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8.王族の金属器

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ……それから二人の帰宅後。

 片付けに向かったはずの二人が酒瓶を持って帰ってきたことに、祖母は「どうしたんだい」と尋ねた。

 二人は廃屋で見つけた地下室の酒蔵のことを話すと、祖母もナナのように涙ぐみ、

「馬鹿息子が、娘を泣かせてばっかいるんじゃないよ」

 と言って、どこかへと姿を消してしまったのだった。


「あらら、お婆ちゃんがどっかに行ってしまった……」

「私たちに泣き顔を見せたく無かったんだと思います」

「折角だから一緒に酒飲もうと思ったんだけどな。婆ちゃん戻るまで待とうか」


 そう言いながら、アロイスは食卓の椅子に腰を下ろす。


「いえ、あの様子だと暫く戻ってこないというか……私たちだけで先に飲んでいても大丈夫です」

「そうかい。なら栓を開けちゃうけど良いのかな。あと、グラスなんかあるかね」

「あ、ちょっと待ってて下さい」


 ナナは慌ててキッチンに向かうと、ガタガタと棚を探る音のあと、居間に戻ってきて3つのU字型のグラスをテーブルに並べた。


「このグラスで大丈夫ですかね。1つはお婆ちゃんが戻ったら一緒に飲ませようと思います」

「ん、もちろん上等だ。んじゃ栓を開けるぞ」


 アロイスが持ってきた酒瓶のうち1本を開けようと力を込めるが、その時。

 ナナは突然「あっ、待ってください!」と声を上げた。


「……どうした。止めるか」

「違うんです。もしかしたら、お酒を飲む道具で使えるのがあるかもしれないです」

「どういうことかな」

「昔、お父さんがお酒を飲む時によく使っていた道具があるんです。持ってきてみますね」


 ドタドタと、ナナは再びキッチンに向かい、また棚を開ける音を響かせたあと、少し大きめの木箱を重そうにして運んできた。


「これはお父さんがお酒を飲む時に色々使ってた道具みたいです。私は使い方も分からなかったので使った事もないんですけど、一応たまに洗浄はしてました。これ、お酒の道具っぽいんですけど使い方分かりますか?」


 床に置くと、ドン、と随分な重量音を出した木箱。

 アロイスは「見てみよう」と、それを調べてみる。

 木箱のサイズは縦横40cm〜50cmほど。いわゆるロックボックスの類で、金属のパッチン錠が付いている。また、箱の横には烙印が押してあるようだった。


(おや、この烙印は……。いや。まさか、この印はフェイクだろう)


 アロイスは木箱の何かに気づくが、そんな事は有り得ないだろうと、とりあえずパッチン錠を開くことを優先する。

 すると中には、銀細工で造られたカクテル用のシェーカーを始めとして、バー・スプーンやサイフォン、スクイーザー、ウォータージョッキ、クーラーにナイフなど、酒に精通する道具が丁寧に仕舞われていた。


