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叡智ノインシュタイン(12)

 【2080年8月1日。】

 そして、それから次の日からのこと……。

 出来る限りエリーの希望に沿って、三人は町の様々な箇所の探索に勤しんだ。


 500年という長き時間に変化した町は、エリーにとって全てが斬新かつ驚きに満ちていて、喜ぶこと、悲しむこと、あらゆる感情が交差した。だが、それでも心の前面に出てくるのは『楽しさ』も多く、それはアロイスとナナの存在が心を癒やしていたからだ。


(お兄ちゃんとお姉ちゃんが笑うと、何だか私も嬉しい。私が笑うと、二人も笑ってくれる! )


 絶望しかけた少女にとって、少しでも幸せたる時間が過ぎていく日々。

 しかし、不穏に空気が淀み始めるのは、そう遅くはなかった。


 8月10日。出発してから9日、ノインシュタイン滞在8日目のこと。

 早朝、三人は今日も町の探索に向かうため、ロビーに在る地図を見ながら、あそこに行こう、ここに行こうと会話を交わしていた時だった。

 ロビーの休憩用の席に座る冒険者らしき二人組の会話が耳に入ってきた。


(む……この話は)


 ナナとエリーは気にも留めていない様子だったが、アロイスは何処かで聞き覚えのある話に耳を傾けた。


「お前はどうすんの。俺らは仲間と合流して、西の森の探索に向かうぜ」

「俺も行きたいけどさ、相手って正体不明なんだろ? 」

「らしいな。真っ黒な姿の巨大な鳥みたいなバケモンだとさ」

「人を襲うんだろ……。あまり相手にしたくねぇんだよなぁ」

「でも、出会っても気を失うだけって話だぜ。大怪我した奴はいないみたいだし」


 この話、確実にどこかで聞いている。

 黒い鳥に、正体不明。冒険者たちを襲うが、出会っても気絶程度で済む、化物。


(思い出した。ブランが言ってた話とそっくりなんだ)


 出発する直前、ブランと会った際、彼らと全く同じことを言っていたことを思い出す。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「何でも西側の森に冒険者を襲う魔獣が現れたらしくて。黒色の大型鳥型魔獣らしいですよ」

「なぬ。知らんかったぞ。その辺の情報は疎くなってるからなぁ。ブランもそのハンター業に参加するってわけか」


 はい、とブランは自ら胸を叩いて自信満々に言った。


「これでもアロイスさんの酒場に通う一流冒険者……。を、目指す新人冒険者ですから。しっかり依頼をこなします」

「鳥型って意外と危険なんだぞ。気をつけろよ」


 アロイスが渋い顔をしていうと、ブランは新人冒険者らしく、多少油断を見せて答えた。


「いやいや、でも謎の魔獣は優しい? らしくて。もう何名も襲われたらしいんですけど、姿をまともに見る前に気絶させられたくらいで、大きな怪我はしてないとか。正体を突き止めるだけでも報奨金が出るらしいので、最悪、正体を見破る程度に抑えますし」

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 それは、大体の内容が共通する。つまり、彼らの話す黒の鳥と、カントリータウンに出る黒の鳥は似ている存在か、同じ固体の可能性がある。


(だがカントリータウンから何km離れてると思ってる。世界各地で新たな種族が同時に生まれたってのか? それとも、カントリータウンからわざわざノインシュタインまで移動してきたのか……)


 少しばかり冒険者の血が騒いで、思わず考え込む。すると、その肩をナナがぐらぐら、と揺らした。


「アロイスさん、聞いてましたか? 」

「……えっ」

「どこに行くかって話ですよ! 」

「え、あ……」


 しまった。謎の鳥の話に夢中になって、エリーたちの話を何も聞いていなかった。


「その反応、ぼーっとしてましたね! 」

「す、すまん。で、ど……どこにいくって? 」


 エリーはアロイスに、ぶすーっと頬を膨らませ、

「……お城」

 と、一言だけ言うと、そっぽを向いた。


「ああっ、ゴメンよエリー。悪かった、ちょっと色々考え込んでしまったんだ」


 慌てて謝ると、エリーはすぐに此方を向き、今度は満面の笑み、光る八重歯を見せて言った。


「えへへ、うそっ。怒ってないよ」

「な、なにっ。俺に冗談を言うとは! 」


 アロイスはエリーの髪の毛をワシャワシャと弄った。


「きゃー、ボサボサになるー! 」

「俺みたくボサボサにしてやろうか! 」

「あはははっ、いやーっ! 」


 この数日で、随分と心を許してくれたものだ。出会った時は、明らかな敵意かつ荒んだ心が見ている側も痛々しかったのに。元々可憐な少女が笑えば、こんなにも、より美しく可愛らしい。


