叡智ノインシュタイン(2)
その日、16時30分。アロイスとナナが酒場の開店直前の準備に勤しんでいると、少しばかり早く店の扉を叩いたブランが「こんにちわー」と、客としてやってきた。
「あっ、ブランさん! いらっしゃいませー! 」
「おおブラン。良く来たな。何か飲むか」
ブランはカウンター席に腰を下ろして、
「取り合えずビール下さい」
と、注文した。アロイスが、あいよ、と返事して戸棚からグラスとビール瓶を取り出す間、ブランはポケットから少し厚めの紙を取り出してテーブルに拡げる。
「アロイスさん、知ってますか。ノインシュタインの話」
ブランが言う。当然、ダンジョンの一つとして有名だったノインシュタインを、アロイスが知らないワケがない。
「ん、ノインシュタインか。大きな古城がある国だろ。確かイーストフィールズの北西側だったな」
「そう、それです。じゃあ、そこが攻略されたって話聞きましたか? さっき町中で号外新聞が配られてまして」
「ほお、ついに攻略されたのか」
ビール瓶とグラスをブランの前に置くと、アロイス興味津々に新聞を覗いた。
「でも、成果物がミイラと赤い魔石しかなかったそうですよ」
「最深部には莫大な宝が眠ってるって昔からの噂だったのにな。ま、そんなもんだったか」
「悲しい話ですけどね。けど、面白い話はココからで」
「何だ? 」
ブランは、ビールをグラスに注ぎながら言う。
「今日の号外新聞は、実はその成果物が博物館から盗まれたっていう話なんですよ」
「……盗まれた? 」
「ええ。これを見てくださいよ」
ブランがアロイスに新聞を手渡す。ナナもそれを脇からひょっこりと見てみた。
「えーと、何々……」
そこには、デカデカとした見出しがあった。
『号外! ノインシュタインの呪いか! 』
▼イーストフィールズ北西部、観光地と知られるノインシュタイン城は、最近冒険者の手によって新たな謎が解明されたとして記憶に新しい。しかし、2080年7月28日、またもノインシュタインに関する大事件がおきた。地元に在る(ある)、銀の槍が飾られていることが有名な博物館ボーデンで公開が予定されていた、今回の出土品(冒険者の成果物)が行方不明となったようだ。
現在、地元の警備隊が捜索を進めているという話だが、どうやら成果物を飾るガラス・ケースを破壊され、盗まれたと見られる。しかし、ガラス・ケースは内側から壊されたような状況で、何とも不可解な現場に警備隊長は「ミイラが動き出して壊したんじゃないか」と、頭を悩ませている。▲
内容は長々と書かれていたが、要約すると、発見されたミイラを仕舞ったガラス・ケースが内側から破壊され、赤色のネックレスともども姿を消してしまった、ということらしい。
「……へぇ、面白いニュースだな」
ニュース内容を見たアロイスは、楽しげに言う。だが、ナナは怖がって言った。
「そ、そんなミイラが動きだすことなんて有り得るんですか? 」
アロイスは、あるにはあるが……、と、説明した。
「でもそれは、アンデット族という特異な魔族なんだ。新聞で見る限り、その種族じゃないから博物館に飾られたんだろうし。だけどプロの盗賊の類なら、そういう変わった演出で盗み出すことは出来そうだし、呪いに見せかけて普通に誰かが盗んだだけなんじゃないかね」
普通に考えれば、そんなものだろう。
ナナは「そうですかぁ」と、胸を撫で下ろす。
「でも、ノインシュタインっていうだけで呪いって話はありそうじゃないですか」
ビールを飲みながら、ブランが言った。
「んー、まぁな。確かに、あそこの一族は不可解というか、呪い的な伝説があるからな」
「ですよね。一夜に滅んだ豪族ノインシュタイン家、でしたっけ」
ノインシュタイン、という名は、元々『ノインシュタイン家』と呼ばれる豪族のものだ。彼らは界隈を統治する権力を持った一家であったが、約500年前、ある日を境にプツリと血筋が途絶えたとされる。現在も世界規模で調査が進んでいる、大いなる謎の一つだった。
「でも結局は、出土したミイラじゃ真相には迫れなかったんだろ。こんな簡単にガラスケースに飾られてしまうってことは、そういうことだな」
本当に貴重な資料であるなら、こうも簡単に飾られたりはしないし、そもそも表舞台に出てくる事すら早々しないハズだ。
「まだまだノインシュタインの謎は解けそうにありませんね」
「地下ダンジョンにも鍵が無かったとなると、もう理由を解くのも難しいかもな」
「そうですね……。あ、ソーセージ貰えますか」
「あいよ」
ブランはツマミにソーセージを一人前ばかり注文。それから雑談をしながら17時を回ると続々とお客さんが入店し、一気に店は賑わい、ゆるりと時間は流れた。気づくと22時が過ぎ、店内に客の姿はなくなっていて。
「もう今日は客は来そうにないかな。片付けして終わりにするか」
アロイスは流し台の周りを拭きつつ言う。ナナもテーブルを拭きながら、そうですねぇ、と返事した。
「テーブル拭くついでにランプも消しちゃってくれるか」
「分かりました」
それぞれの席に1つずつ用意されたランプも消して回る。足元を照らす1つを残し、店内は暗がりに包まれた。
「よし、今日は帰ろうか」
「今日もお疲れ様でした」
戸締まりを確認し、外に出て二人は帰路につく。
その帰り道、東の林道を歩くうち、暗闇の道を見ながらアロイスは困ったように言った。
「いつも思うんだけど、この辺は暗すぎるんだよな」
「まぁ……そうですねぇ。昔ほど獣道じゃなくなったのは幸いですけど」
多くのお客さんが足を運んでくれる甲斐あって、以前は完全な獣道だった道路も草木が潰されてマシな道になってはくれた。だが……。
「林道から少し外れるとダンジョンも在るし、危険な獣が出ないわけじゃないからな」
常連なんかは明かりを持ち寄って遊びに来てくれるが、ご新規さんが酒場に来ようとしても道に迷ったり、不安で帰ってしまう事は少なくないと思う。
「町に要請して、明かりを確保して貰えないか掛け合ってみるか」
「そんな事って出来るんですか? 」
「需要があれば依頼として受理されると思うんだよ」
お客さんたちが安心して酒場に遊びに来れるようにしてあげたい。そのうち時間を見て、役所に届け出をしてみよう。
(早ければ明日にでも暇な時間に依頼文書を出してみるか。…………と、んむっ? )
林道の中盤に差し掛かった時。近くの木々の茂みが揺れ、ガサガサと物音が鳴った。
「な、何ですかっ? 」
「……ナナ、俺の後ろに立て」
噂をすれば何とやらという。魔獣の類でも現れたんじゃないか。すかさずナナを庇うように立ったアロイスだったが、しかし。
「あっ、女の子ですよ!? 」
「女の子……? 」
ナナが叫んだ通り、茂みから現れたのは、薄い布切れを身に纏った少女だった。
白銀の長髪に、燃えるような大きく赤い瞳。人形のように美しい顔立ちで、身長はナナより一回り小さいくらい。肩で呼吸をして随分と疲弊した様子で、フラフラと、今にも倒れそうな雰囲気だった。
「どうしてこんな場所に女の子が……。大丈夫ですか! 」
ナナは少女に駆け寄ろうとする。
しかしアロイスはそれを「近づくな! 」と、声を荒げて止めた。




