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逃げ出したリーフ(4)


「俺としては騒ぎ立てず今は酒場の主人として過ごしたいんだ。お前も興奮せず、普通の客としてくれたら嬉しいよ」


 アロイスは微妙な表情で言った。


「は、はい。善処はします。でも、僕ら冒険者にとってアロイスさんが憧れの存在だって事も覚えててほしいです」

「嬉しい言葉だ。分かった、心に留めておくよ」


 目の前にいるアロイス・ミュールという憧れの存在。ブランは、アロイスが元々格好良い男だとか思っていたが、真実を知って益々彼に惹かれてしまった。いや、彼に惹かれない冒険者なんか存在しないに決まってる。

 

「……うっし、出来たぞ。リーフ、席に戻ってくれ。ナナもリーフの隣に座ってくれるか」


 話の途中で、アロイスが何を完成させたと言った。

 リーフは「はいッス」、ナナも「はい」と、カウンター席に腰を下ろした。


「三人のために変わったカクテルを作ったから、是非飲んでくれ」


 三人の前に差し出したU字型のコリンズグラス、注がれたカクテルは紫色。投入されている少し大きめのロックアイスが光に反射して、アメジストのような宝石色に満ちていた。


「わっ、紫色のカクテルなんてあるんですか」


 ナナが言うと、アロイスは「綺麗だろ」と笑った。


「飲んでみていいですか? 」

「もちろん。リーフもブランも、遠慮せず飲んでみてくれ」


 アロイスの言葉に、三人は「はい」と、一斉にグラスに口をつけた。軽く喉に流し込むと、不思議な味わいを感じ、三人は顔を見合わせた。


「あれ、結構甘いですね 」

「でもスッキリしてるッス」

「複雑に混ざりあった味がするなぁ。何だろ、植物っぽいような……」


 三人が各々の持論でカクテルの感想を述べた。実は、どれもこれも正解で、アロイスは「凄い味覚してるなー三人とも」と、褒めてみせた。


「アロイスさん、一体この味は何を使っているんですか? 」


 ナナが訊くと、アロイスはキッチンの内側に置いていた紫色のリキュール瓶をカウンターに移し、言った。


「フフフ、これは花のリキュールなんだよ」

「え、花のお酒ってことですか? 」

「そういうこと。紫色のスミレやバラを使って作るリキュールなんだ。他の材料も見るかい」


 ついでに、作った材料を並べる。

 花のリキュールに次いで置かれたのは、シュガーシロップ、レモン水、炭酸水。

 スッキリした甘さはレモンジュースとシロップ、植物のような香りは花が原材のリキュールだったというわけだ。


「シロップ、レモン水、炭酸水、リキュールを混ぜただけ。簡単に作れるけど、紫色の輝きを放つ酒って珍しいだろ。美しい色合いから、昔から女性が好んで飲んでいたって話だ」


 一風変わった味わいに、美しい色合い。女性に愛される酒だと、成る程、納得が出来る。それを聞いたリーフは、感心して言った。


「部隊長さんが酒場開いてるって聞いた時は驚いたッスけど、今や立派な店主さんッスね! 」


 バイオレットフィズを美味しそうに呑むリーフ。だが、アロイスは「ふぅ」と頭を抱え溜息を吐いた。


「俺の所為で冒険団に席が残ってるのかもしれないが、元部隊長って事にしてくれ。出来たら、もう部隊長って呼び方は止めて欲しいんだがな。……でも、お前はこれからどうするんだ? 」


 リーフは長期休暇を取ったらしいし、暫くは何処かに出かけるに違いない。これからの事を尋ねると、リーフは笑みを浮かべて答えた。


「しばらくは気ままなリゾート巡りするッス。だけど、たまに店に飲みに戻ってくるッス! 」

「おー、世界各地のリゾート巡りか。楽しそうだな」

「本当はリーフにとって、アロイスさんが居る場所が安らぎッスけど! 」

「はは、お前は本当にそんな事ばかりだな」


 リーフが、えへへ、と笑う。

 話を聞いた隣のブランが、「あ、それじゃあ! 」と、突然、彼女に話しかけた。


「リーフさんは、このお店に度々来てくれるんですよね? 」

「うん、そうするつもりッス。結構遊びに来るつもりッス」

「てことは、俺がこの店に来る度にリーフさんと会えるかもしれないのか……」


 冒険者の憧れの存在が二人も居る酒場。そんな夢のような場所が、この世に存在し得るのだろうか。ついつい瞳を輝かせてしまう。


「……おいブラン」


 だが、そんなブランにアロイスは一応忠告した。


「来てくれるのは嬉しいんだが、今度は出来る限り開店時間に合わせる事と、リーフや俺の事については余計に他言はしないでくれよ」


 今日のように、極端に開店時間前から接客したり、あまり大勢に詰め寄られると、常連に迷惑が掛かってしまう。自分の存在が公になりつつ今、いずれは騒ぎとなるかもしれないが、できるだけ、静かな時間を過ごしたいなとは願っていた。


「分かりました、約束します。いやー、でも嬉しいです。本当に僕はリーフさんやアロイスさんの大ファンで、こうして目の前に立ってるお二人が夢の中にいるようで……」


 ブランは、羨望の眼差しで二人を見つめる、


「僕もいつか、強くなって立派な冒険者になりますよ。見ていて下さい! 」


 世界のエース両名に向かって豪語するブラン。

 ……ところが、その時。店の扉が開かれ、彼女たちが現れた途端、その真剣な表情が崩れてしまった。


「お店、少し早いけど開いていたんですねぇー♪」

「アロイスさん、来たよー! 」


 現れた二人の客は、姉妹堂を営む美人姉妹のリリムとネイル。

 ブランがそれを見た瞬間「ほえぇ」、と叫んだ。


「な、何ですかあの美しい二人は……! 」

「地元で姉妹堂ってハンター店を営んでる二人だよ。何だ、もう17時になるところだったか」


 話し込んでいるうちに、いつの間にか開店時間を迎えていたようだ。

 リリムとネイルの二人は、ブランの隣のカウンター席に腰を下ろすと、いきなりアロイスに向けてハートの嵐が起こった。


「アロイスさん、今日も格好いいですねぇ♪ 」

「今度、デートしよー! 」


 アロイスは「はいはい」と適当に逸らかすが、それを聞いたブランが、わなわなと身体を震わした。


「ア、アロイスさん。もしかして、女たらしですか……」

「何でそうなる。ていうかお前、目が虚ろで……」

「僕もモテたいっていうのに、うわぁあーっ! 」

「うるさっ! お前、酔ってるだろ! 」


 ブランは、急に喚き散らした。赤い涙目になって、顔が赤い。どうやらブランは、酒にかなり弱い類らしい。


「落ち着けブラン、俺は別に女をたらしてるわけじゃないから……」

「本当の女たらしの皆さんは、そうやって同じことを言うんですよぉ−っ! 」


 アロイスはお手上げのポーズを見せた。

「……やれやれだ」、と。


 しかし、こう喧しくても楽しげなら、酒場らしくて良いかもしれない。何がともあれ、酒場が盛り上がっていく事に、嬉しい他はないのだ。


(大変かもしれないけど、お前も楽しいよな、ナナ)


 カウンター席で腰を下ろして皆を眺めるナナ。彼女に苦笑いしてみせる。彼女はアロイスのアイコンタクトに気づいて、小さく微笑み、頷いた。


(はい。私も何だかんだ、とっても楽しいです。アロイスさん)


…………



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