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7.遺されたもの

 

 棚に並ぶのは、綺羅びやかに並ぶ酒瓶。その奥に積まれた大きく威圧感ある酒樽たち。数え切れないほど、地下室全体にビッシリと積まれていた。


「間違いなく全部が酒だ。俺も驚いたぞ。だけどこれが本当にナナの親父さんの物なのか分かるかな」

「ど、どうなんでしょうか。確かにお父さんはお酒が好きでしたけど、こんなに持ってるって話は……」


 困惑するナナは近くの棚に寄って、並んでいた酒瓶のうちの1本を手に取る。ズシッ、とした重みに思わず「重い」と、呟いた。


「……お父さんてば、こんなにお酒を隠してたのかな」

「んー、どうだろうなぁ。俺は分からんけどなぁ。……て、ナナが取ったソレ、そりゃ面白い酒だぜ」

「えっ? 」


 アロイスが言ったそれは、酒瓶のラベルに瑞々しい赤いイチゴのイラストが描かれているものだった。


「これはもしかして、イチゴのお酒でしょうか」

「イチゴのリキュールだな。ふわりと甘くて美味いぞ」

「そうなんですね、美味しそうです。……あ、でもっ」


 ナナは、ハっとして、言った。


「甘いお酒なら、もしかしてこのお酒はお父さんのじゃないかもしれないです」

「どうしてだ? 」

「お父さんは、甘いものって好きじゃなかったんですよね。他のお酒も甘いものなんですか? 」


 アロイスは「ふむ」と言って、ナナが取った酒瓶の並んだ棚に近づき、他の酒を確認してみる。すると、その周辺に並べてあった酒は、ほとんど『甘口』の酒ばかりであった。


「この辺は甘口の酒ばっかだな。メロン、バナナ、チョコレートの酒とかまであるぞ」

「へぇ、美味しそう! 私が好きなものばっかりです! でも……」


 ナナは、急に寂しそうにして言った。


「聞けば聞くほど、このお酒たちはお父さんのじゃない気がします……」


 どうして彼女が暗くなるか定かじゃないが、寂しい表情をされると自分も気分が落ち込む。アロイスはその辺にあった酒を適当に一本取ってから、彼女に優しく語り掛けた。


「酒だけは甘いのが好きだったんじゃないのかい。甘い酒は飲み易いもんだし。ほら、可愛いラベルのお酒まであるぞ」


 適当に手に取った酒瓶のラベルには、ちっちゃな黒猫が描かれていた。


「あっ、猫さんだ! 可愛い、こんなのもあるんですね! 」

「そういや髪留めも猫だしツナギにもワンポイントで猫が刺繍されているな。ナナは猫好きなんだな」

「はいっ! 私は好きですけど、お父さんはそんなに猫好きとかも聞いた事はないし……」


 身内だからこそ知っている、彼女の父親が『こんな酒を好むわけない』という考え。もしそうなら、これは誰の酒なのだろうか。


(まさか親父さんが他の誰かの酒を預かっていたとかは有り得るな。いや、それなら婆ちゃんとかナナが何か知っている可能性が高いか。この酒は一体……)


 何か情報はないだろうかと、探ってみる。

 まず、その辺の棚に並ぶ酒を弄ってみたりした。

(……おや)

 ところが、その矢先のこと。アロイスは、ある数値が統一された酒棚を見つける。


(何だ。この辺の甘い酒は全部2060年モノじゃないか。隣の棚とか、向こう側にある酒は年代がバラバラなのに、どうしてここだけ同じ年代の酒ばかりが並んでるんだ)


 そこに並んでいた酒瓶だけが、全て20年前の『2060年』詰めされたものだった。


「むぅ、ナナ、ちょっといいか。もしかして2060年に親父さんとか、ナナと関係があることってあるかい」


 アロイスが尋ねる。と、ナナは驚きの表情を見せて言った。


「えっ? 2060年がどうかしましたか」

「この辺に並んでる酒は全部2060年モノなんだ。何かその時代に繋がる事はないかな」

「えっと、時代に繋がる事も何も……」


 ナナは小さく「私が生まれた年です」と呟いた。


「何だと……」


 ちょっと待て。

 ナナが生まれた年だとすれば、その年代品だけがこうして偶然に並ぶなんて有り得るだろうか。


(はて、待てよ。それ以前に考えてみれば……)


 そういえば、ナナにさっき見せたお酒は、彼女自信が好きだと言ってたものじゃないか?


「ナナ、さっきの甘い酒に使われている味を好きだと言ってたよな」

「メロンとかストロベリーとかですか。それは、はい。あとはチョコレートも好きですよ」

「ついでに黒猫も、だな」

「猫さんもですけど、それが……」


 嗚呼、なんだ。

「別に深く考える必要もなかったじゃないか」

 アロイスは全て理解し、安堵しながら言った。


「どうしたんですか? 」

「いやさ、この酒はきっとお父さんのものだよ」

「……えっ? どうしてですか」

「きっと、このお酒……特にこの棚に並んでいる酒は、ナナと飲もうと思っていたものなんだよ」

「ど、どうして言い切れるんですか……?」

「全て2060年、ナナの生まれ年に作られた酒。そして親父さんが好むはずがない甘く可愛い酒は、全てナナが好きなもの。これ以上の証拠はないだろう」


 それを聞いたナナは、一瞬驚いたように口を押さえた。しかし直ぐ視線を落として、暫く考え込む。それから、静かに、ただ静かに、ナナの頬に一滴の涙が光って、零れ落ちた。


「お父さんが、私のために……? 本当ですか……」


 涙を見たアロイスは、細目になって、ナナに尋ねた。


「ナナ。もしかしてとは思っていたが、君のお父さんは……」

「は、はい……。お、お父さんは、その……いなくて……。お母さんも、だから……」


 ナナはポロポロと涙をこぼし、泣き叫んだ。


(やはり……)