「……おっほ、凄いな」


 それを見た瞬間、アロイスは思わず声を漏らした。


「え、やっぱり凄いんですか。キラキラしてて綺麗だなとは思ってました」

「地下の保存庫然り、普通の酒好きが準備出来る範疇を越えてるよ。そのまま店でも開くつもりだったのかってレベルだ」

「そ、そんなにですか?」

「普通に考えて趣味の領域じゃない。この道具も全て、本物の銀のようだしな」


 シェーカーを手に取って、手のひらでくるくると回してみる。それは、紛れもない本物の銀。

 ナナの父親とは、そこまで酒に金を掛けるくらいに酒好きだったのだろうか。


「……おや」


 と、シェーカーを回していた時。その底を見たアロイスは、突然目を大きく見開く。更に、驚きに満ちて声を荒げて言った。


「こ、これは……エルフの王族銘入れ品じゃないかッ!!?」


 突然の大声に、ナナは「きゃあっ!?」と体を震わせる。


「あっ、すまん……!」

「び、びっくりしましたぁ…。どうしたんですか?」

「いや、あの……木箱の横にあった烙印を見てまさかとは思ったんだが、こりゃ本物だったんだよ!」


 驚きから、興奮した表情に変わったアロイスは熱意を持って語り始める。


「本物っていうのは、本物の純銀が使われてるってことですか?」

「違う!いや純銀は本物だ。それより、このシェーカーの裏に銘入れされていた、コレが凄いんだ!」


 アロイスが指差した場所。

 そこには『Obellon Ⅱ』と、小さく文字が刻まれていた。


「オベロン二世……って書いてありますね」

「そうだ。オベロン二世ってのは、エルフ族の永遠の王として崇められる王ってのは知ってるかな」

「はい、学校で習いましたからそれは知ってますけど……この道具と関係あるんですか?」


 ナナの質問に、アロイスは「大いにあるぞ」と興奮した様子で言う。


「オベロン二世の名が刻まれる金属器は、エルフ王族の専属鍛冶師の手によって造られる特級品なんだ。魔力を宿して欠ける事の無い永遠の魔法銀。それを用いて造られる道具は、まさに歴史的な美術品といって差し支えないくらいで……」


 熱く熱く語るアロイスだが、ナナはあまりその意味を理解出来ず、とにかく凄いもの何だな、とだけ認識する。

 

「よ、よく分かりませんが凄いものなんですよね」


 ナナは、学生の頃に学んだ歴史の授業で、オベロン二世とは大昔の古代戦争時代において、人間と魔族の平和の道を作った立派な王であると言うことくらいしか知識はないわけだ。

 だが、元冒険者として古代現代問わず『宝』への探究心があるアロイスにとっては、この道具は相当な代物だったようで、拳を強く握り締め話を続けた。


「凄いっていう一言じゃ片付けられない物なんだぞ、これは。オベロン二世の名を彫れる王専属の鍛冶烙印の道具は、スプーン1つですら一般に流出したら、金持ち達のオークションに流されるほどなんだよ」


 なるほど、何だか少し分かった気がする。

 ナナは「凄い気がしてきました」と、アロイスに合わせて拳を握りしめて言った。


「ああ、そうさ。本当に凄いんだ。……だけど、どうしてこんな希少な品ばかりが有るんだろうな」


 こんなお宝の多くが、どうして田舎町の一軒家に眠っているのか。

 アロイスは別に、『それ』を聞き出そうとして言った訳じゃない。ただ、その問いを聞いたナナは、アロイスの言葉に反応してしまった。


「……アロイスさん」

「なんだ?」

「お父さんとお母さんは『冒険者』だったんです。ですから……」


 ナナは寂しそうに言った。

 アロイスは、ハッとして、「すまない!」と即座に謝った。


「違うんだ、別に君の父親について聞こうとしたわけじゃないんだ」

「いえ、大丈夫です。それに、アロイスさんがお酒や道具の事を知っていてくれて、お父さんやお母さんの知らなかった事が見えてきそうで逆に嬉しいんです」


 ナナは、気丈に振る舞ってくれた。これ以上、話を蒸し返しても意味はない。

 アロイスは一言「有難う」と答えた。

 彼女にはまた辛い思い出を蘇らせてしまったかもしれない。だけど、これで合点が行くこともあった。


「……ナナの両親は、凄い冒険者だったんだな」

「え?」

「エルフ王族に認められる働きをしたんだろう。皆に愛される冒険者だったに違いないと思うぞ」

「……っ」


 彼女の両親の姿は無くとも、冒険者であったが故に見えた事を優しい表情で伝えるアロイス。

 ナナは「ずるいですよ、そんなこと言うなんて」と、涙ぐみながらも笑顔を見せた。


「あっ…、またこんな事を言っちまった。ゴメンよ」

「いえ、良いんです。何かお父さんとお母さんが愛されたって言われて、凄く嬉しくて」


 ナナは袖で涙を拭き、微笑んだ。

 そして、一段落ついたところでナナは言った。

 

