素直な気持ち(2)
(うーん、久しぶりにスモールタウンに来たけど、うちの地元より全然大きいなぁ)
この日のために、ナナは、めいっぱいのお洒落で固めていた。
オレンジの髪色を彩る紺色の髪留めで結ってサイドテールを作る。上着は真っ白なボタンシャツ風の薄い上着。膝上で纏めた長すぎず短すぎないスカートは、表面にチュールが入ったフワリとする赤白チェック柄で、白いシャツと比べて映えるよう色合いを揃えた。靴には厚底された真っ黒なブーツを履いて、少し大人びてみた。
(えーっと、そろそろ17時か……)
馬車駅は商店通り前、そこに立つ時計台は17時を過ぎた所だった。
白く小さなショルダーバックから手紙を取り出して、改めて予約内容と地図に目を通す。予約時間は18時で、地図によると場所もそう遠くない。
(だけど、もうそろそろ皆も集まってるよね。私も早めに行こうっと)
ナナは駆け足気味に店に向かおうとした。
ところが、その肩を背後から掴まれ、その足を止めた。
振り返ると、そこには見知らぬ男が三人ほど立っていた。それぞれ赤、青、黄色のカラーに染め、全員が坊主。ダボダボとした衣装を纏っていて、あまり関わりたくないような容姿。彼らはナナに馴れ馴れしく話しかける。
「うぃーっす、君可愛いね。今、馬車から降りてきたみたいだけど、どっか行くとこ? 」
肩を掴んだ赤頭の男は、その手を離さずに言った。
ナナは「同窓会に行くので……」と、その手を払いのけようとした瞬間、男は、ヒュウーッ! と叫んで、払おうとしたナナの腕を掴んだ。
「なになに、積極的に握手求めちゃう? そんなに遊んで欲しいってカンジ!? 」
「えっ、ち……違います! 私、約束があるので……! 」
「同窓会なんか良いからさ、俺らと遊んでくれないかな。飲み会なら俺ら奢るからさぁ! 」
ナナが動けないよう、青と黄頭の二人は囲むように立つ。身動きが取れなくなったナナに対し、三人は薄ら笑いを浮かべた。
「俺の知り合いの店近くにあるんだよ。行こうぜ、な!? 」
赤頭は、ナナの腕を強く引っ張る。他の二人も、ナナの背中や腰を押して、何処かへ連れて行こうとした。
「やっ、止めて下さい! 私、行くところが……! 」
「だから一緒に良い所に行こうって言ってるんだろ! 」
三人は、ついに暴力的に言い始めた。
ナナが周りに居る人々に助けを求めようとしてが、信じられない事に、誰もが見て見ぬ振りばかりだった。
(ど、どうして……! )
チラチラと此方を見たり、目が合ったとしても、誰も助けようとしてくれない。男たちも周りの反応を分かっていて、その行為はエスカレートしていく。
「面倒臭ぇ、もう口塞いで連れて行こうぜ」
「それはさすがに犯罪じゃねー? 」
「平気平気、どうせ後で合意に話持ってけば良いんだろうし、ぎゃははっ! 」
「あっはっはっは、それもそうだな! 」
この男たちは最悪極まりない。でも、この状況をどうすることも出来ない。
(どうしたら……! ア、アロイスさんっ……! )
こんな事になるなら、来なかった方が良かったのかな。
ナナは感情が湧き上がり、涙ぐむ。男たちはその反応に歓び、いよいよナナの口元を押さえつけた。男たちは獲物を手に入れたと嘲笑して見下す。諦めかけたナナだったが、しかし。
ビュッ、バシィンッ!!
風を切る音の後、何かを叩く音。赤頭が「いでぇっ!? 」と悲痛に声を上げ、尻を押さえて地面に転がった。
「な、何だ、ケツがいってぇっ!! 」
赤頭を襲ったのは、鞭で叩かれたような激痛だった。ビリビリとした皮膚を削るような痛みに、赤頭は歯を食いしばって地面をゴロゴロのたうち回った。
青と黄頭の二人は「どうしたよ! 」と目線を上げると、そこには、銀の長剣を片手で握りしめる青年の姿があった。
「おいお前ら、女子一人によってたかって何をしている」
青年が男たちを睨で言う。黄頭はその台詞を聞いて激怒した。
「て、てめぇがやったのかコラァ! 」
黃頭は、怒りのまま青年に殴り掛かった。だが、長剣を握り締めた青年は、それよりも早く、長剣の側面で黄頭の頬を殴りつけた。バシンッ! と軽快な音が響く。刃を立てていないとはいえ、重量ある鉄剣で殴られた威力は相当で、黄頭の奥歯は折れ、駒のように回転した後でその場に崩れ落ちた。
「さて、後はお前だけか。俺に本気で切り刻まれたいか、転がる仲間と退散するか選ばせてやる」
三人目の青頭に対しては、刃をチャキリと立ててみせた。さすがに勝てないと思ったのか、青頭は舌打ちすると、ふっとばされた二人を支え、一目散に何処かへと消えて行った。
「はー、去ったか。大丈夫ですか、お嬢さん」
青年はナナに優しく声がけをした。
ナナは「有難うございます」と頭を下げたが、その声を聞いた青年が、もしかして……と、目を見開いて言った。
「もしかして、ナナか? 」
「え、 あれ……」
ナナも、そう言った台詞と彼の顔を見て、改めて気づいた。
「もしかして、ルーク君……? 」
「お、おう。やっぱりナナか、久しぶりじゃないか! 」
「てことはルーク君だよね! わぁっ、久しぶりだね! 」
彼の名はルーク。
何を隠そう学生時代、ナナが初めて格好良いと思った男子だった。5年ぶりとはいえ格好良さは衰えていないようで、整った茶色の短髪、通った鼻筋や大きい瞳。彼は今なお、誰が見ても格好良いと思える佇まいだった。
「久しぶりだよ本当に。ところで今の奴らぶっ飛ばしちゃったけど、知り合いとかじゃなかったよな」
「ううん、全然知らない人たちだよ。むしろ助かったっていうか……助けてくれて有難う、ルーク君」
助けてくれた彼に、ナナは微笑みかけた。
ルークは「あ、ああ」と頷いた。
「それよりナナ、集合場所に向かう途中だったんだろ? 」
「あ、うん。そしたら、さっきの人たちに絡まれちゃって……」
「そっか。じゃあ一緒に行こうぜ」
「うん」
快諾したナナと共に、二人は商店通りにある会場に足を運ぶ。道中で、また久しぶりに会った同期を交えて雑談を交わしながら、いよいよ店内に入った。先に入ったルークたちを追い、ワンテンポ遅れて予約部屋に入った時、ルーク他、既に何人かの友人らが腰を下ろしていた。
「わっ、もう皆座っちゃってるよ。え、えっと……久しぶりー……」
こそっと、柱から顔を覗かせるナナ。そんな彼女に最初に気づいたのは、親友のランだった。
「あっ、ナナ! 」
ランの一声で、席に座っていた全員がナナを見つめた。すると、誰かが「ナナ久しぶりじゃん! 」と、誰かが言った一声に始まり、歓声が湧き上がった。
「ナナ、早くこっち来なよ! 隣の席、空かしておいたんだから! 」
茶髪でパーマのかかったショートヘア、真っ赤な派手なイヤリングを片耳に揺らす彼女は、笑顔で手招きする。ナナは「うん! 」と、人の間を割って歩き、彼女の隣に腰を下ろした。




