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ハプニング! 姉妹堂(9)

 

 トロッコ・コースターのように、強烈な重力に引かれ、慣性を受け地面に向かって落下する。ぐんぐん早まる速度、そして迫り来る地面。アロイスは、バリィの頭をそのまま地面に叩きつけようと前面に押し出す。この高度から打ち付けられたら、確実に死んでしまう。


「い、いやだあああああっ!! 」


 バリィの脳内は、恐怖一食に染まった。

 やばいやばいやばいやばい、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ! 死んでしまう!


「死ぬ死ぬ死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! 死ぬっ……! 死っ……!あ゛っ……」


 やがて地面と激突する寸前。バリィは慄きの余り、ついに白目を剥いて失神した。

 アロイスはそれに気づくと、咄嗟にバリィの持ち方を変える。地面に衝突しないよう両腕に抱え直して、柔らかく地面に着地した。完全に意識を失ったバリィをポイッ、その辺に捨てる。手をパンパンと払い「終わったぞー」と、三人の元に近づいた。


「おーっす、終わったぞ。後は警衛隊でも呼んで、連れてって貰おう。だけどこれで3人目となると、益々噂が立ちそうだな……」


 そんな事を言ってると、そこネイルが抱きつき、リリムも駆け寄ってきて本当に嬉しそうに頭を下げて言った。


「有難うございます、アロイスさん。二度も助けて貰うなんて、感謝に堪えません」

「アロイスさん、凄い凄い! お姉ちゃんも救ってくれるし、本当の本当に好きー! 」


 アロイスは「構いませんよ」と笑って流す。

 また、最初はネイルの積極的な態度に複雑な心境を描いていたナナだったが、今回の件に関しては、彼女たちを救ってくれた嬉しさが先行して笑顔だった。

 すると、リリムがアロイスに目いっぱい近づいて、上目遣いで言った。


「アロイスさん。本当の本当に、一度ならず二度までも命を救って頂いて有難うございます。どうか、何か私に出来る事はないでしょうか。感謝の尽くせない私の気持ち、お金でも何でも、私の出来る事なら何でも致します。本気で貴方にお返ししたいんです」


 その台詞にアロイスはドキリとした。……これでも男だ。彼女の潤んだ瞳や魅力的な身体、ふっくらとした唇を前に、脳内が桃色に染まりかける。

 されど今まで苦労してきただろうリリムに対し、願う事は真に一つ。リリムの肩に手を乗せ、それを言った。


「いやいや、リリムさん。これで自由な生活や恋愛が出来ますね」

「……えっ? 」


 求めた回答と異なる言葉に、リリムはポカンとする。そんな彼女を見つめ、アロイスは続けた。


「あんな男に縛られた生活は苦しかったでしょう。けど、これからは普通の生活を楽しんで欲しいというのが俺の願いです。最も、貴方なら素敵な恋がきっと出来ますよ。だけど、強いて言うなら、たまに酒場に来て頂いて、俺の酒を飲んでくれれば嬉しいかなってところです」


 その言葉を聞いたリリム。瞬間、アロイスの顔に太陽の光が射した……ように思えた。彼の優しさは涼やかな風のようで、太陽のように明るく、思わず目が眩んでしまった。


「は、はい……アロイスさん! わ、私……いつも来ます……! 」


 そうリリムは言った。その頬を、火照ったように赤く染めて。


「……あっ、お姉ちゃん! もしかして! 」


 アロイスに抱きついていたネイルが、姉の様子を見て、それに気づいてしまった。


「お姉ちゃん、アロイスさんに惚れたでしょっ!? 」

「ちょっ、ネイル! そ、そんなんじゃ!」


 リリムは慌てて否定しようとした。しかし、否定しようとした口を押さえ、首を横に振り、言い直した。


「……ううん。私ってば嘘はつけないな。アロイスさん。私は、あなたに惚れちゃったみたいです」


 えへっ。天使のような微笑みを見せて言った。


「お、俺に惚れてしまった、ですか……? 」

「はいっ、そのようです♪ 」


 やはり姉妹だった。おっとりした姉も素直というか、実直というか。


「お姉ちゃん、ダメだよ! アロイスさんは私のなんだから! 」

「こら、ネイル。アロイスさんを誰の物だとか、物扱いはしない! 」


 だが、言っても姉は姉として芯は残っているようだ。……と、安心したのも、つかの間。


「で、でも……私のものになったとしたら……それは、とっても嬉しい事かもしれないけど……」


 リリムはモジモジとして、照れたようにアロイスを見つめながら言った。今までの彼女とは違う、ギャップの強さに男心がくすぐられた。すると、そんなリリムを見ていたナナは、カチンコチンに固まってしまっていて。


