第12話 セレスが暴走しました2
ギリムのセリフを一部修正(2019/8/18)
話数の番号を整理しました。第0話→第1話に変更することに伴い修正(2019/9/23)
皆には本当に悪いことだと理解しているけれど、【隠者】の力を借り今私はここに居る。部屋を出てすぐに【隠者】の力で自身の姿を隠し、アズルさんを基点とした幻術を残して二人のあとをずっと付けてきた。
目の前では玉座というのだろうか、華美じゃないけど座る人の威厳を増すような大きな椅子があり、全身を鎧で包んだ魔王が座っている。
魔王の前ではギリムとリフェルが床に片膝をつき頭を垂れている。私を含めた三人は魔王より五段低い場所に位置取っていた。
二人は私の事を魔素枯れと言っていたけれど、問題なく力を使えている。それにカリンさんが教えてくれた話のなかで大きな嘘が一つあった。カリンさんの様子を見てればカリンさん自身は騙す気はなかったと思う。ということは意図的に真実を隠しているということだと思う。
何が正しいか分からないけど、ようやく巡ってきた機会を逃す気はない。故郷に帰って最後に弟のお墓へ行きたかったのけど、弟のカタキ! ミーヤの家族のカタキ! 魔王へ復讐するのは今しかない!
【隠者】よ力を貸して!
【隠者】で姿を隠したまま口の中で呪文を唱え、魔王の眼前まで一気に距離を詰めて鎧の胴体と左腕の付け根の隙間に右手の平を強く押し当て、呪文を解放する。
「螺旋の水針!」
鎧の隙間から張り込んだ水は魔王の中の魔素をかき乱しながら螺旋を描くように内部から破壊を巻き起こし、最後にはかき乱した魔素に指向性を持たせ水と一緒に一気に外へとはじけ飛ぶ。この時、まるで体中から赤い水で出来た針が飛び出すように見え相手は必ず絶命する。
そう、絶命するはずなのに、なのに魔王の魔素を感じることすら出来ず送り込んだ水は行き場を無くし鎧の脚の付け根から力なく抜けていった。
「なんで、なんでよ! なんアグァ!」
何? 何が起こったの。揺れる視界には遠く魔王が座る玉座が映り、その隣にはギリムが感情の見えない目で私を見据えている。
ああ、私は弾き飛ばされたんだ。痛みでまとも動かない体、眼の前に念願の復讐の相手。今しかないのに、今しかないの私は無力で何も出来ない。ごめんミーヤ失敗しちゃったよ。
浅ましくも右腕を魔王に向かってゆっくりと伸ばし、手のひらを向けて最後の足掻きをしようと思ったのにそれすらも潰されてしまった。
切られたのか私の右腕は肘から先から有るはずの物がなくなり、眼の前の床の上に転がっている。いつ切られたのかは分からないけれど、切れ目はとても綺麗な切断面をしており水の勇者ゼスでもここまでの技量は持ってなかったと思う。
最初から無理だったのかな、せっかく機会ができたのにな、悔しい。
(あれ?)
血、出てない。なんで? 眼の前の落とされた腕を見れば血が出ておらず、残った右腕からも血が流れていない。そんな事を不思議とのんびり考えていると、まるで砂で作られたお城が強い風に煽られて崩れていくように切り落とされた腕が崩れていき、まるで何もなかったように消えていった。
「付けられているのは気付いていたが、まさか貴様とはな。魔素枯れでほとんどの魔素が失われているからこそ私たちでも気付けなかったのか。ああ、魔素枯れの症状が出てしまったか。しかも魔素枯れを起こしてあれだけの魔法を使っておきながら、なお崩壊の速度が遅いとは」
「私はやはり魔王に会わせ、私達の同胞とするべきだと思うのですけどね」
「もし最上位の神とならず、魔王の傀儡となったらどうするきだ。私も貴様もシーディアも運が良かったから『幹』に触れる事ができ最上位の神の力で魔王の支配を逃れているのだろうが」
「もし最上位の神となる事ができなければ、その時は私達が引導を渡せば良いのではなくて?」
「無駄に苦しめることになるかもしれないなら、人として魔王の支配が及ばないように魔素枯れを起こさせた方がいいのではないか。魔王が活性化すれば遠からずその娘の異常性に目をつけられて絡め取られるぞ」
「はぁ……相変わらずお人好しの脳筋ですわね。私達の目的のほうが最優先でしょうに」
ギリムとリフェルの口論とも言える内容の意味はよく分からないけれど、やっぱり嘘だったんだ。
西の神々の戦争では魔素枯れを目的にしているって言っていたけど皆、魔素枯れを起こす前に命を落としてるんだから魔素枯れなんて私は今まで見たことがない。あるとすれば眼の前の自分の右腕だけだ。
