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逃げ出したリーフ(3)


「負けた? もしかして6月のコロシアムでフィズに負けたのか」

「そうッス。決勝で負けたッス。ほとんど引き分けだったけど、負けは負けッス……」


 しょんぼりして、合わせた人差し指をくるくる回すリーフ。

 それを聞いていたブランが、聞きなれぬ単語に気になって、

「コロシアムで負けたって何ですか」

 と、尋ねてきた。アロイスが、ああ……、と説明した。


「コロシアムってのは、クロイツで管理してるデッケー建物で、3ヶ月に1回、トーナメント方式で代表者らが戦うんだ。クロイツ団員らが観覧者とした前でな。いわゆる実力を見せるために作られた仕組みで、肩書きを持つメンバーは部下たちに実力を鼓舞するため、嫌でも勝ち上がる必要がある。だから、そこで敗北するというのは、何より耐え難いんだ」


 ブランは「なるほど……」と返事しつつ、その内容にゾクリと背筋を冷たくした。世界で名うての冒険団のトーナメント戦、きっと名勝負ばかりが生まれる場所。冒険者なら、誰しも見てみたいと願うに決まってる。

 そして、その場所に立っていたアロイスだからこそ、リーフの気持ちは痛いくらい分かっていて、優しく声をかけた。


「リーフ。負けたとしても、お前は精一杯頑張ったんだろ」

「す、凄く頑張ったッス。でも、でも……リーフは負けちゃったッス」

「頑張ったならそれで良い。周りはそれを見て認めるし、俺もお前を認めてやるさ」

「えへへ、本当っスか。嬉しいッス♪ 」


 リーフは、今度は嬉しそうに足をパタパタ動かした。


「うむ。それじゃ、頑張ったリーフにご褒美を作ってあげるとするか。ちょっと待っててくれ」


 アロイスはそう言うと、キッチン地下の保存庫に姿を消す。その間、ナナは彼女に話し掛けた。


「えーと……リーフさん、ですよね。初めまして、私はナナ・ネーブルと言います。アロイスさんの酒場のお手伝いをしています」


 手を差し伸べて挨拶する。リーフは満面の笑みで、その手を握って返した。


「リーフ・クローバーッス! よろしくッス!」

「よろしくお願いします、リーフさん」


 握手を交わしたナナは、少し驚いた。彼女が握り返した手は小さいながら熱を帯びていて、何より力強い。触れ合って分かる、リーフという少女が強き冒険者であるという証だった。


(見た目は普通の可愛らしい少女なのに。こんなに力強い……)


 小さな身体なのに、まるでアロイスと同じような力強さを感じさせた。ナナが驚いていると、そこにアロイスが酒瓶を手にして地下室から戻ってきて、ナナの様子に勘付いて言った。


「んー、リーフと握手して、ナナにもリーフの強さが伝わったか? 」

「は、はい。リーフさんてば、すっごく力強い感じがします! 」

「ああ、力強いか。確かになぁ」


 アロイスは何か作り始めた傍ら、

「力強いだけじゃなくて、凄い事も教えてあげよう」

 と、ナナにとって想定外な真実を口にした。


「リーフは見た目こそ少女だが、ナナより年上だぞ。敬えよぉー」

「……えっ! 」

「ちょっ、部隊長さん! レディの年齢を勝手に言うのは駄目ッスよぉ! 」


 リーフは、カウンターをバンバン叩いて文句を言った。


 この容姿で自分より年上だなんて!

 驚いたナナは「もしかしてケットシーさんですか? 」と訊く。


 それについてリーフは、笑って返事した。


「リーフがケットシーっスか。あはは、確かに背はちっちゃいけど違うッス。リーフは、誇りあるドワーフの一族ッス! 」


 自分の胸を右腕でポンッと叩き、偉そうな表情で自信満々に言った。


「えっ、リーフさんてドワーフさんだったんですか! 」


 それならナナも知っていた。ハイスクールに通っていれば、誰もが勉強することだからだ。

 この世界には、何百種類と存在する魔族のうち、魔の血を引きながら人間に近い種族が在った。それこそ、南のサウスフィールズのエルフ、北のノースフィールズのドワーフだった。


