表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/358

叡智ノインシュタイン(8)

「それでは、行って来ますね」

「お婆ちゃん、行ってくるね」

「い、行ってきます。おばーちゃん、ありがとう……」


 出発を向かえ、祖母は玄関に立って、出かける三人に「気をつけるんだよ~」と手を振り、見送った。

 アロイスは一礼して、ナナ、エリーと共にカントリータウンの馬車乗り場へと向かう……と。朝早く、町中にあるカフェでコーヒーを嗜むブランの姿があって、此方に気づいた彼は「アロイスさーん! 」と元気良く名を呼んだ。


「アロイスさん、朝早いですね! 」

「お、ブランじゃないか。どうした、朝早くからこっちに用事か? 」


 アロイスたちは、カフェに腰を下ろすブランに近寄る。

 

「はい。ていうか、ナナさんも一緒なんですね。ていうか、その子は……」


 見知らぬ少女の存在に、ブランが顔を覗く。エリーはピクンと反応して、アロイスの背後に隠れた。

 

「あ、あー……ナナの親戚の子だ。ちょっとばかしノインシュタインから預かっててな」

「えっ、ノインシュタインから遊びに来てたんですか」

「まぁな。今日から2週間くらい留守にするぞ。この子をノインシュタインに連れてかなくちゃいけないんだ」

「え、本当ッスか。てことは、酒場は休みなんですよね」

「そうなるな。すまんけど常連を見かけたら、一応声を掛けといてくれ」

「分かりました。でも残念だな。今日から暫く毎日酒場に行けるはずだったから……」


 ブランはガクリと項垂れ、ため息を吐いた。


「毎日って、ブランの家は隣町のスモールタウンだろ。こっちに用事でもあったのか」

「はい。昨日にカントリータウンで、周辺の町を対象にしてハンター業の依頼発令されたんですよ」

「と、いうと? 」

「何でも西側の森に冒険者を襲う魔獣が現れたらしくて。黒色の大型鳥型魔獣らしいですよ」

「なぬ。知らんかったぞ。その辺の情報は疎くなってるからなぁ。ブランもそのハンター業に参加するってわけか」


 はい、とブランは自ら胸を叩いて自信満々に言った。


「これでもアロイスさんの酒場に通う一流冒険者……。を、目指す新人冒険者ですから。しっかり依頼をこなします」

「鳥型って意外と危険なんだぞ。気をつけろよ」


 アロイスが渋い顔をしていうと、ブランは新人冒険者らしく、多少油断を見せて答えた。


「いやいや、でも謎の魔獣は優しい? らしくて。もう何名も襲われたらしいんですけど、姿をまともに見る前に気絶させられたくらいで、大きな怪我はしてないとか。正体を突き止めるだけでも報奨金が出るらしいので、最悪、正体を見破る程度に抑えますし」


 余裕綽々に話すブランだが、話を聞く限り今の彼では危うい気がする。自分も時間があるなら周辺住民に危害が及びそうな相手だし、討伐参加しても良いのだが。

 

(町の発令した依頼は、報奨金も高く出る。ダンジョン目的の冒険者を始めとして、熟練者たちが出てくるだろうし心配はないだろ)


 今は、背中に隠れたエリーをノインシュタインに連れて行くほうが先決だ。

 アロイスは「じゃ、頑張れよ」とだけ伝え、改めて馬車乗り場に向かうべく、振り返る……と。


 どんっ。


 アロイスの肩と、誰かの肩がぶつかった。


「あっ、すみません」


 すぐにアロイスが謝罪すると、相手の男性はニコリと微笑んだ。その後ろには、麦わら帽子から靡く白く長い髪が美しい女性が二人立っていて、彼女たちもペコリ、と頭を下げた。


「本当に申し訳ありません。それでは……」


 アロイスは彼らに会釈して、改めて空港に足を向けた。ぶつかった男性たちはその背中を見ながら微笑み続けていた。 すると、その様子に気づいたブランが、女性を見て何故か悲しげな表情を浮かべる。