なんか、知らないことばかりで知らないまま終わるのってこんなにも嫌なものだったんだ。
「すまんな。だが魔素枯れで方向性を失った魔素になれば今の魔王がおまえをどうこうは出来ない。全てが済んでまだ私が生きていたら魔素の海へ戻してやる」
ギリムが私へ向けを歩を進め始め、いまだ跪いていたリフェルは私へと振り向きながら立ち上がり見下ろしてきた。
体の痛みが薄くなっていくのと同時に体の感覚も淡く空気へ溶けていくようで、まるで今が現実じゃないような錯覚を覚える。
ギリムがゆっくり近づくうちに両脚の感覚は完全に消え失せ、四肢で残った左腕も同じ道をたどり始めたとき一瞬視界が暗くなった。手足だけでなく今度は眼が崩れていくかと思うと、感覚が薄くなりつつも背中を不快な寒気が恐ろしい速さで駆け抜けた。
「キュイ!」
ギリムの姿をさえぎる様に太く黒い脚、朱から紫へと美しく移り変わる羽根。いつも私のお尻についてきてティアさんが苦手なおそらくとても頭のいい子。
「フー?」
「キュイキュイ」
――なんで、どうしてここに。皆のところにいるはずじゃ。
「エリティアですか。ペットがいるとは聞いていましたがよりにもよってですわね。どうするのですかギリム、見たところ幼生みたいですので害はないと思いますが」
「また私に投げる気か。少しは自分で動いたらどうなんだ」
「私は魔王に会わせるのに賛成ですのよ。ならエリティアに危害を加える必要はないと思うのですけどね。あえてギリムの考えを否定する気もありませんが」
二人が私たちをどうするか言い合いをしているなか、残った左腕になんとか言うことを聞かせてフーの羽根をゆっくりと撫でた。今まで何度も抱きしめてとても艶のあるさわり心地に口には出した事はないけれど、魔王領へ行くと決めた私の荒んだ心が少し穏やかになった気がしていた。
でも今はいくら撫でても何も私にフーの感触は帰ってこない。
「フー、私はいいから逃げて」
「キュ、キューイ」
翼を何でもバタつかせフーが私の眼をのぞき込んでくる。
フーは何が言いたいの?
「ギリム、そのエリティアに手は出さないでください」
突然頭上から振ってきた声になんとか首を巡らすと、視界の端に全身白づくめの不気味な仮面が入り込んだ。
「そのエリティアは私の信徒ですよ。ほら、首からメダリオンをかけているでしょう」
「あらシーディア、お久しぶりですわね。最上位の神が揃うのなんて幾年ぶりかしら」
「そんなことはどうでもいい、エリティアが信徒とはどういう事だ。幼生といえどもあのエリティアだぞ、貴様は私たちを裏切るのか!」
ギリムに問い詰められているシーディア――最上位の祈りの神――は私の傍らに腰を下ろして頭を優しくなでてくる。
「ごめんなさい、魔素枯れを起こした人間を救う方法はこれしか思いつかなかったのです。魔王に対してセレス達が並々ならぬ感情を抱いていたのは気付いていましたが、私はそれを利用させていただきました」
私とフー、シーディアで三角形を作るような位置関係で向かい合う形になり、私だけでなくフーにも語りかけているような気がする。
「……アーティ」
フードを降ろし、仮面を徐々に外した先に見えた素顔はシーディアの神官として私達を助けてくれたアーティだった。
「はい。嘘ばかりで申し訳ないですが、私が最上位の祈りの神シーディア=アーティ=フロンセルです」
「皆はこの事を」
「ふふ、あの三人は私のことは知りませんよ。いづれ時期が来たら教える約束はしていましたけどね」
「シーディア答えろ!」
シーディアは……アーティはほんの少しのため息をこぼすと、ギリムに視線を向けて「邪魔になるなら今の内ですかね」と呟いたように聞こえた。
「祈る」
アーティの言葉を引き金に、ギリムとリフェルが突然床に叩きつけられるように沈み込んだ。ギリムを中心として網目状に床石が砕かれ、ギリムは半身が埋まるぐらいの深さで沈んでいる。リフェルもギリムほどではないけれど、砕かれた床石に少し沈み込んでいるようだった。
「ちょ、ちょっと」
「貴様本当に裏切りを」
膝についた埃を払いながら立ち上がったアーティは二人に何をするでもなく邪魔されたくないとだけ告げ私に――いや、フーに向き直った。
「さて、フロンセル。あなたは一体どうしたいのですか、何が目的でセレスに近づいたのですか。セレスが目的ならなぜ今まで手出しをしていないのですか」
何も鳴き声を発せずフーはただアーティを見つめていて、その瞳にはどんな想いが宿っているのか伺いしれない。
