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素直な気持ち(5)


 どんなに格好良い男でも、本気の恋には緊張を隠せないようだ。

 付き合ってくれ、という台詞は若干震えていた。


 そして、ナナは突然の告白にバチバチと白くフラッシュが炊かれたように視界が眩くなった。憧れでもあった存在の男子が、久しぶりに会って告白してくるなんて思わなかったし、一体、彼が何を言ってるのか理解が追いつかない。


「ナナ。君さえ良ければ付き合って欲しい。いきなりの話で無理かもしれないけど、それなら付き合いを前提に、より親しい友人として始めても良い! 」


 ルークは二度目の言葉をぶつける。

 周りの女子たちは、

「うそー! 」、「きゃー! 」、「やっぱりー!」、黄色い声で叫喚した。肩を借りていたランも、ナナに耳打つように言った。


「ルーク君に告白されたの、ナナ……? 」

「う、うん。なんか、そうみたい……」

「おめでとうナナ……。格好良いし、一流の冒険団だし、断る理由……無いよね……」


 ランの台詞が、ナナを貫く。

 ルークは誰もに好かれる存在だ。格好良く、一流の冒険団に所属し、彼と共に歩める人生なら、きっと幸せな未来が待っている。


(ルーク君が、私を……)


 酒場仕事で様々な人々と触れ合ってきたナナだから。彼が、どれだけ本気で自分を想ってくれるか直感的に理解することも出来た。


(……あっ)


 でも。彼の言葉が、改めてナナの頭に鋭く焼き付けるモノが生まれてしまう事になろうとは。


(もしかして、私はアロイスさんを……)


 誰かに好きだと言われて、分かった。

 この話を受けることは出来ない。私は、見ていたい人がいると、気づいてしまったのだ。


「……ルーク君」


 ナナは小さく言う。ルークは、何だい、と肩を震わす。


「あのね……。私ね……」


 答えは出ていると思う。それでも、この感情が恋愛的なものなのか、全てを理解しきれなかった。それは、そうじゃないかもしれない。けれど、ルークと歩みを進めるより、もっと一緒に居たいと思う男性が傍にいるんだって事に気づいてしまったんだ。だから……。


「この話、受けられません。ごめんなさい」

「……えっ? 」


 どうやら断られると思っていなかったのか、ルークの表情が唖然と固まった。それを聞いた周りの女子や、ランですら「どうして!? 」と、声を荒げた。


「ルーク君の気持ちは凄く嬉しい。でも私は、貴方より一緒に居たいと思う人がいるって気づいちゃったの。私は子供だから、この気持ちが男の人を好きになるって気持ちなのか分からないけど、それでも、その人を見ていたいと思ったから……」


 憂いに満ちた表情で、ナナは言った。

 呆然と立ち尽くすルーク。突然ランは「どうしてだぁ! 」と、ナナの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「あわわ、ランてば止めてよぉ! 今、説明したよー! 」

「だからってルークより良い男なんか早々居るわけ無いだろうが~! 」


 酔っ払ったランの総攻撃に、ナナは「やめてー! 」と、目をバッテンにさせて叫んだ。すると、その時、ナナ……、と、誰かが自分の名前を呼んだ。


「こ、今度は誰ぇー! 」


 混乱しながら声のする方に目を向ける。が、立っていた彼を見たナナは目を点にして声を上げた。


「あっ、アロイスさんッ!? 」


 そこに居たのは、まさかのアロイスだった。


「おっす。結構酔っ払ってるな、ハハハ」

「ど、どど、どうしてココにいるんですかぁ!? 」


 まさか、どこから話を聞かれていたのか。告白を断ったシーンから聞かれていたら、きっとアロイスは自身の事だと分かってしまう。慌てたナナは涙目になって、顔を真っ赤にアロイスの元に駆け寄った。


「どうしてって、迎えに来たんだよ。夜道は危ないだろ」

「お店はどうしたんですか。ていうか、どっから聞いてたんですかぁ! 私の気持ちって話……! 」

「落ち着けって、俺は今来たばっかで何の話してるんだか分からないって」


 酔った勢いもあって、アロイスの胸板を、両手でぽかぽかと軽めに殴った。だが、その行為でフラれた本人や、周りに居た全員が「彼がそうなのか」と、理解する羽目になってしまった。