「……て、あれ。ナナが固まってるよ」


 ネイルが指摘する。

「えっ? 」

 アロイスがナナを見ると、彼女は目を大きく見開いたまま直立不動で硬直していた。


「お、おい! ナナ!? 」

「……はっ! 」


 声をかけられたナナは、我に返って辺りを見回した。


「どうした、何だかボーっとしてたぞ。つか、さっきも固まってたが、大丈夫か」

「い、いえ何でも! 」


 アロイスの知る所ではないが、ナナは、リリムの衝撃的な発言に固まってしまっていた。ネイルやリリムなど、どうやらアロイスは知らず知らず女子を引き寄せてしまうようだ。ナナは、自然な女たらしともいえるアロイスを、ジトーッとした半目で睨んだ。


「ど、どうしてナナは俺を睨むのかな。……ま、まぁとりあえず、俺はバリィを警衛隊に突き出してくるから」


 アロイスは、気絶したバリィを担ぐ。


「店は一旦鍵を閉めよう。ナナは家に戻っておくかい。それとも一緒に来る……」

「一緒にいきます! 」


 ナナは、すかさず答えた。


「そ、そう。ではリリムさんとネイルさん、申し訳ないんですが13時くらいに改めて来て頂けますか。バリィを警衛隊に預けた後の処理もありますし、二人を歓迎するために簡単な料理の仕込みもしておきますから」


 アロイスが言うと、リリムはしおらしく頷き、ネイルも「仕方ないもんね」と、さすがに我がままを言わず頷いてくれた。


「有難うございます」


 礼を言って、店の鍵を閉めた。

 それから四人は、林道を抜ける場所まで一緒に歩いた後、分かれ道で一度離れ、姉妹は町に向かったアロイスとナナの背を見送った。


「はぁ、13時まで長いなぁ。時間まで、家に帰ってる? 」


 ネイルが言うと、リリムは「そうね」と答えた。


「お姉ちゃん、お家に何かアロイスさんにお礼で渡せる、喜ぶような物って無かったかな」

「うーん、確か瓶詰めのマヌカ蜜があったから、それをプレゼントしよっか」

「あ、良いと思う! ついでに、何か他に無いか探そうよ!」


 ネイルは嬉しそうに言った。アロイスらの背中が完全に見えなくなった後、二人は林道から逸れた脇道を歩き出す。


「ところでお姉ちゃん、本当にアロイスさんの事を好きになっちゃったの? 」


 帰路を歩きながらリリムの顔を見て、ネイルは尋ねた。


「うん。あの人とずっと一緒に居たいって思っちゃった。あの人が私の事を好きになってくれたら、もっと嬉しいって思えたの」


 リリムは、自分が彼に感じた気持ちをそのまま言う。


「はぁ、やっぱり本気か。お姉ちゃんて、今まで誰かに面向かって好きだーなんて言った記憶ないし。そもそも、そんなに強気に言える出来るなんて知らなかったもん」


 ネイルは溜息を吐いて、青空を見上げる。


「でもさ、お姉ちゃん。あの店員さんが一番有利だよねー」

「……ナナちゃん? うん、確かにそうだね」


 アロイスは気づかずとも、リリムとネイルはしっかりとナナの微々たる想いにしっかりと気づいていた。ただ、リリムは「だけど」と付け足した。


「ナナちゃん、まだ自分がどうしたら良いのか分かってない感じだったかな。気持ちで揺れ動いてるんだと思う。だからね、それを分かっちゃったから私ってば、あそこで好きですなんて言っちゃった」


 ナナが一番アロイスの近くに居ようとも、自分にもチャンスがあると知ったリリムは、そういう理由で面向かって告白していた。


「えーっ、それじゃナナに宣戦布告したってこと!? 」

「そ、そういうつもりはないけど」

「結果的にそうなってるよ! もー、お姉ちゃんにも、ナナって子にも負けないんだから! 」


 気合を入れたネイルは勢いをつけて走り出す。姉も「あ、待ちなさい! 」と、それを追った。


「いっぱいお店に行って、アロイスさんを私に振り向かせるんだから! 」

「ふふっ、じゃあ私も頑張っちゃおうっかなー」

「お姉ちゃんは頑張らなくていいし! なんか勝てる気しないもん! 」

「じゃあ、余計に頑張らないと♪ 」

「意地悪しないでよぉ! 」


 リリムとネイル。

 騒々しくも、華々しさを持ったハンター姉妹。周りを笑顔にしてくれる二人は、きっと酒場を盛り上げてくれるハズだ。


 ……だけど、ちょっとだけ。


  ナナにとっては、内心複雑なお客様となりそうである。


 ………

 …


【 ハプニング! 姉妹堂 編 終 】



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