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叡智ノインシュタイン(1)


 東方大陸イーストフィールズのうち、東西に位置した『ノインシュタイン』という国がある。

 500年以上前、栄華を極めた一族によって統治された国家は、広大な土地を有し、美しき城下町が拡がっていた。しかし長き時を経た現在、巨大な湖の中心に浮かぶ『ノインシュタイン城』を残すばかりである。だが今なお、空に高々と聳え続ける雄姿は、当時の姿を投影した美しきカタチとして観光客が絶える事はない。


 そして、とある目的を掲げた冒険者たちも多く訪れていた。

  ……それはノインシュタインの伝承に惹かれた者たちのことだ。


 記録によれば、その当時。豪族ノインシュタインは一夜にして滅んでしまったという伝説があった。また、その謎に呼応するように、城の地下には、広大な地下道が存在していた。複雑な地形、巧妙な罠、隠し部屋、宝部屋、そして幾つにも存在する謎の墓標と遺体たち。


 それらは、冒険者の心を刺激した。


 やがて訪れし冒険時代のさ中。

 【2080年7月26日。】

 その謎に迫る大いなる一歩が今、踏み出されようとしていた。



「ココが最深部だ。間違いない! 」

「俺ら歴史に名を残せるぞ。て、手が震えてきたぜ……」


 ノインシュタイン城地下、最深部。名も無き冒険者の二人組みにより、完全踏破が成される瞬間であった。


「あ、開けるぞ。良いな! 」

「良いぞ! 早く開けろ! 」


 光も届かぬ地の底の底。腐り淀んだ空気、酷い死臭が充満した地の獄、その果てにおいて。


「くっそ、厚い鉄板みてぇな扉だ。錆びてやがる。押し込めねェ! 」

「俺も手伝うぞ! 」


 栄枯たる豪族の謎を解く扉が今、開かれた。


「うおっ、動いた!このまま押し込め、せーのっ! 」

「おらああっ! ここまで来て、何が眠ってるか見れなかったら一生後悔するぞぉお! 」


 ギ……ギギッ、ズズゥン……。

 重量感のある金属音が、地下道を揺らす。パラパラと天井から土が舞って、二人は咳き込んだ。


「げほげほっ、酷い土埃だ。でも、やっと開いたぞ! 中はどうなってる! 宝はあるか!? 」


 荒れる土を払いながら、明ける視界に部屋を見渡す。そこは思いの外、小さな部屋だった。確認する限り、目立つ金銀財宝という物は見当たらない。しかし、その代わりに部屋の中央の石で造られた椅子に鎮座した遺体が一つばかりあった。


「……何か遺体があるぞ」


 冒険者の一人が、鎮座した遺体に近寄る。


「気をつけろ。アンデット族なら、まだ生きているかもしれん」

「いや、これは完全な死体っぽいぞ」

「本当か。気をつけろよ。このダンジョンはアンデット族が結構多いだろ」

「完全に遺体みたいだ。問題はない。でも年代物のミイラにしては、割と形を残しているな」


 椅子に座っていて正確な大きさは把握出来ないが、大体130cmくらいと子供のようだ。布切れのような服から見え隠れしている肌は真っ黒で、腐敗は進んでいる。だが、比較的保存状態が良かったのか、骨と皮はしっかりと身体を支え、四肢も残っていた。


「これが最深部の秘密か? 何でもない人型の遺体じゃないか」

「そんなハズは……。いや待て、そいつの胸元を見てみろ」


 遺体の首に、何か括り付けられている。破れ破れの布の服の隙間から、何かが光り輝いていた。


「これは……ネックレスだ」


 そう言って、遺体の首に括り付けられたそれを外してみる。


「おっ、何だこりゃ! 」


 すると、それは今までに見たことのないような、巨大な赤き石が垂れ下がるネックレスだった。明かりで照らすと、中はグニャリグニャリと濁った水のように唸り、どうやら強い魔力が埋め込まれているようだ。


「魔石類かもしれんが、こんな種を見たことないぞ。だけど、取り外せねぇ! 」


 金色のチェーンに巻かれた赤魔石、力任せに引っ張っても外ずことが出来なかった。

 

「そのままでも価値はあるだろ。てか、ネックレスはこのミイラと何か関係があるのか? 」

「分からんなぁ。っても、この部屋にはコレ以外は……」


 改めて部屋を眺めた所で、鎮座したミイラと赤き鉱石くらいしか目ぼしいものはない。しかも、妙なことに気づく。


「つーかさ、この部屋ってなんか別の階層にあった牢獄みたいな感じじゃないか」

「……言われてみれば、そうだな」

「最深部に牢獄があるかよ。おい、部屋に仕掛けがないか探してみるんだ! 」


 これで本当に最深部に存在する部屋なのか。一応、壁際を手で叩いたりして仕掛けが無いか確かめてみるが、特に見当たるものはなかった。


「やっぱりこの部屋が最深部だ。でも、どうしてこのミイラだけが……」

「とにかく部屋にあったモンは全部袋に詰めて持っていこう」

「そうだな」

「もしかしたら歴史的な価値があるものかもしれんし」


 赤き魔石とミイラを袋に詰める。ついでに部屋の片隅に落ちていた小石や、腐りきった木材、壁の一部を剥がして収集した。どんな些細なものでも、歴史的な見解によって、化物のような価値が生まれるかもしれないのだ。埃一つ見逃す事のない位の徹底ぶりで、部屋のあらゆる物を袋詰めした。


「これで全部だな。じゃ、行こうか」

「ミイラは大事に運べよ。損傷したら価値下がるから」

「分かってるよ……いてっ! 」


 ミイラを持ち上げようとした一人が叫んだ。

 どうした、と仲間が訊くと、男は右の掌に大きな切り傷を見せた。


「袋詰めした石か何かを握っちまった。まぁ大丈夫だ」

「いやいや大丈夫じゃねえよお前、ミイラ仕舞った袋が血に染まってるじゃねえか! あまり汚すなよ! 」


 滴った血は、ミイラを仕舞った袋に零れ落ちていた。手を切った男は慌てて腕を引っ込める。


「やべっ! すまん、すぐに血を止めるわ! 」


 ポケットにあった止血剤を使って、さっさと血を止める。血に染まった袋の表面も拭き取るが、その時。


「うわっ!? 」


 再び男が叫んだ。今度は何だと、溜息を吐いて言う。


「今、なんか中のミイラが動いたような……」

「……ンなわけあるかよ。しっかりしてくれ、カビに頭でもやられたか」

「そ、そうだよな。スマン、急いで運ぶよ」


 血を拭き取った後、ミイラと素材品を詰めた袋を両肩に抱える。


「待たせて悪かった、行こうぜ」

「地図もしっかり記載したよな。これこそ俺らが攻略した証になるんだからよ」

「バッチシだ。よし、帰ろう! 」

「おう! 」


 こうして、ノインシュタイン城の制覇をした冒険者二人組みは部屋を去って行った。

 やがて数日後、この成果は、冒険者を管理する連合に届出されると、彼らは一躍時の人となる。そして、最深部から持ち帰られたミイラと赤き魔石は、地元ノインシュタインの博物館に高値で取引される事となったのだが……。


 事が起きたのは、その数日後。

 【2080年7月29日。】のことだった。



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