「えへへ、つい泣いちゃいましたけど何も気にしないで下さいね。……それより、相当な大事な品だと分かりましたが、ところでこのお酒の道具は使えそうでしょうか」


 アロイスの持っていた銀のシェーカーを突きながら言う。

 対してアロイスは勿論だ、と頷いた。


「勿論、それは使えるさ。だけどさ、まずは道具を使わずに『ストレート』で飲んでみると良い」


 アロイスはシェーカーを木箱に戻し、パチンと錠を締める。


「ストレートですか?」

「何も手を加えず、そのままの状態で飲むお酒ってことだよ」


 お酒には幾つかの飲み方がある。

 ウィスキーやウォッカなどのアルコール度数が強めの酒の場合、普通は水割りやロックといった度数を弱める飲み方が主流であるが、グラスに注いだ酒を何の手も加えずに飲む事を『ストレート』というのだ。


「じゃ、とりあえず飲んでみますかね」

「はいっ!」


 アロイスは適当に持ってきた酒のうち、彼女が最初に出会ったイチゴのラベル瓶の栓を解く。

 すると早速、瓶詰めされていたイチゴの甘い香りがいっぱいに広がった。


「あっ、なんか甘い香りがする……」


 ナナは恍惚した表情を見せるが、アロイスは反比例し冷静な顔つきだった。


(うん、香りは良いな。保存状態が良かったとはいえ、フルーツリキュールだから傷んでないか少し心配だったが、これなら飲めそうだ)


 アロイスは、グラスにゆっくりと、僅かばかりリキュールを注ぐ。

 本当はナナに先に飲ませてやりたい所だったが、廃化した建物の地下に手付かずで眠っていた酒だった事もあって、

「ちょっと先に味だけ確かめていいかな」

 と、尋ねると、ナナが「はい」と頷いたのを確認したところで、それを一気に喉へと流し込んだ。


「……うん、なるほど」


 そう言ってアロイスはグラスを置く。

 ナナは空になったグラスと、アロイスの顔を見て、訊いてみる。


「お、美味しいですか?」

「うん、普通に美味しいよ。ちょっと心配だってけど傷んでもないし大丈夫だろう」

「良かったです!」

「だけど、ちょっとアルコールが強いな。酒を飲みなれてない人にはちょっとキツイって感じだ」

「……え?」


 ナナは、酒瓶を手に取ってラベルを見てみる。小さく片隅に『ALC20%』と記載されていた。


「20%って結構強いですよね」

「それなりに強いな。とりあえずストレートで飲んでみると良い。まずはこれだけ、ほんの少しだけ」


 自分に注いだよりも遥かに少なく、ナナのグラスには手のひらに溢れない程度だけ注ぐ。最早、注ぐというより数滴垂らすといった具合だが、それだけでも、その酒に対して個人の良し悪しを確認するのは十分だった。


「こんなに少しでいいんですか?」

「これだけでも分かるはずだ。ま、飲むっていうよりも舐めて味わってみるといい」


 ナナは「はい」と言って、グラスに口をつけて斜めに煽り、垂れ落ちる僅かばかりの酒を舌に触れさせる。


「あっ、イチゴの香りがする。それに甘い……」


 舌に触れた瞬間、イチゴの香りと甘い味が広がる。が、次の瞬間には強い刺激が舌を通って喉を貫いた。


「けほっ!?……ゴホゴホッ!!」


 最初こそ優しい甘さを感じたが、すぐに全てをかき消すくらいの強烈なアルコール臭が喉から口元にせり上がり、ナナは「はぁはぁっ」と漏らすよう呼吸しながら深く咳き込んだ。アロイスは慌てて「大丈夫か」と声をかけた。


「けほけほっ!う、うぅぅ…初めてお酒飲みましたけど、こんな凄いんですか……」

「すまない、配慮に欠けた」

「そんな……とんでもないです」


 やっぱりストレートで飲むのは厳しそうだ。かといって、折角の両親が遺してくれた酒を飲ませないわけにはいかないし、やっぱり『アレ』しかないか。アロイスは指をパチンと鳴らして言った。

 

