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叡智ノインシュタイン(13)

 

「うん、確かに似てる! 」


 エリーが叫ぶ。石の形は、明らかに壁の窪みと同じものだった。


「まさか、この柱から造った石だったとか。エリー、この部屋は食堂になる前にどんな部屋だったか覚えてるか? 」

「うんっ。えっとね、お父さんとかお母さん、みんなが白衣を着て仕事してた場所だよ」


 白衣で仕事場、だって?

 アロイスは「何だと」と、壁とネックレスを見比べた。


(エリーの両親や親戚らが、ここで仕事をしていたのか。貴金属類でも弄ってたのかと思ったけど、錬金術のような類でもやってたのだろうか。もしかして豪族ノインシュタイン家が滅んだ理由は、錬金術に関する何かで事故があったとか……)


 様々な憶測が頭を駆け巡る。そこまで出かかっているような気がする、真実への扉。

 むむむ、とアロイスが考えている間、エリーは「そうだ♪ 」と言い、まさかの行動をした。


「これ、同じ形か入れてみればいいと思う」


 ネックレスの赤魔石部分を手に持って、バコンッ、と石だけを取り外したのだ。


「うおっ、それ取って良いのか! 」

「簡単に取れるようになってるみたいだったよ」

「い、いや……」


 自分が見たり触ったりしていた限り、そんな簡単に取れるような状態じゃなかったはず。もしかすると、エリーだけがそれを外せるのだと、したら。


(もし、そんな高度な技術を持っていたのだとしたら。あの赤い鉱石に眠る不思議な力と、この謎の窪み……まさか!? )


 アロイスはエリーに「窪みに嵌めるのは待て! 」と言ったが、時既に遅く。


「あっ、光った!? 」


 鉱石を嵌めた瞬間、その窪みのあった周辺が眩く輝いた。そして、近くに居た三人を囲うように、赤く燃え上がる魔力の波が、手足のように形を成して襲い掛かってきた。


「冗談だろ、この魔力の強さは! 」


 アロイスは慌ててナナとエリーを抱えて逃げようとしたが、強烈な魔力に手足を囚われた三人。必死に藻掻いたり、魔力の反射を試みるが、全ては意味を成さず。三人は、そのまま柱の内部に誘われてしまった。


「う、うおおおっ!? 」

「きゃああっ! 」

「何ですかこれええっ! 」


 柱の内部に引き込まれた三人は、地下に向かって真四角の穴を落下し始めた。アロイスはすかさず二人を抱き寄せ、壁の僅かな突起に引っかかろうとするが、壁に魔力が埋め込まれていて止まる事が出来ない。


「お前ら、目閉じてろ! 」

「は、はい! 」

「う、うんっ! 」


 こうして話をしている間にも、グングンと落下していく身体。もう簡単に引き返せない地点まで落ちている。だが、いくら手を集中させても、壁の魔力に阻まれ落下を止められない。


(くそったれがぁ!! 古代の城にある罠の一種か何かか!! )


 爪が剥がれるくらい思い切り壁を掴もうとしても、まるで意味がない。せめてこの二人だけは守らないと。全身全霊を込め、落下を阻止しようとする。

 ……ところが、その時だった。


(足元に光……!? あれは穴の出口か! )


 足元、遠くに見えた小さな光。どうやら出口が近く、グングン迫る眩い光。でも、安心することは出来ない。この先、災厄の魔獣の巣窟だったり、溶液の落とし穴だったら洒落にならない。とことん集中して活路を見出す。必ず、脱出の糸口を掴んでやる。


(足元に硬化魔法を集中するんだ! 二人に落下の影響がないよう思い切り抱きしめて! )


 カントリータウンに落下した際の経験が活きた。二人を抱きかかえ、足元から硬化魔法を施す。

 やがて迫った出口、アロイスは全身を集中して落下に備えた。


「……て、あらっ!? 」


 ところが、だ。

 光に包まれた瞬間、アロイスは二人を抱きかかえたまま、狭い部屋に立っていた。


「な、何……」


 さっきまで、深き穴の底へ確実に落下をしていた。今も全身に煽られた風を感じ覚えているし、幻覚なんかじゃない。なのに、出口が見え、その光に飛び込んだ瞬間、自分は狭い部屋に立っていた。これは、どういうことだ。


「……」


 ツバを飲んで、あたりを見回す。

 中央に巨大な四角い木造のテーブルがあって、周りには壊れかけた木造の椅子が4つ。傍には、これまた木造の本棚があって、そこに埃の被った本が1冊置いてある。また、小棚も在って、その上には、先ほどエリーが嵌めたはずの赤い鉱石と、その近くにまた同じような窪みがあった。


(ここはどこだ。罠らしい罠には見えない。ただ……)