「……何か視線が俺に集まってるな」


 周りの注目を受けて、アロイスはキョロキョロと辺りを見回す。うーむ、どうして注目されているのか。何となし頭を下げて、挨拶をしてみようか。


「あー……いや、どうもどうも。皆さん、ナナがお世話になっております……」


 しかし、その言い方がちょっと不味かった。


「お、おい……。まさか、アンタが……」


 それを聞いたルークが、アロイスの元に肩を震わせて近寄った。


「おや、君はナナの同級生さんかな」

「そうです。ところで、貴方が……ナナの……」


 顔を引きつらせたルークが言う。

 てっきりアロイスは、「貴方がナナの働く酒場の主人ですか」と言われるのかと思い、彼が言い切る前に頷いてしまった。


「ああ、そうですそうです」

「な、何……。や、やっぱりですか!? 」

「ええ、そうです」

「やはりか……。だ、だけど俺は負けたとは思ってませんよ! 」


 ルークはアロイスに、人差し指で差して堂々と言った。キョトンとしたアロイス。ルークは、ナナに振り向いて大声で言う。


「ナナ、本当にこの男で良いのか。結構な歳いってるっぽいけどさ! 俺は冒険者で強いし、きっと、この人よりずっとずっと幸せに出来る。この腕で君を守ってあげられると思う。だから、考え直してくれないか! 」


 初対面に向かって、何たる失礼な言葉を浴びせる奴だ。アロイスは少し、ムッとした。


(にゃ、にゃにおう! 俺はまだ26だ! それなりに若い……けど、こいつは俺と四捨五入して10年くらいの差あるんだな。やっぱり結構な歳なのか……? )


 そう考えると、ちょっとヘコんでしまう。というか、この男の台詞でようやく話の筋が理解出来た。


(てか、そういう事か。同窓会でナナに告白したのは良いが、フラれたってわけだ。そこに俺が来たから、こうなった状況だなぁ……)


 アロイスは、そういう節があったと納得した。すると、ルークの台詞に、ナナが静かに口を開いた。


「……ルーク君、どんなに言っても私は心は動かないよ」


 ナナは、アロイスの手を握る。

「んおっ」

 と、アロイスが反応している間に、ナナはアロイスの手を引いて歩き始めた。


「アロイスさん、行きましょう。お家に帰って、今日の同窓会の話を聞いて下さい」

「お、おう? 何だ、もう友達らと話をしなくていいのか」

「いっぱいお話しましたから♪ 」


 ナナは振り返り、皆に向かって手を振った。

 女子たちや、ラン、ルークは釣られて手を軽く振り、仲良く町中に消える二人の背中を見送る。

 また、それについて、ランが「あれー……」と、ある事を言った。


「さっきのナナの台詞、一緒に家に帰るって、もしかしてナナって、あの人と一緒に住んで……」


 呟くように言う。それを聞いたルークは頭を抱えて叫んだ。


「い、言うなぁああっ! 」

「言いようのない事実っしょ。てか、あの男には相手にすらされてないし、完全敗北じゃん」

「そんな馬鹿な話があるかよぉ! 」


 言い方は悪いかもしれないが、久々の出会いでナナを暴漢たちから救ったという、お膳立てもあった。それでいて、相手にされないなんて。色々と衝撃的過ぎた出来事に、ルークは愕然と膝をついた。ランは、その肩に手を乗せ、ニヤニヤしながら言った。


「ざーんねん。どうかな、アタシはまだフリーだけど」

「……慰めなんていらんっ! く、くそぉー! 」


 月夜に響く、悲しき声。ただ、二人の様子を見たランは、ちょっとした笑顔を見せていた。


(ナナめ~。昔は恋愛とかそこまで興味ない感じだったのに、本気で好きな人が出来んだねぇ。頑張ってよ。私は応援してるからっ! )


 消え去った二人の後ろに向かって微笑み掛けた。

 そして、自分の気持ちを一歩進んで知る事が出来て良かったと感じていた本人は、アロイスの手を引きながら、こう思っていた。


(私はアロイスさんと一緒の景色を見ていたい。きっと、この気持ちは、そうなんだと思う。だけど、この想いは、その時が来たらきっと……)


 その日のナナは、アロイスと一緒に居ることが、いつも以上に嬉しくて、楽しくて。酔いのせいもあったかもしれないけど、自分の気持ちに向き合えて、笑顔に溢れていた。


…………


【 素直な気持ち編 終 】



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