「やっぱり親父さんの銀の道具を使わせてもらおう。それと、ミルクと氷、ついでに綺麗な布巾はあるかな」

「はい、全部あります。持ってきましょうか?」

「頼めるかな」

「わかりました」


 ナナは頼まれた物を取りにキッチンに消える。その間、アロイスは木箱を開いて純銀の『バー・スプーン』を取り出した。

 それはスプーンという名前をしているが、片側がスプーンで、反対側にフォークが備わっている変わった形状をしている。また、持ち手の柄中心部はグルグルと捻じ曲がっているのは、ユーザーが酒を混ぜやすくするための工夫だという。


(久々に触ったな、バースプーンなんて。だけど格段に柄が持ちやすくて繊細な造りだ。さすがエルフ王族御用達だわな……)


 先ほどのシェイカーと同じく、バースプーンの柄部分にも小さく王族の証が掘られていた。

 そして、触れた指先から感じる強いエネルギーは、魔力を込められた永久の銀でしか感じることが出来ない確かな感触だった。


(間違いなく王族用だ。王印が入った道具を入手するのは容易じゃないんだが。それも、酒を作る為の道具一式なんて金を積んでも買える代物でもない。それなりに名の通った冒険者の上で、王族に認められる働きをして初めて入手できる可能性を得る程度だ。俺もそれなりに名は通っていると自負出来る部分はあるが、それでもエルフ王族の道具を手に入れることは適わないかもしれん。ナナの親父さんと母親は相当な冒険者だったんだな……)


 烙印一つで見たこともないナナの両親を想像することが出来る。剣や槍を奮い、美しい勇敢なる冒険者の姿がまざまざと浮かぶ。


「……アロイスさん?」

「うおっ、ナナ!」


 アロイスが思いを馳せている所、いつの間にか準備を終えたナナは、瓶詰めされた真っ白なミルクと、容器に入れた氷をテーブルに置いてくれていた。


「お待たせしました、アロイスさん。なんかボーっとしてましたけど、大丈夫ですか?」

「い、いや。何でもないよ。それより用意してくれて有難う。じゃ、早速使わせてもらおうかな……」


 アロイスはそれを受け取ると、グラスに氷を3つ入れ、続いてイチゴのリキュールを5分の1、その上からミルクをたっぷりと注いだ。

 イチゴとミルク、赤白のコントラストが見事に分離した美しい色合いが出来上がる。真紅で透明感のあるイチゴのリキュールと純白のミルクが透明のグラスを彩り、まるで液体の宝石と呼ぶような美しさだった。


「わっ、綺麗な色ですねぇ♪」

「そうだろー。よし、次に混ぜていくぞ」


 アロイスは綺麗な布巾でバー・スプーンを拭いてから、スプーン側をグラスの縁に付けて優しくかき混ぜる。美しかった高貴だった宝石たちは、みるみる混ざり合って、今度は萌えた桜のような柔らかい桃色に変わった。


「あ、イチゴミルクになった……!」

「本当は、本物のイチゴや、ミントなんかを添えたりするんだが、これでも完成で充分だな」

「これで完成なんですね!見た目はイチゴミルクそのままですけど、これもお酒なんですよね」


 見かけは本当に『イチゴミルク』ジュースそのもの。アロイスは「酒だよ」と頷いた。


「もちろん酒だ。そのまんま『ストロベリー・ミルク』っていうカクテルだ」

「ストロベリー・ミルク。なんだかジュースみたいな名前ですね」

「はは、確かにな。しかし、この酒は……」


 アロイスは、出来上がったカクテルの入ったグラスをテーブルの上で滑らせ、ナナの手前に置いて、言った。


「親父さんは、この道具を使って酒を飲んでいたんだろ。なら、もしかしたらこのカクテルこそ、親父さんがナナに飲んで欲しかったお酒かもしれないぞ」


 それを聞いたナナは。

「ッ!」

 ハっとした表情の後、急いだ様子で「頂いても良いですか」とグラスを手に取った。


「慌てずにゆっくりとな。飲んでみると良い」

「は、はい。頂きます……っ!」


 震える手でナナはグラスを掴む。

 ゆっくりと口をつける。

 そして、少しだけ酒を口に含み舌を浸すと、喉の奥に流し込んだ。



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