 部屋は、そこだけで完結している不思議な空間だった。扉も無ければ、窓も無い。本当に狭い部屋に、木造のテーブルと椅子、棚が2つ在るだけ。全くもって形容し難い状況である。


「アロイスさん、まだ目を開けちゃ駄目ですか! 」

「お兄ちゃん、まだ! 」


 二人が叫ぶ。アロイスは「ああ……」と、彼女らを床に立たせ、目を開けさせた。


「え、あれ。ここ、何処ですか!? 」

「どこ、ここ……? 」

「……分からん」


 アロイスは落下中に自分が見たものを伝えた。遠くに見えた出口の光に飲まれた時、既に自分たちはココに立っていた、と。


「その穴の先が、ここに通じていたんでしょうか」

「それはないだろうと思う。天井を見てくれ」

「……あっ」


 そう、この部屋は『部屋だけで』完結している。扉、窓、そして天井に落下してきた穴も存在していなかった。


「じゃあどうやって私たちはここに……」

「全くもって理解ができん。この窪みに、鉱石を嵌めれば戻れるかもしれないが……」


 小棚に置いてある鉱石を手に取る。未だ、鉱石の内部は真っ赤に蠢いていた。


「エリー。この部屋に見覚えはないか」

「ううん、ない……」

「ないか。一体、あの柱とこの部屋に何の関係があるってんだ」


 何か情報はないかと、近くの本棚に並べてあった分厚い本を一冊ばかり手に取ってみる。随分と埃っぽく、舞い上がる埃を払いながら、表紙を見てみた。


「……何だ、この文字は」


 そこには何かが書いてあったが、見覚えのない文字が羅列していた。エリーとナナも覗いてみると、エリーは「途中までは読めるよ」と言った。


「なぬ? これを読めるのか」

「うんとね、Beschäft まで。多分だけど、仕事……って意味だよ」

「仕事か……」


 書かれていた文言は、

 『Beschäft Däglicher Rericht』

 その頭部分が仕事だというなら、もしかするとノインシュタイン家の業務に関する何かが書いてあるのかもしれない。


(Beschäftって文字は不自然だ。古代語の類なら俺も読めなくはないが、この赤い本に記載されているのは、ほとんどが古代語に近いようで何処かが違う不思議な文字だ。……ん、だけど、待てよ)


 この本が書かれたのは、おおよそ500年前のはず。もしそうなら、その時代では、古代語と現代語の成長半ばであったとしたのなら。また、ノインシュタイン家が錬金術などの研究者たちの一族だと仮定し、彼らしか分からない暗号、造語で情報を残している可能性もある。


「アロイスさん? 」

「……ちょっと静かに。思い浮かびそうだ」


 唇に人差し指をあて、しぃっ……と促す。ナナは「はいっ」と、エリーも自ら片手で口を抑え、狭い部屋は静寂に満ちた。


(ほぼ古代語のようで、現代の言語に類似している。決して遠過ぎず離れていない。頭文字のB、これは大文字であるなら比較的、現代に近い羅列。考えろ……)


 古代語の文字を並び替え、現在の言語のうち、何パターンかを頭で入れ替えてみた。アレも駄目、コレも駄目。頭の中で、今まで培った多くの冒険者としての知識、経験を働かせ、あらゆるパターンを試し続けた。そして、閃きは突然にやってくる。


(……あっ! )


 ついに、答えに辿り着いた。


「分かったぞ、これは頭文字の大文字部分だけが現在のセントラルベースに置き換えているんだ。Beschäft Däglicher Rerichtは、セントラルベースに変換すると、Business Daily Report 。ビジネスダイアリーレポート……つまり業務に関する日報だろっ! 」


 答えを導き出したアロイスに、ナナとエリーは思わず「おーーっ! 」と拍手した。


「わかれば簡単なもんだな。古代語とセントラルベースの言語を理解してないと読み難いが……、まぁとりあえず読んでみようか」


 とりあえず、赤く分厚い本を1ページ捲る。

 文字を読みきれないナナとエリーのために、アロイスは言葉に発してそれを読んだ。


「業務日誌の作成者は、ヴラード・ヴァン・ノインシュタインとあるな」

「……お父さんだ! 」

「なぬ、親父さんの業務日誌なのか」


 これは面白くなってきたと少しばかり思ってしまった。だが、そんな気を持って早速読み上げていくアロイスに、衝撃の事実が訪れるのは数秒後のことだった。


「えーと何々。前置き、この日誌は、我々ノインシュタイン家に帰属するものである。年号……MC1,080年6.1……て、1080年の6月だと!? 」


 年号1,080年。それは、ノインシュタインが滅んだとされる500年前を上回る、とてつもない過去を差す記録だった。



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