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逃げ出したリーフ(2)


「ほ、本物ですか。いや、本物ですよ!! 僕、学生時代からの大ファンで! 冒険雑誌に何度も取り上げられる可愛い女の子。だけど強さは間違いなく世界トップクラス! 冒険者たちのアイドル的な存在で、誰もが憧れる存在ですよぉおっ! 」


 床に倒れながら、ぷるぷるとリーフを指差す。

 リーフは「そんな大層なもんじゃないッス」と、笑って答えた。


「大層なもんですよ! しかも、今や世界一になったクロイツ冒険団のメインメンバーだし、どうしてこんな方がココに……。ていうか、アロイスさんと知り合いっぽいんですけど!! 」


 あまりの驚きで腰を抜かしてしまったのか、立ち上がれず、ガクガクと膝を震わすブラン。すると、リーフが屈託ない表情で、更にブランが気絶してしまうような衝撃的な内容を伝えた。


「知り合いも何も、アロイスさんは部隊長さんッスよ」

「…………んぇ? 」


 リーフは隠す気も無く、答えをさらけ出した。ブランは目をパチクリさせて、アロイスとリーフを交互に見つめる。

 

「だから、アロイスさんは、クロイツの本隊の部隊長さんッスよ」


 特段説明しないようにしていたのに、リーフは全てを言ってしまった。しかしまぁ、いつかはバレる話だろうし仕方ない。


「リーフ、あまり他言せんでくれよ。そこまで名前を売るつもりはないんだ」

「あっ、ごめんなさいッス。次から気をつけるッス……」

「別に怒ってないさ」

「うう、有難うッス」


 これほどに親しい話し方。驚きを通り越したブランは、最早、愕然として大声も出せない。かろうじて、震える声でアロイスに訊いた。


「ア、アロイスさん、リ、リーフさんの話、ほ、ほん……本当の話なんですか……」

「まぁ……あまり公にしたくない事だったけどな」

「そ、そそ、そんなことは。う、嘘だ。嘘。嘘です。嘘だ、嘘だ。嘘だ! 」


 冒険団クロイツといえば、冒険者たちが夢見る至高たる冒険団の一角。しかも数ヶ月前に、竜の秘宝を発見したこと成果により、名実ともに世界一となった最強冒険団だ。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってアロイスさん。待って、待って下さい。だって確か、部隊長の名前は確かアロイス・ミュールって……」


 そうだ、クロイツの部隊長の名は『アロイス・ミュール』のはず。


「アロイスさんは、アロイス・ミュールじゃないですか! だから、違うでしょう! 」

「……俺は俺だが」

「ですから、アロイスさんは、アロイス・ミュール……」


 おや。おやおや。少し待ってくれ。

 部隊長の名はアロイス・ミュール、彼の名前もアロイス・ミュール……。


「アロイス・ミュール……」

「何だね」

「アロイスさんて、アロイス・ミュール」

「そうだな」


 名前を呼ばれたアロイスは頷く。


「アロイス・ミュール。部隊長と同姓同名、とてつもない強さを持っていて、リーフさんと知り合い」

「とてつもない強さかどうかは分からないが、俺はアロイス・ミュールで、リーフと知り合いだな」

「そ、それって……。それ、それって……! 」


 言いようがない事実が襲った。

 目の前にいる男は、世界一の冒険団の本部隊長、アロイス・ミュールなのだ。


「えっ、えええええぇぇええェエエッッ!! 」


 超絶な叫び声に、アロイスは「うるさっ」としかめ面をした。


「アロイスさんて、アロイスさんだったんですか!? 」

「声がでかい! 落ち着け、そもそも俺はもう部隊長じゃないんだよ! 」

「ど、どど、どういうことですか。ていうか、色々と突っ込みが追いつかないですっ! 」


 椅子を杖代わりの支えにして、床から起き上がったブラン。全身を痙攣したように震わせながら、アロイスに詰め寄る。


「とりま落ち着けって。だから俺はもう部隊長じゃないし、元々そんな偉い存在じゃないし」

「いやいやいや。偉いし、部隊長は部隊長だし。それがどうして田舎で酒場の店主やってるんですか! 」


 ブランの言う事は最もだ。冒険者ならば、彼がアロイスと知っていれば驚かないハズはないし、そんな男が小さな田舎町で酒場をやってるなんて思いもしない。


「落ち着けと言うとるだろ。それに出会った時に説明したぞ、俺はもう冒険者を辞めたんだって」


 アロイスはブランを諭すように言う。すると、アロイスの話を聞いたリーフは首を傾げて、とんでもない事を言った。


「えっ、アロイスさんはまだ部隊長サンのままっスよ」

「……は。な、何! ど、どうしてだ!? 」


 ある筈のない言葉に、アロイスがリーフに迫った。


「だってアロイスさん、正式な退団届け出してないじゃないッスか」

「いやいや、俺はお前らと別れた時、退団届けを出すと伝え…………あ゛っ 」


 言ってて、それを思い出した。竜の巣で別れる時、副隊長のリーフとフィズに対して自分が言った言葉。調教していた竜に、正式な退団届けを持って行かせると、確かに言っていた気がする。