(凄く綺麗な女性だなぁ。白くて銀色の髪の毛がサラサラしてて……。男の人も若いみたいだけど、どんな関係なんだろ。良いな良いな、俺も彼女欲しいや……)


 いつか、ナナや、リリム、ネイルなんていう美しく可愛い女性を彼女にしたい。イチャイチャしたい。そんなことを考えてボーっと眺めていたのだった。


 その後、アロイスたちがスモールタウンに着いたのが11時30分。そのまま町の空港に向かい、空き席のチケットを購入すると、午後12時には出発する便に乗船することが出来た。


  ……しかし。

 やっと出発出来るというのに、直前になって、席に着いたエリーが震えていることに気がついた。


「どうしたんだエリー」


 アロイスが心配して話をかける。ナナも、不安がるエリーを見て心配そうな表情を浮かべている。エリーは震えたまま、泣きそうな声で言った。


「あ、あのね。信じられないって思ってたけど、やっぱりそうなんだって思って……」

「そうなんだと、思った? 」

「飛行船ね……。私、こんなすごいの乗ったことなかった……」

「こんな凄いのって、どういう意味だい」

「私の知ってる飛行船は、もっと小さくて、狭かった……」

「……! 」


 エリーの生きていた時代には、魔法道具技術(錬金術)はまだまだ未熟な時代だった。魔法動力の飛行船は巨大な装置を必要としていたために、乗船数は少なかったろうし、秩序も劣っていた面もあって、今よりも雑然としていたのだ。


「アロイスさんの言うことが信じられなかったけど、色々知ってくうちに、すごい長い時間が流れてたんだって分かってきたの。だから、お母さんも、お父さんも……みんなも……」


 もう、この世界にはいないんだ。アロイスの放った台詞が、ジワリ、ジワリと。その胸に突き刺さり始めていた。


「エリー、すまない。本当は言い方を変えるべきだったかもしれない」


 アロイスはそっとエリーの手に、自分の手のひらを重ねた。少女の手のひらは、抱きかかえた日と変わらず

とても冷たかった。

 エリーは掛けられた言葉に、下唇を噛みながら返事した。


「……嘘をつかれるよりずっと良い。で、でも……ッ」


 赤い瞳を潤ませて、ツツッと、一筋の涙を流して言った。


「怖い……。辛い……。信じられない……。どうして良いのか、分からないよぉ……」


 エリーにとって、眠りについてから目を覚ました日まで、きっと一瞬にしか感じていなかったに違いない。


 それは普通に生活していた子供がベッドで眠りについて明けた日、家族の誰もが居なくなっていたような。当たり前が気づいた時には崩れていたような。その気持ちは、想像を遥かに越えるくらい辛いものだろう。


「見るのを止めたいか。エリーの望みに俺は従うぞ」


 アロイスが言うと、エリーは泣きながらそれを拒否した。


「ううん……見る。全部、自分の目で確かめたいから……」

「そうか。なら、俺は何も言わないよ。このまま出発しよう」

「うんっ……」


 アロイスはエリーの右手を、ナナは左手を握った。小さく震え続ける少女の手。

 この冷たく凍りつくような少女の気持ちは、いつか暖かく溶けるのだろうか。


 そうこうするうち、船内アナウンスが流れる。

「……間もなく、離陸致します。ご注意ください」


 その声を聞いて、エリーに一層の緊張が走った。

 アロイスはエリーを落ち着かせる意味も込め、彼女の手を握り締めたまま言った。


「エリー、ナナ。行くぞ、ノインシュタインへ」

「うんっ……」

「はい! 」


 飛行船が、ゴンゴンと動力を鳴らす。

 ズズン……ズズン……。

 席に振動が伝われば、飛行船はゆっくりと、晴天の空に高々と羽ばたき始める。


 さぁ……出発の時間だ。

 ついに、三人を乗せた飛行船はノインシュタインへと旅立つのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