叡智ノインシュタイン(15)
きっと、その石を部屋の壁に嵌めれば帰ることは出来るハズ。エリーは「やってみる」と、早速鉱石を窪みに嵌める。すると、三人の身体は入ってきた時と同じように魔力の波に引き込まれ、四角い壁に覆われた深き穴を落下した。
「きゃああっ! 」
「ま、またですかぁっ!? 」
「うおっ、やはりコレは! 」
アロイスはピンと来た。どうやら研究に長けた彼らが編み出した、空間転移魔法の一つだと思われる。
「空間転移の一つだ! まだまだ未完成のようだが、こんな三人の意識を保ったまま同じ場所で連れて行くことが出来る錬金技術、尋常じゃないぞ! エリー、お前の両親や一族は物凄い技術を持っていたんだ。君はその血を引いた素晴らしい魔族だぞ、自信を持て! 」
エリーは、うんっ! と大きく笑って答えた。
「……見ろ、出口だ!」
やがて、光が見えた。三人は手を繋ぎあい、光に包まれる。すると、三人は再び気づくと『どこぞ』の場所に立っていた。
「おや……」
「あれ、ココは入ってきた場所と違う気が」
「ここはって、庭園だよ? 」
それは、巨大な植物に囲まれた城の庭園の脇だった。どうやら、エリーの両親はどこまでも用意周到。いざ隠し部屋を見つけたエリーが脱出した際には、人の目から離れた場所に出るよう仕組んでいたらしい。
「やれやれ、凄いな。どこまでも抜け目がないというか」
植物を傷つけないよう避けながら、、庭園の中央に抜ける。日差しは強く、庭園の中心の時計は昼12時を指し、既にかなりの観光客で賑わっていた。
「この状況、あの食堂に戻ったら観光客だらけで大変なことになってたな。本当にエリーの両親の配慮で助かったよ……て、あのネックレスは? 」
エリーに訊くと、彼女はシャツの内側からネックレスと輝く鉱石を取り出して見せた。
「あるよ。外に出たら、戻ったみたい」
「お、良かった。それは胸の内側に隠しておくんだ。あまり見せびらかすもんじゃないしな」
「うん、分かった」
エリーは、言われた通りそれをシャツの内側に戻す。そして、アロイスとナナの手を握った。
「……もうちょっと、お城を見たいな。まだ秘密があるかもしれないし」
「ああ、もちろん良いとも」
「当然ですね。お城の中、ゆっくりと見て回ろうね、エリーちゃん」
三人は観光客に紛れ、再び城の探索を開始した。しかし、その後は目ぼしいモノは見つかることはなく、夕刻まで時間は過ぎるばかりだった。
その後、宿に戻ってからはルーム・サービスでやや豪華な食事を堪能すると、エリーとナナは二人で浴室に向かう。その間、アロイスは一人、赤き本に目を通しながらベッドに寝転んでいた。
(ふむ。ヴァンパイア族の秘密や、ノインシュタインが滅ぼされた内容は理解した。だけど、あの赤いネックレスについての記述がほとんど無い。最初のページに絵は描いてあるようだが、これが何を意味しているんだ。頭の良い一族だったから、きっとこの絵だけで理解できる仕様にはなってる気はするんだがなぁ)
人間の骸骨の全身図と、その隣に内臓の位置図から滴る血が、杯へと落ちる描写。更に、その脇に小さく赤き鉱石がある。
(骨と内臓の図には、それぞれの役割の記載ばかりで鉱石については記載されていない)
人の肉体から滴る血。それを、杯に流し込んでいる。
(杯とは呑むためのモノ。ヴァンパイアは人の血を啜り、そういう種族であることを主張しているに過ぎない絵だ。なら、その杯からこの赤き鉱石には、どんな意味に繋がるんだ)
他のページを読み進めても、答えは出ない。後半のページなどにも、血に塗れた戦いの記録が残されているばかりで、決定的な情報は書かれていない。何か重要な情報が記載されていると思っていた最後のページですら、錬金術の『基本』が記載されているだけだった。
(最後のページには、Rot ist allesとだけある。『赤は全て』という意味だろ。こりゃ錬金術の基礎だぞ。わざわざ書くべきことか? )