 正直、僅かばかり察していた予感が、彼女の言葉でそれが真実なんだと理解した。

 彼女の両親はもう、この世にはいないのだろう。


「ナナ……」


 ナナは一度溢れた涙を止める事はできず、わぁわぁと泣きじゃくった。

 アロイスはそっと肩に手を乗せて、優しく語りかけた。


「ナナ。君にこんな酒を用意してたなんて、優しい親父さんだったんだな」

「は、はい……お父さんもお母さんも、凄く優しくて……」

「ああ。ご両親は、お酒を見つけてくれて喜んでいると思うぞ。見つけられて良かったよ」

「は、はいっ……。有難うございます、アロイスさんっ……!」


 ……それからナナは、両親との思い出に焦がれて暫く泣き続け、アロイスは黙ったまま、それを隣で温かな目で見守っていた。やがて、少しずつ落ち着いてきたナナ。


「みっともない所をごめんなさい……」


 鼻をすすりながら謝るが、当然アロイスは首を横に振って言った。


「いいや、みっともなくなんかない。ナナの気持ちは良く分かるよ」


 彼女を励ますアロイス。

 ナナは「有難うございます」とアロイスの顔を見つめた。しかし何故か。アロイスの瞳も、ナナと同じように赤く潤ませていて。


「あれ、アロイスさん。何か目が赤い……」

「えっ。いや何でもない。何でもないぞ」


 また、ナナと同じく鼻をすするアロイス。顔を逸らして、彼女にバレないよう目頭をちょっと抑えるが、いかんせんバレバレであった。


「あの、まさか……アロイスさんも泣きました……? 」


 その言葉に、アロイスはビクッと体を震わせた。

 ナナが泣いている脇で、どうやらアロイスも潤んでしまったらしい。


「い、いや。その、最近は年取ってきて涙腺が緩くてな。感情移入してしまって……くぅっ」


 バレたら仕方ない。アロイスは拳を握り締め、眉間にシワを寄せ、わざとらしい険しい泣き顔を作って叫ぶ。それを見たナナは、ぷっ! と、吹き出す。


「ふふっ、何でアロイスさんが泣くんですか! 」

「うぅむ参ったな……」

「えへへ、何でですか。もう、アロイスさんてば本当に優しい人ですよねっ」

「ま、まぁ忘れてくれ……」


 恥ずかしくなったアロイスは、少し顔を赤くしながら話題を変えて喋った。


「ま、まぁ俺は放っといてくれ。それよりも、お酒を飲んでみたらいいんじゃないか」

「え? お父さんの遺してくれたものなら、飲んでみたいですけど……」


 ナナは、少し言葉に詰まらせた。


「みたいですけど……何だい。お酒が苦手かな? 」

「そうじゃなくて、こういうお酒は、ずっと地下室に置きっぱなしでも飲めるものなんですか? 」

「飲めるさ。というか酒は一部を除いて、ほとんどが長い時間を経過しても飲むことは出来るんだよ」

「そ、そうなんですか? 」


 ナナも、確かにワインなどは古ければ価値が高いとも聞いた事はある。が、ワイン以外も古いお酒が飲めるものなのだろうかと、ちょっと不安だった。


「ははは、酒を好まない人の反応はそんなもんだろうな。でも酒には明確な消費期限はないんだ。一般的には古くて高いお酒といえば『ワイン』をイメージしやすいかもしれんけど、ほとんどの酒は保存状態さえ良ければ味は落ちないし、いつまでも美味く飲めるもんだ。ま、フルーツ系リキュールは傷みやすいけど、今回の場合は保存状態が良かったし大丈夫だろう」


 説明を聞いたナナは「安心しました」と笑い、頷いた。


「ところで。その前に、君が未成年なら未だ飲ませられないんだが、この国の事情はどうなっているのかな」


 ここはイーストフィールズという東方大地領に在る小さな田舎町。

 どの国に属しているか定かではないが、カントリータウンの飲酒法はどのようになっているのだろうか。


「カントリータウンは20歳からで、私も今年で20歳なので大丈夫です」

「そうか。なら問題はないか。分かった、それじゃ適当に酒を持ち帰って家で飲もう。どんなお酒が良いかね」

「私ってば、お酒って飲んだこと無いんです。お父さんが用意してくれていたのなら、何でも飲んでみたいと思いますけど……」

「飲んだことがないのか。なら飲み易い甘いお酒を選ぼう」


 アロイスは適当に2,3本を選び、手に取った。


「うし、それじゃ帰ろうか。お婆さんに今回のこと、話さないといけないもんな」

「そうですね。きっと驚きますよ、お婆ちゃん」

「そうだろうなぁ。じゃ、ナナが先に梯子を昇ると良い。俺は一応の為に後ろから着いて行くから」

「はい、よろしくお願いします」


 アロイスは握力に任せて酒瓶を三本指に挟むと、先に梯子を上がるナナを追って、片手だけで器用に梯子を昇る。こうして、二人は想定外な『宝』を持って、自宅に戻ったのだった。


 ………

 …



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