アーティも今まで見たことのない厳しい表情を浮かべ、フーを油断なく、警戒すら感じさせる瞳で見つめ返していた。
「セレス達を私は保護すると決めました、一時だったとしても信徒とすることにしました。ですから私は出来ることがあるうちはセレスを救うことをあきらめません。魔素枯れを起こしたセレスに魔素を多く含んだ四天の夜熊を食べるように仕向けましたが、それも一時しのぎでした。後は言わなくても分かっているでしょうがフロンセル、あなたに頼るしかありません」
フーは頭がいいと思うし私達の言葉も理解していると感じている。けれど、アーティの話では私を助けることが出来るような口ぶりで、とてもそんなことが出来るとは思えない。フーはこんなに小さく、湖に間違って飛び込んでしまう位にその……間が抜けてるんだから。
「フロンセルが何を考えているのかは分かりません。ですが、どうかセレスを助けて貰えないでしょうか。お願いしますフロンセル……いいえ、魔王の眷獣『星獣エリティア』」
「ふざけるな! 星獣だと! 貴様は魔王に与して世界をまた作り変える気か!」
「シーディア、あなた自分が何をしているか分かっているんですの!」
ギリムとリフェルが体を起こそうと恐ろしいほどの魔素を体に巡らせているのが分かる。最上位の神の力、以前水の神の力を直接見ることがあったけど比べるのも馬鹿らしいほど力の差が理解できた。
そんな馬鹿げた力をもつ二人をいまだ拘束し続けるアーティは二人を一瞥することすらなくフーから視線を外さまいとしている。
「最初はセレスを手駒の神とするために近づいたのかと思いましたが、あなたが本気になればすぐにでも可能なのに一向に動くことがありませんでした。貴方に授けた【不死】を目印にいつも見張っていてもあなたは何もしなければメダリオンを外しもしなかった」
まるで彫像のようになってしまったかの様に動かなかったフーがアーティから床石へと視線を外し小さくいつも通りに鳴いた後、何もわからないまでも本当にフーは特別なのだと思い知らされた。
「マオウ、コロス……マオウ、スクウ……マオウ、ナイテル」
アーティ、ギリム、リフェルの三人はフーが発した言葉を聞いた瞬間、時が止まったかの様に身じろぎ一つすることなく呼吸もしてないのかと思えるほどの状態になり、フーが言葉を喋ったことと合わせて私は二重に驚くことになった。
「フロンセル、あなたは魔王を裏切ると?」
「ウラギル、チガウ……マオウ、アキラメサセル……マオウ、シズカニネムル……マオウ、カイホウスル」
アーティの問いかけに答えたフーはこれ以上話すことはないという事なのかアーティに背中を向け、私の目の前まで歩いてきた。
「フー?」
「オン、カエス」
フーは翼を大きく広げ、美しくも畏れを感じさせる姿を私に見せてくる。空を飛んでいる姿を地上から見ることはあったけど、間近で見ることはこれが初めてで思っていたより大きく初めてフーの力強さを感じた。
ひと際フーが甲高い鳴き声を上げ続けると、私の目の前でフーの体がはじけ飛び辺り一面を血の海に変えた。
「え」
最も近くにいた私も多くの血を浴び、血の化粧をしたように血濡れとなってしまった。でも、そんなことより!
「フーなんで! フー、フー! フ……あ」
飛び散った肉片、辺り一面に広がり私に降り注ぎ、朱く染め上げた血。それらがまるで逆流するかの様に集まって渦を巻き、渦が安定した時にはそこに先ほどまでと何も変わらないフーが佇んでいた。
「有難うございます、フロンセル」
「こんなこと、あるんですのね」
「まさか星獣が」
一体みんな何を言って――と口に出そうとしたけれど、体中の意識が途切れそうなほどの痛みに声は崩れ去り、代わりにうめき声が口から漏れていった。
「セレスの体の崩壊だけでなく、失われた箇所も復元したのですか。重ねてお礼をいいますね」
アーティの言葉と私の四肢から感じる痛み。それが本当に私の体が治っているのだと信じることが出来る理由としては十分だった。
色々あって疲れた。今にでも眠りたいところだけど最後にしておきたいことがある。
フー、ありがとう。
声になったかは分からないけれど、私の意識が残っているうちに伝えたかった。
後のことはアーティに聞くとして、私が意識を手放すとき騒がしくも楽しい声が聞こえてきた。
「ここかセレス!」
「セレスちゃん」
「セレス」
――。
「「「アーティ?」」」




