ハプニング! 姉妹堂(8)
バリィは驚愕の声を上げた。魔法攻撃を、たかが拳でかき消すなんて。リリムとネイルも、うそっ! と、叫んだ。
「……驚くことじゃない。普通、魔法の相殺は同じ属性の魔法同士で消し合うのが基本だがね、実はちょっとした技術があれば拳でかき消すくらい出来るんだよ。拳に一瞬だけ魔力を込めて叩けば良い。俺は魔法が苦手な類でも、このくらいは出来る」
それを聞いたバリィは、顔を引きつらせた。
「そ、そんな馬鹿な話があるかぁ! 拳に魔力を一点集中させて殴りつけただけで、そんな! 」
「目の前で見ていただろう」
「理屈にかなう話だとしても、そんな技術力があるわけねぇだろぉ! どんなトリック使いやがった! 」
「なら、何度でも見せてやるよ。黒魔石に吸収した、残りの魔法も打ち込んでみろ」
「な、舐めるなァッ! 」
左腕を伸ばしたバリィは、ネイルの真空刃を吸収していた分を一気に射出した。3発分が連なって、アロイスに襲い掛かる。しかし、これを持ってもアロイスは素早い拳撃で全てを弾き飛ばす。
シュウウ……。
弾き飛ばした後、周囲に魔法の残り香である、そよ風が舞うばかりだった。
「……もう、打ち止めか」
拳一つで魔法を防がれるなんて信じられた話じゃない。それでも、言いようの無い事実を前に、バリィは「冗談だろぉ」と、全身を震わせた。
「俺はまだ無傷だぞ、バリィ」
「ど、どうして酒場主人ごときが、そんな戦いが出来るんだぁ! 」
「さぁな。で、お前の次の手はないのか。なら俺が攻撃を仕掛ける番で良いんだな」
アロイスは一歩、また一歩と、ゆらゆら歩き出す。バリィは、目の前の男から発せられる圧倒的な強さをヒシヒシ感じ、額に冷や汗が流れ始めた。
「お姉ちゃん、アロイスさん強過ぎるよ……」
「ええ。本当に何て強さ……」
姉妹は、頼もし過ぎるアロイスの後姿に固唾を呑んだ。だが、傍に立っていたナナは当然といった雰囲気で、ネイルはナナに「アロイスさんて何者なの!」と質問した。
「えへへ、アロイスさんってば凄く強い元冒険者さんですよ。凄く、すっごく強いんです」
アロイスは瞳を鋭く光らせ、ゆっくりと、だが確実にバリィに近づいていく。
「バリィ、往生しろ。痛い目に合いたいか、自ら警衛隊に出頭するかを選べ」
「俺に自首しろというのかぁ! 」
「最後の選択だ。自首しないのなら、俺はお前を殺すつもりでぶっ叩く」
脅迫するが如く、巨大な拳を握り締め、太い腕を少し振り上げた。
「な、何故だぁ! 人の恋路だぞォ、どうして他人のお前が他人の恋に口を出すんだァ! 」
……恋路だと。
信じられない自惚れた台詞に、アロイスの怒りは益々ヒートアップする。
「お前のやっている事は、ただの犯罪だ。手に入らないから殺そうとして、あまつさえ女の顔に傷をつけようとする。同じ男として、そんな最低なヤツを野放しにしておくワケにはいかないだろう! 」
目に見えて、アロイスの気迫が跳ね上がった。バリィは、恐怖の余りガチガチと歯を鳴らす。
(ど、どうしてだぁ。どうしてだよぉ! )
本当の所を言えば、彼と自分を比べた時、正義は向こう側にあると分かっていた。だけど、自分はもう退けない所まで来ているんだ。
「ふ、ふざけ……! ふざけんなぁあああっ!! 」
怒号を飛ばして、バリィは右腕を伸ばした。彼の右手には、左手と同じ黒魔石の手袋が装着されていて、それを見たリリムは叫びを上げた。
「あっ、あれは! 右腕には、私の魔法が! 」
「お姉ちゃんの魔法!? あっ、お姉ちゃんの魔法も吸い取られてたんだ! 」
「そうなの! アロイスさん、私の魔法は……! 」
それを伝える前に、バリィの右腕に吸収されていた魔法が唸りを上げた。眩い輝きと共に、真っ白な光。その刹那で、バチバチバチ! と、激しい稲光が宙を伝って、アロイスを飲み込んだ。