「ははっ、んじゃお城にいくか。そういや、落ち着いて城を見てなかったもんな」

「うん。だから行きたかったの! 」

「では参りましょうか、アロイスさん、エリーちゃん」


 三人はまた、仲良く手を繋ぎ、ノインシュタイン城に足を向けた。

 ところが、その選択は、エリーにとって幸にも不幸にもなる結果を齎すのは、城に着いてから直ぐのことだった。


 城に入った三人。ゆっくり見れなかった左側の豪華な廊下から始まる、一般の見学ルートを歩き始めた。時折、エリーが「ここは昔違う部屋だった」など、研究者なら鼻血が出そうなくらい貴重な情報を聴きながら歩いていた時のこと。その当時と比べた城の状況について、エリーが思わず「あれっ」と声を漏らし、足を止めた場所があった。


「どうした? 」


 アロイスが尋ねる。


「ここ、全然違う部屋になってる。昔はご飯を食べる所じゃなかったよ」


 エリーが気になって部屋の中に入れば、そこはとても広い食堂だった。金細工されたフォーク型のロウソクが並べられた巨大なテーブルが4つほど連なり、天井から黄金のシャンデリアが垂れ下がる。言わずもがな部屋の隅や壁に掛けられた絵画など、美術品が光り輝き、贅を尽くした食堂だった。別に変な箇所は無いように思えるが、エリーは首を傾げて食堂をキョロキョロ見渡す。


「何か変なところでもあるのか? 」

「うん。他の部屋は昔と今の広さは一緒だったのに、ここだけ凄く広くなってるみたい」

「広くなってる? 」

「昔はこの部屋の大きさの半分もなかったの。なんか、お父さんたちの仕事場みたいな感じで」


 長い年月の間に、増改築でも施したのだろう。アロイスとナナは「へぇー」と頷くばかりで別段気にするような事ではない、と思った。ところがエリーは、「ここ見て! 」と、二人を壁際に呼んだ。


「どうした」

「ここ、ここだけ昔のまま! 」

「……この壁がか? 」


 エリーが指差した壁は、よく見るとそれは天井まで伸びる巨大で真っ白な柱だった。


「他の場所は全然違うのに、ここだけ昔と一緒だよ」

「これは大黒柱みたいなもんじゃないか。だから、昔のまま残してあるんじゃないか? 」

「あ、そうなんだ」


 アロイスは壁のような柱を見上げながら言う。しかし、ここで不思議な点に気づいた。


「……待て、ちょっとやっぱりおかしいな。この柱だけ、他の金塗りされた柱と違って妙に古いな。これだけ昔のまま残しておくなんて有り得るか……? 」


 他の柱と見比べて言うと、ナナが、アロイスさん! と名前を呼び、食堂のテーブルに乗っていたプレートを持ってきた。


「これ見て下さい。この柱、魔石柱らしいですよ」


 プレートには、食堂に関する歴史の情報が記載されていて、そのうち、この柱について簡単だが説明が書かれていた。


 この一本柱は、魔力を失った魔石で造られている。硬度が非常に高いため、その昔、城の管理者らが食堂の増改時に撤去を試みたが、傷を僅かに与えたばかりで動かす事が出来なかった。そう、ノインシュタイン城の管理簿に記載が残されている、と。


「なるほど。だからこの柱だけは昔のままなんだな」

「みたいですね。でも魔石柱ってことは、魔力を入れたら輝いたりするんですかね」

「ここまでデカイ魔石だと、魔力を注入しても維持出来ないんじゃないか」

「そうですかぁ……。これが輝いたら素敵だなーって思ったんですけど」

「うむ、そうなったら綺麗だろうな」


 小型の魔石なら、魔力を注入を施すことで何度か繰り返し様々な動力に使えることは出来る。しかし、ここまで巨大だと魔力が維持される前に大気中に抜けていってしまうのだ。

 すると、周りを観察していたエリーが、柱の陰に何かを発見したようで、アロイスに言った。


「お兄ちゃん、ここに何か穴があるよ」

「穴? どれどれ」


 恐らく増改時に破壊を試みた傷跡か何かだろうと思ったが、実際に見てると、どうやら違った。それは穴というより、窪みのようなもの。小さな、何かを嵌め込むような窪みだった。


「何か嵌ってた跡っぽいな。ふむ、これほど硬い石を窪ませる技術が500年前にあったのか。てか、この窪み、どこかで見たような形……」


 ふと、エリーを見つめると、彼女の胸元で光るネックレスが目に留まる。そして、思わず壁の窪みとネックレスの視界を何度も往復した。


「む、むむっ……おい、まさか! 」

「お兄ちゃん、どうしたの? 」

「そのネックレスの石、まさかこの柱に合うんじゃないのか! 」

「えっ」


 エリーは垂れ下げたネックレスを持ち上げ、壁の窪みと見比べた。


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