせている。
それは巨大な樹だった。ただただ見る物を圧倒する大樹。太陽の光に『幹』と『枝』、『果実』が煌めきながらその威容を美しいと思った。
朱いガラスで出来たような『幹』と『枝』に吸い込まれた陽光はまるで流れるように魔王の全身を彩り美しさを醸し出している。
ここからでは大きさは計り知る事は出来ないけれど、枝にぶら下がっている様に見えているけれどよく見ると空に浮いている『果実』は渦巻く銀の粒子が球状に象られ、枝から流れる朱い光を受け取って中心部はほんのりと朱に染まっていた。
これだけでも私達の目と思考と常識を奪いさっているのに、これらを上回る威容が私達の言葉すらも奪っていった。
羽根――羽根としか形容出来ない巨大な『葉』。『枝』のそこかしこにまるで葉っぱの様に揺らめいている巨大な白妙の羽根。『枝』と『幹』、『果実』を隠してしてまうかの様な羽根は魔王がもつ翼のようにも見え、これだけが唯一生命だと感じさせてくる。
「どこに居ても危険ではないと言い切れませんが、これ以上近づかないでください。神となって魔王の傀儡として命つきるまで魔素を回収するだけの道具になりたいのなら別ですけどね。私達と敵対するような事はしないで頂きたいものです」
もっともとアーティさんはこちらが本題とでも言うように私達が固唾をのむ時間の間をとり、少しだけ安心できる事を教えてくれた。
「私が『心理』の術式を借り受けている間は系統樹に直接触れる事がなければ絡め捕られることはないでしょう。それ以前では遠く離れていてもこの術式を利用して素質のある者を手繰りよせて傀儡としていましたので」
心を操る『心理』の術式でそれとは知らずに操り人形にされる。水の神も火の神も……。
「勝手に安心するな。貴様の『心理』がないとしても他にどんな理の術式を内包しているか分からないのだぞ」
「そうですわ。私の『存在』の術式でもやりようによっても同じ事が出来るのですよ。油断は出来ませんわ」
ギリムのあらゆる生、物を魔素へと回帰させる理、『破壊』の術式。
リフェルのあらゆる生、物を魔素から生成する理、『存在』の術式。
そしてアーティさんの『心理』。
これだけの強力な術式を全て内包していた継統樹にはあと、どれくらいのどのような理という名の術式が残されているのか。ここ数時間で頭が痛くなるほどの真実を詰め込まれて動きが鈍くなり始めている私の頭でも理解出来た。
「もう良いだろう。いつまでもここに居るのは私達としても避けたい。戻るぞ」
ギリムの一言で私達は来た道をとって返していく。
アズルさんもティアさんも、セネラさんも私も……全く声を発することができないでいた。
(……ルト)。
かすかに聞こえた悲しそうな声。声の主へと向き直ればアーティさんが寂しそうに、それでいてとても慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた――継統樹へ向けて。
私の腕の中で静かにしていたフーが小さくひと鳴きしたことで意識を取り戻した私は、後ろからアーティさんがついてくるのを感じながらその場を後にした。
その日は魔王領でお世話になったホテルで体を休めて次の日の朝、共通の広間から行き来できる周囲にならぶ六つの部屋から、相談するともなしに皆が同じ時間に中央の大テーブルに集まった。昨日、私達は五人なので問題なく寝ることができた。アズルさんは男の人だし、ティアさんとセネラさんは大丈夫とは思いつつもあの件があるので少し気後れしまっていた。部屋が人数分以上あり自然と別れて寝ることにって安心していたのだけれど、布団に潜り込んでうとうとし出したころゴソゴソとフーが潜り込んできた。
星獣エリティア……魔王の眷獣。
その力は本来戦闘向きではないけれど、理『神癒』の術式をフーは魔王から借り受けている。
『神癒』は魔素で構築された物体の修復を行うことが出来るというが、実際はとんでもない力だった。瀕死の私を助けた力はほんの一端で、生物どころか無機物などでさえその『神癒』の効果は及ぶとアーティさんは言った。
よく分からないけれど生物は体の中で常に小さな死と生を繰り返しているそうだ。もし、フーがその小さな死から助けてしまえば体が朽ちるのと逆の現象起き、だが結果として体を維持出来なくなり命が絶たれるという同様の結果になるとのことだった。
無機物についても単純な例え話でフーが岩を砕いて砕かれた破片を相手に投げつける、相手は例え避けたとしてもそこでフーが『神癒』を使えば今まで投げつけた破片が一つに戻ろうと相手めがけて一気に降り注ぐという事もやり方によっては出来るそうだ。
そんなフーが今ベッドの中で私と見つめ合っている。出会ったときから変わらない瞳には恐ろしさなどなく、暗闇の中でなお浮かび上がるように光を帯びていた。
私が何も言葉を発さなかった為に飽きたのか、次第に目を閉じ胸だと思う箇所が静かに上下していたのだった。
大テーブルでは昨日知った事実と真実を元に私達がこれからどうするか、どうにもしないのか、何が出来るか何をしないとなのか全く分からない中で、皆、沈黙以外の答えを出せていなかった。
広間から廊下へと続くドア、そのドアがすごい勢いで開かれたと思うと私達はとっさに立ち上がりながらも広間へと入り込んだ人物を確認した。
「継統樹が――姿を、消しました」
顔色は青を通り越して土気色に近くなり、息せき切って細切れになりながらもアーティさんがはっきりと私達に告げた。