「ああっ! 私の雷が! 」
それは上級魔法である『雷』による魔法攻撃であった。
雷魔法の類は、威力、速度、どれを取っても申し分のない上級魔法である。特に、速度に関しては、発動を分かっていても避けることは至難の業だ。チカッ、と光った一瞬には、全身を雷が包み込み、火傷や麻痺などを引き起こす。耐性を持たない生物は即死すらさせてしまう威力を持つ、まさに最高クラスの魔法なのだ。
「……ぬぐッ! 」
それを、アロイスは正面から諸に食らった。雷撃が肉体を通り過ぎたのは一瞬、しかしガクリ、と膝を付いた。全身からプスプスと煙を上げ、苦痛に歪んだ表情を浮かべる。
「ひ、ひひっ……!さすがに痺れて動けないだろぉ! 今、殺してやる! 」
バリィはナイフを手に取り、動けなくなったアロイスに飛び掛る。
リリムたちは「不味い! 」と、救出に向かおうとするが、バリィがアロイスに近寄った瞬間、アロイスは即座に立ち上がって、ナイフで切りつけられるより早く、その首元を絞め上げた。
「がぁっ!? 」
「……掴まえたぞ、バリィ! 」
アロイスは、先ほどバリィが自身でリリムに働いた暴力と同じ格好で、バリィの首根っこを片腕で掴み持ち上げた。
「ア、アロイスさんが立ち上がった!? 」
「電撃を正面から食らったのに! 」
救出に向かったリリムとネイルは、驚いて足を止めた。
「あー、いやいや。何とも無いわけじゃないですよ」
左手で肩首を軽く揉みながら「コリは取れたかな」と、冗談交じりに言った。
「ゲホッ! ば、馬鹿な……貴様、雷魔法を食らっておいて……! 」
絞められたバリィは、苦しさに満ちた表情を浮かべながら言う。アロイスはフン、と鼻息を鳴らして言った。
「バリィさんよ。お前、リリムさんの性格を忘れたのか」
「せ、性格だとぉ……? 」
「あの人は、優しい性格をしてるだろう」
「知ってるよぉ。だから俺は、あの人が大好きでぇ……」
彼女の話題になると、首を絞められているというのに、バリィは嬉しそうに口を開いた。しかし、その優しさこそが肝だったと知る。
「そう、優しいんだ。だから、お前みたいなヤツに対しても雷の威力を抑えてるって分からなかったか」
バリィは「あぁ……? 」と、目を丸くした。
「それに元々俺は、その辺の雷魔法を食らったくらいじゃ何ともないんでね。ましてや、言葉は悪いが威力の抑えられた雷に倒される程ヤワな鍛え方はしちゃいない」
それでも、少しだけは痛みを感じた。これで威力が相当抑えられている事実、リリム然りネイルも相当な実力者のようだ。さすが、ハンター業を生業にしているだけは在る。
「ぐっ! ば、馬鹿な、雷に耐えるだなんて……! 」
「バリィ、安心しておけ。お前は次に目覚めたら、檻の中だ」
「お、俺をそう簡単に倒せると思っているのかぁ! 」
「最初の殴りで気絶しなかった分、不幸だと思え」
アロイスはバリィを絞め上げた状態で、その場に屈む。脚力を込め、次の一瞬で空高々と飛翔した。
「うおおおっ、な、何て高さ……!! 」
「幾ら頑丈なお前でも、この位置から叩き付けられたら無傷じゃ済まないだろう! 」
「 ち、ちょっとまっ……! 」
「首の骨でも折れて死んでしまったら悪いな! 」
「おま、ちょ、まっ!! 」
バリィは目一杯暴れるが、ガッチリと掴んだアロイスの右手が外れる事はない。やがて、飛翔した頂点からジワリと落下が始まると、バリィは恐怖に歪んだ表情で懇願するよう謝罪した。
「わ、分かったぁ! もう、リリムに付きまとうのは止めるからぁ! 」
しかし、そんな言葉は意味も無い。アロイスは一言だけ答えた。
「もう遅い」と。