錬金術とは、魔法と道具を合成して生み出す技術や、魔法による生物学の研究を指す言葉で、その基本に関して『全てが赤』、という理念がある。錬金術の基礎では『黒、白、赤』の順序で物事が進むとされるためだ。
●黒化:ニグレド
死を表す。新たな技術を生むべき時、古き技術は死を迎えるため。しかし死は次の命を紡ぐ再生の始まりでもある。カラーイメージは闇や影など、恐怖を意味するもの。
●白化:アルベド
再生を表す。死を乗り越え、新たな技術を生み出した瞬間の再生の意味。また、再生とは美しきこと。カラーイメージは白鳥や白薔薇など、美しきもの。
●赤化:ルベド
昇華を表す。物事が完成して、新たな技術が完成した昇華の意味。但し、完成は黒の始まりでもある。カラーイメージは不死鳥や太陽など、完成されたもの。
だが、そんな黒白赤の手順については、恐らくナナですら学校で簡単に習うことだし、今更な情報だ。アロイスは、ため息を吐きながら、それらのイメージと最初のページを見比べる。
(何度見比べても分からん。俺みたいな中途半端な知識で錬金術を考えても、無駄なこったよなぁ)
もしや、赤石はエリーに自分たちの最期を伝えるべく、壁の隠し部屋に入るための鍵だけなのだろうか。……違う。あれほど頭が切れる一族が、それだけに遺すわけがない。
(あの石は、隠し部屋の鍵のためだけってのが信じられん。何か引っかかるんだよな。うーむ、でも本を見ても何も解読出来ないし、本の最後には赤が全てって言葉しかないし。でも、赤か。そういや、あの鉱石も赤色だよな……? )
何かが喉元まで出掛かった。
……ところが、その時。浴室から「エリーちゃん! 」とナナの叫び声が聴こえ、アロイスはベッドから飛び起き、浴室に走った。
「ナナ、どうした! 」
「アロイスさん、エリーちゃんがお風呂場で急に倒れて……! 」
「何だって!? 開けるぞ、良いか! 」
「……は、はいっ! 」
アロイスはガラリと浴室の引き戸を開く。そこには、床に、タオルを掛けられたエリーが顔を真っ赤にして倒れていた。ナナは小さなタオルでかろうじて身体隠しながら、赤面しつつ言った。
「体と髪の毛を流し終えたら、急に倒れたんです」
「風呂でのぼせたのか……? 」
そっと、浴室のバスタブに手を入れて温度を確かめてみるが、適温だった。
「特別熱いわけじゃない。頭を洗い終えてすぐ倒れたのか。喋ってる最中に? 」
「はい。フラフラとして急に倒れたんです」
アロイスは、彼女の首筋と肩に触れてみる。相変わらず冷えていて、どうやら熱にやられたわけじゃなさそうだ。
(どういうことだ。治療院に連れていきたいが、エリーの正体がバレると危害が及びかねない。ど、どうすればいい! )
とは言っても、背に腹は代えられない状況だ。治療学に特化しているわけでもない自分が、素人判断で少女を危険に晒すわけにはいかない。
「近くに治療院があったな。ナナ、すぐにエリーを連れて……」
アロイスがナナの方を見て言うと、今度は何故か、ナナは床に伏せていた。……いつの間にか、倒れていた。
「な、何!? どうして今度はお前が……おいナナ、しっかりしろ! 」
最早、身体が見えるとか見えないとか四の五の言ってる場合じゃない。とはいえ、倒れた相手を揺らしてはいけないため、耳元でナナに「どうした! おい! 」と、必死に訴えかける。
……と。
「むにゃ……アロイスさん……」
まさかの、寝言を言った。
「ね、寝てる……? 」
このタイミングで、ナナが眠りについていた。そんな呑気な性格をしていただろうか。
「ちょ、おい。どうしたナナ、お前、どうして眠って……てっ、はら……? 」
すると、自分にも異変を感じた。猛烈な眠気が、頭を呆けさせたのだ。
「な、なに……。眠い……だと……。ど、どうして……」