(し、しまったァーーッ! あの後、俺が居眠りして竜から落っことされたんだ。だから、俺が部隊長だって事か!? )


 ダラダラと額から汗が流れ出た。というか、今更考えたら、道理でクロイツの冒険団長の交代について耳に入って来なかったわけだ。有名冒険団の世代交代なら、自分の脱退報道も含めてニュースになる筈なのだから。


「分かったッスか。だから部隊長サンが消えてから、リーフとフィズ二人で部隊長(仮)をやってるッス」

「ていうことは、まさか未だクロイツには俺の籍が残ってるってことか」

「残ってるッスよ! 」


 高い椅子で、足をパタパタさせながらリーフは言った。


「そのうち正式な退団届けを出さんといけないのか。団長に顔合わせないとイカンわけかぁ……」


 アロイスがやり辛そうに言う。それに対し、ナナが「あれっ」と反応した。


「あの、アロイスさんて団長さんじゃないんですか? 」

「……ん。ああ、団長は別にいるんだ」

「そうなんですか! 」

「普通は団長兼、部隊長みたいな役割なんだが、ウチは少し違うというか」


 普通、団長は冒険団の管理を行いながら前線で戦う強くある存在である。

 しかしクロイツの場合、団長は既に一線を退いており、冒険団の管理者として籍を置いているだけで、実際にダンジョンに赴く事や大半の仕事は部隊長に任せていた。


「じゃあ、やっぱりアロイスさんが部隊長さんであり、団長だったようなものなんですね」

「そういうこったな。だから俺が団長って呼ばれたりもしてたりはしたよ」


 それでもアロイスは、自分の団長を尊敬していた手前、その度に必ず部隊長と呼ぶように注意していたが。


「ま、取りあえず正式な退団届けを持っていくことにするよ。……というかリーフ、そもそもお前はどうして店の場所が分かったんだ。俺に、部隊長という籍が残ってるっていう話を伝えにきたのか? 」


 アロイスが尋ねると、リーフはすかさず答えた。


「どうやって分かったかっていうと、少し前に悠久王国からアロイスさんの情報について出回ってきたッス。それで、この場所を割り出したッス」


 悠久王国というと、シロき王子の一件だ。あの時ジョアン王が自分の情報について色々調べたようだったし、その際に出回ったに違いない。だとしたら、既に知り合いたちの耳にも自分の情報が入ってるかもしれないが、仕方ない事だと諦める。


「そ、そういうことね。じゃあ、お前がこの店に来た理由は、俺に籍が残ってる話を伝えに来たんだな 」

「違うッス。リーフが店に来た理由は、冒険団を抜け出したから、遊びに来たッス」

「へぇ、そうなのか。…………て、待て。今……何つった? 」


 今、リーフは、何と言った。気のせいでなければ、冒険団を抜け出したとか。


「リーフは冒険団を抜け出したッス」


 気のせいじゃなかったようだ。リーフは、ハッキリ口にした。


「ぬ、抜けただと!? 」

「抜けたッス」

「待て、お前そんなアッサリと! 退団したのか!? 」

「ううん、お休みッス。大丈夫、ちゃんとお休み届けを人事の机の上に乗せてきたッス! 」


【その頃、冒険団クロイツ本部では】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「大変です、フィズ部隊長代理! リーフさんが手紙を残して消えました! 」

「ふ、ふざけるなよリーフの奴。お休み届けって、勝手に……」

「しかも内容は『無期限』てありますよ!? 」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 アロイスは、今頃慌てふためくクロイツ冒険団の事を考えて苦笑した。本当は彼女とフィズの二人で冒険団を支えていって欲しいと願っていたが、リーフに対し自分がどうこう言える立場ではない。なんせ自分も、全く同じことをして冒険団を抜けてきたのだから。


「お、お休みねぇ……」


 自分もあっさり抜けてしまったワケだし、注意するに注意できる立場じゃない。彼女がこうも簡単に抜けてしまったのは自分の所為でもある。


「ま、しゃあないわなぁ……。だけど、どうしてお前が冒険団を休むんだ」


 とはいえリーフが冒険団を休む理由が分からない。

 それを問うとリーフは「フィズに負けたッス」と、しかめた面で面白くなさそうに言った。




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