ハプニング! 姉妹堂(7)
(アイツ、避けないのか!? )
風の刃は、直撃すれば無事では済むはずがない。バリィもそれを分かっているハズだ。それでいて回避しようとせず、空いていた左腕を真空刃に向けて伸ばして手のひらを開いただけ。そして一言。
「……無駄なんだよなぁ」
その言葉と同時に、真空の斬撃はバリィを直撃。ズバンッ! と、巨大な音を響かせた。
ネイルは「やった! 」と叫び、アロイスも傷だらけのバリィを想像したが、実際には、彼は笑みを浮かべたまま、全くの無傷であった。
「えっ、うそっ!? 」
「馬鹿な。今のは直撃したはずだぞ」
ネイルとアロイスは目を丸くする。バリィはチッチッチ、と左手の人差し指を振った。
(バリィって男も、ノーモーションで魔法を弾けるくらいの実力があるのか)
相手も、それなりの実力者なのだろうか。
(ん……いや待て、あれは……)
しかしアロイスは気づく。バリィが指を鳴らした手に秘密があった事を。
「アイツが装備しているのは、黒魔石の手袋か! 」
声を上げると、バリィは「良く知ってるねぇ」と、アロイスを指差す。その手には、黒く象られた丸石が付与した真っ黒な手袋を装着していた。
「く、黒魔石って? 」
聞き覚えの無いアイテムだ。ネイルは、アロイスに尋ねた。
「普通、魔石というものは魔力が込められた鉱石だろう。だけど黒魔石は、逆に何のエネルギーも入っていない空っぽの魔石なんだ。だから、好きな魔力を吸収することが出来る。その特性を活かし、ああいう魔法防御に特化した装備を造ることが可能というわけだな……」
バリィは、アロイスの的確な説明に「凄いねぇ」と、称賛を送った。
「君ぃ、酒場の主人にしては中々詳しいねぇ」
「お前は、魔法が得意な二人にいつも負けていた。だから、そんな道具を持ち出したのか」
「うんうん。そういうことだねぇ」
「道具に頼ることは悪いことじゃないが、それが人を殺める為っていうのが気持ちよくない理由だな」
アロイスの台詞に、バリィは「うふふ」と笑う。
「こっちも、リリムちゃんを俺のモノにしたいから必死なんだよねぇ。でもさでもさ、そもそも黒魔石は高すぎて手が出かったから、貧乏だった俺が入手するにはちょっとばかり無茶してさぁ……」
バリィは黒いフードを捲った。そこには、左目を失うほどの大きな傷に、酷く爛れた火傷痕が顔いっぱいに広がっていた。
「ひ、酷い傷じゃないか……! 」
「あれ、バリィの奴、前にあんな傷なんか無かったのに! 」
ネイルの台詞に、バリィはリリムの首をギチリと絞めた。
「げほっ! 」
咳き込む彼女。だが、その苦しさはバリィにとって心地良い快感を呼ぶ声らしく、満ち足りた表情で言う。
「んふふ、この手袋は特に高価な代物でね。俺には買えるモノじゃなかったし、高級な冒険用具店から盗んだんだ。だけどガードマンたちに顔を滅茶苦茶に抉られちゃってさぁ。頭来て、そいつらの一部も治療院送りにしちゃったから、実は指名手配されたんだぁ。もう俺に戻る場所はないし、姉を殺して、そのまま俺も死ぬ決意をしたってわけ」
そう言ってバリィは、右腕でリリムの首を絞め付けたまま、左手で腰のナイフに手を伸ばす。アロイスが不味いと言って駆け出そうとするが、ネイルが先に「止めろォッ! 」叫びを上げ、斬撃を2発、3発と繰り返し放った。しかし、悲しくも彼の手袋の前に全てをかき消されてしまう。
「無駄、無駄無駄。君の攻撃はもう効かないよぉ! 」
「くっ……! そ、それなら! 」
ネイルはバリィに向かって剣を構えながら飛び出した。アロイスが「待て! 」と叫ぶ間もなく、その速度は尋常ではない。一気に間合いに詰め寄った。
「取ったぞ、バリィッ!! 」
命を付け狙う相手に、容赦は要らない。ネイルはバリィの首筋を目掛け、剣を振り入れる。だが、バリィは寸前のところで肘に装着していたプロテクターを用いて剣撃を防御した。更に、その反動の隙を突いてネイル剣を蹴り飛ばす。