「ナナさんは、ドワーフを知ってるッスか? 」

「もちろん知ってます! 」


 まず、ドワーフ族は背が小さい、小柄な種族だ。


 男性は筋骨隆々とした屈強な肉体を持ち、長い白ヒゲを蓄えることが特徴で、成長が異常に早く、10歳に満たないで髭をゴウゴウと生やすが、平均寿命は80歳と人間と相違ない。なお、男の気質はやや荒く喧嘩早い。


 逆に女性の場合は、リーフのように幼い少女の見た目が殆どである。年齢を重ねても容姿はほぼ変わらず、幼い少女かと思えば実は還暦を越していた、なんて事も少なくない。また、気性も男と反対に大人しい。ただ、激しい雪山で生きてきた血筋の為か、性格の根っこは男勝りな面も見え隠れしていて、ドワーフ族の男を手玉に取っているとか、いないとか。


「リーフたちの事を知ってて嬉しいッス♪ 」

「勿論ですよ。リーフさんも、ノースフィールズ出身なんですか? 」

「そうッスね。北の果てにある豪雪山脈の麓、小さな集落にリーフの家があるッス」

「すっごい遠くの出身なんですね! 」


 リーフの透き通るような白い肌は、まるで美しい雪肌のよう。ノースフィールズの女性は美白たる美しさを持っているというが、見た目が幼いリーフも同じく美しかった。と、その話を聞いていたアロイスが会話に割り込み、可愛らしい彼女でありながら、その強さについて話をした。


「ナナ。リーフは可愛いだけだと思うなよー。さっきも言ったが、力比べなら俺くらい強いかもしれんぞ」

「リーフさん、そんなに力があるんですか? 」

「そうさ。加えて魔法も得意でな。だからドワーフはエルフと似ていると言われてるんだ。鍛冶屋として名高いのも一緒だしな」


 ドワーフとエルフは、互いに魔法を得意とする。

 ドワーフは魔法と力に長け、エルフは魔法と器用さに長けている。

 まさに一長一短といったところで、昔は互いの男は血を見る事が好みのために、争っていた時代もあった。しかし今は互いを補い合う協和の道を進んでいる(それでも、たまに喧嘩してしまうことはあるらしいが)。


「そうなんですねぇ。じゃあ、大きなハンマーを持っていても、リーフさんは魔法使いなんですか? 」


 ナナが訊くと、リーフは「そうだけど、違うッス」と答え、ぴょんと床に降り、背負っていた身の丈ほどある巨大なハンマーを外して片手で持ち上げて見せた。


「剣士や槍士、魔法士みたいに呼び名をつけるなら、リーフは魔鎚士ッスかねぇ」

「まづちし、ですか」

「いわゆる魔法剣士みたいな感じッス。剣の代わりに、このハンマーを使うッス! 」


 銀色に輝く巨大なハンマー。相当な重量が在りそうだが、彼女の力なら、きっとそれを余裕で振り回すのだろう。加えて、魔法を扱う戦うなんて、戦いに疎いナナですら、リーフがとても強い存在だと理解できた。


「凄いですねリーフさん。えっと、どんな魔法を使って戦うんですか? 」


 興味が尽きず、ナナはどんどん質問する。

 リーフも、ナナが反応することに嬉しくなって、一途に答えた。


「何でも使うッスよ。火、水、雷、風。そして、このハンマーがリーフの魔法に呼応して色々な動きをするッス」

「凄いですね! ハンマーも銀色で綺麗ですし」

「へっへーん、このハンマーはリーフが自分で拵えたッス。自分で使う武器は、自分で造るのがドワーフ一族ッス! 」


 ナナがどんどん褒めてくれる事に嬉しくなったリーフは、自慢気かつ楽しそうに会話を交わした。すると、それを傍らで聞いていたブランが、何か酒を作り続けているアロイスに話し掛けた。


「アロイスさん、やっぱり色々と凄いですねリーフさん」

「うむ。俺も信頼を置けるヤツだったからな」

「リーフさんは可愛らしくて凄いです。けど、僕は正直アロイスさんのほうに驚きましたよ……」


 まさか、世界一の冒険団部隊長がこんな近くに居たなんて。最早驚き過ぎて、逆に冷静になってしまってしまった。



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