抜け出したリーフ(閑話)
世界の中心、セントラルフィールズ。その首都セントラル一丁目、多くの一流企業が立ち並ぶ商社の一角に、分不相応な茶色いレンガと木造で造られた古めかしい建物が在る。広さは140坪ほど、平方460メートル。平均的な一軒家が4つくらい並ぶ大きさだ。周囲には、希少金属や純度魔石などで造られた豪華絢爛な高層の建物が並ぶ中、5階建てと背が小さく、古いその建物は嫌でも目立つ。
しかし、その建物を馬鹿にする者は誰一人としていない。
何故なら、それこそ冒険時代に名立たる『クロイツ冒険団』本部なのだ。
そして、その5階に在る団長室では、怒りの表情を浮かべた男が一人、全身を震わせていた。
「あ、あの野郎が……」
彼は部隊長(仮)、『フィズ・アプリコット』である。
クシャっとした茶色の髪を、黒赤の炎柄バンダナで纏め、全身を動きやすい黒の軽装で包む。腰の黒いベルトには、真っ赤な柄をした二本のナイフを装着している。鼻筋の通った小顔は、くっきりとしたフェイスラインが浮かび、男前とは違う、優男気味な格好良さがあった。一応、彼はアロイスと同年代。今年で26を迎えたばかりだ。
「あの馬鹿を、こうも簡単に休暇を許して良いんですか、クロイツ団長! 」
怒りに震えるフィズは、目の前で巨大な魔石造りのテーブルに堂々鎮座する男に声を荒げた。
フィズの前に座る男の名は『クロイツ・エーデルシュタイン』。
誰もが知る、クロイツ冒険団の団長である。
「そう言うな。誰しも休息は必要だろう。部隊長なら寛容たる心も必要だぞ、フィズ」
その声は、太く勇ましい。彼は、閉じた左目に走る縦の傷、堀深い皺、鼻の下から顎にかけて伸びた白髪交じりの黒ヒゲが良く似合う老いた男だ。しかし歴戦の戦士である雰囲気は尚、衰えることはない。
「だけど団長、そんな事を言われましても、アイツの勝手を許すわけには! 」
フィズは退かず、団長にリーフを戻すよう説得した。すると、団長は右手で自分の後ろ首を軽く揉みながら、溜息を吐いて言った。
「はぁ……。お前、怖いのか」
「えっ? 」
「リーフを失って、一人で一万にも及ぶ部下を持って恐怖してるんだろ」
「そ、そんなことは! 」
違う! と、団長のテーブルを両手で叩く。団長はフィズを睨んだ。
「素直じゃねぇな。お前の尊敬するアロイスは、当時ウチに人数が少なかったとはいえ、お前と同じような状況で若年20の頃に部隊長としてトップに立った。お前の口癖で聞く、いつかアロイスに追いつくって話、嘘ばっか振り撒いてたって事か」
そう言いながら、テーブル横の棚から煙草の箱を取り出す。くたくたになった一本を口に咥え、指を鳴らして火を点けた。
「それに、お前はウチに入って何年だ。十年近いんじゃねえか。アロイスがいなくなった今、団において実力も随一、周りも認めてる。元々ガキばっかのギャング団を率いてたお前だろ。何を恐れる必要があるってのか、オジサンに教えて欲しいねぇ」
団長はフゥーッ、と床に向けて白い煙を吐く。フィズは沈黙して、歯をギチギチと噛んだ。
「怖いんだったら怖いって素直に言えよ。俺が復帰して代わりに立って前線指揮してやっても良い。だがな、お前が二度も日の目を見れるとは思うなよ。……そもそも、そんな弱輩者を部隊長に仕立てるワケにはいかねぇか。そうだな、そんな弱い態度を見せたお前は、部隊長として置いておくワケには……」
それを言いかけた団長に、フィズはテーブルをバンッ! と叩いて言った。
「……弱気でした、スミマセン。リーフが消えた今、俺がクロイツ冒険団を率いるトップとして改めて自覚します。世界一の冒険団の部隊長という肩書きを大事にして、励ませて頂きます」
ようやく強気に見える態度。団長は、吸っていた煙草をテーブルの灰皿に押し消して返事した。
「励むのは当然だ。冒険者なら全てに貪欲でいろ。それが世界一のクロイツであるなら尚更だ」
フィズは「はい」、と頷いた。そして、振り返って背を向け、有難うございました、一言残して、団長室から出て行った。すると、一人残った団長は背もたれに深く腰掛けて、大きいため息を漏らした。
「はぁー……やれやれ」
アロイスが消えて数ヶ月、あの時の混乱具合はかなり落ち着いた。やはり、アロイスの抜けた穴はとてつもなく大きく、共にクロイツを去ってしまったメンバーがそれなりの数がいた。それでも、リーフとフィズが努力してくれたお陰で世界一の座は揺ぎ無かった。
(……だと、いうのに)
団長室の壁に飾られた白黒写真を見つめる。
23年前の2057年の当時に、小さなクロイツ一派で馬車で世界各地を旅してた頃、全員で撮った写真だ。
(随分と遠くまで来ちまったもんだぜ。あの頃の俺やお前らに、今の話を聞かせたら信じないだろうな)
写真の中心には、まだ30を迎えたばかりの若々しい自分が立つ。その横で、若い男が笑顔で団長に肩組みする。また、それに引っ付くのは、アロイスの姉貴分の幼きリンメイ。更に、その横で指を咥えて無愛想な顔で此方を見つめるのが、アロイス・ミュールだった。
(レグルス、リンメイ、アロイス。部隊長になったお前らは、あっという間に姿を消してくれるな。お前らが努力してくれた分、大きくなっちまった冒険団だがよ……。俺は正直、少人数で小さな馬車一台限りで、家族同然に旅してた頃が一番楽しかったぜ)
全く。どこまでいっても勝手な奴らだ。
お前らがいつも勝手をする所為で、俺はいつまで経っても身を退けないじゃないか。
(……しかし、眠いな。年は取りたくないもんだ。少し休むか)
瞳を閉じて、夢に身を馳せるとしよう。あの三人と、今も楽しく世界を回ることが出来たのならと、叶わぬ願いを夢に見て。
………
…
【 抜け出したリーフ編 終 】