「あくっ! け、剣がっ! 」
「危ない危ない……! 」
武器を失ったネイル。バリィは、左手でネイルの顔面を握り潰す勢いで掴み掛かった。
「つーかまーえたぁ」
「うぐっ!? は、放せ! 」
「やーだよ。それと妹さん、黒魔石が魔法を吸収するという事は、どういう意味か分かるかなぁ〜」
魔石とは、魔力を帯びた結晶である。当然、吸い取る事が出来るのならば、逆も可能なわけだ。
「その可愛くて綺麗な顔。自らの魔法でズタズタにされると良いよぉ」
先ほど、ネイルが放った風魔法。吸収した左手袋の黒魔石から射出しようとした。淡く輝く黒魔石、彼女の顔を目掛けて嵐が吹く。
「く、くそぉっ! こ、こんなことって! やめっ……! 」
ネイルは「いやだぁ! 」と悲鳴を上げた。リリムとネイルは、もう駄目なのかと諦めかける。
……だが、しかし。当然この場所は、アロイスの庭であるから。
「お前、いい加減にしておけよ」
いつの間にか、アロイスはバリィの背後に立っていた。風魔法の射出の寸前、バリィの顔面に向かって一発、その太い腕を振り抜いた。
バキャンッ!!
凄まじい衝撃音。あまりの威力にバリィは思わず掴んでいた二人から手を放す。そして、そのままの勢いで向こう側の大木に強く背を打ち付け、ガクリと項垂れた。
「大丈夫か、二人とも! 」
ようやく解放された姉妹に手を貸して、立ち上がらせる。二人とも若干フラついていたが、どうやら怪我はないらしく、一安心する。
「ゲホゲホッ! ア、アロイスさん有難うございます。助かりました……」
「今のは、さすがにダメかと思っちゃった。有難うアロイスさ-ん……」
苦しさや悔しさで涙を浮かべる二人。アロイスは「ああ」と言うと、何故か店の前に立ち尽くしていたナナを此方に呼んだ。
「ナナ、こっちに来てくれ! 」
「は、はい! 」
ナナは、急いでアロイスのもとに駆け寄る。
「一人でいるより、ここで三人で固まっててくれたほうが守り易いんだ」
「えっ? あの男の人は、アロイスさんが殴って倒したんじゃ……」
「いや、まだ終わってないようだ」
力加減をしたとはいえ、充分に気絶する威力を込めたつもりだ。それでいても、あの男は吹き飛ばされた樹木の麓で、それを背にゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「アイツは心底、最低な奴だと分かった……」
アロイスの額には少しばかり血管が浮き立ち、怒りを露わにしていた。
「リリムさん。あの男は同じ男として色々と許せない。潰して良いですか」
「潰すって、まさか……。そんなこと、貴方の手を汚させるわけには! 」
「いや、殺したりはしません。気絶でもさせて、警衛隊に突き出しますよ」
そう言ってる間にバリィは立ち上がる。とはいえ、殴られたダメージは大きく、切った口元から血を滲ませ、少し足元がフラつかせていた。だがバリィは、それでも未だ戦う姿勢を見せた。
「い、いってぇよぉ……。足がふらつくしよぉ。よ、良くもやったな、店主風情がぁ……」
バリィは、その場で左腕を伸ばし、掌を拡げた。
「クソ店主がぁ、切り刻まれろォ! 」
黒魔石の吸い取られていたネイルの風魔法が、アロイスを目掛けて射出される。
ゴッ……、ゴオォッ!!
激しい嵐の風音を巻き上げ、地面を裂いて突撃してくる真空刃。
だが、アロイスは余裕綽々といった表情で、その場で両足を軽く開いて姿勢を低くした。右手の拳を握り締め、腰をゆっくりと右側に軽く回して鎌えを取った。
「さぁーて、と」
そして、真空刃が手前に迫った寸前。アロイスは、構えた拳を「おらぁっ! 」と、真空刃に対して殴りつけた。すると、真空刃はパンッ! 、激しい炸裂音をあげ、そこを境に真っ二つに割れた。アロイスの立ち位置からV字を描き、奥の木々を切り裂いた。
「……な、何だとぉっ!? 」




