6.地の底に眠るもの
「少し見づらいが、下のほうに鉄の梯子が打ち付けられてるな。底が見えない分ちょっと深そうだが……」
穴を覗いたアロイスは、そう言って、とんでもない行動に出る。
サっと下半身を穴に落とし、足先で探した梯子に体重を乗せて、降りられるかどうかを確認し始めた。
「えっ、えっ! もしかして入る気ですか!?」
ナナは驚いて叫んだ。
「今の家に無いなら、特別な何かが出て来るかもしれん。もし水が溜まってたりしたら吸い出さないといけないし、調べないといかんよ」
「普通は準備とかして入るものですよ、危ないですよ!」
「大丈夫大丈夫。たかが民家の地下室だし大層なもんは出てきやせんよ。ちょっくら見てくるわ」
アロイスは体を捻り、正方形の穴へ完全に身を落として梯子を降り始める。先の見えない暗闇の梯子を、一歩ずつ確実に、足場を確認しながらカンカンと地下深く、潜っていった。
(んー、随分と日の当たりが悪い。出入り口付近は木造だったけど、途中から焼いた粘土……赤土の壁になってるっぽいな。これは赤レンガの類か)
梯子から片手を離して壁に触れると、ひんやりとした感触が指先を伝う。しかし、カラカラに乾いている。
(レンガに冷気は帯びているが、水気はない。裏に吸水用のワラでも敷き詰めてあるのか。かなり乾燥しているな)
どうやら予想以上に手間が掛かった造りをしている地下室のようだ。一体、この下に何があるというのか。
すると、そうこう考えながら降りているうち、その左足が地面に着地した感触があった。
「……っと、一番下に着いたか」
足下に水を踏んだ気配はない。感触から察する限り、床も恐らく壁と同じレンガ造りだ。
「しかし視界が暗くて何も見えないな。ナナーッ、俺が見えるかぁ! 」
入ってきた場所を見上げると、30メートルくらい先に僅かばかりの正方形の明かり。そこから心配そうに此方を見つめるナナの姿が小さく見えた。
「暗すぎて全然見えないです!」
「分かった! 少しそこで待っててくれ、一番下には着いたんだが横幅あるみたいでな! 見てみる! 」
アロイスは大声でナナに話しかけるが、それで在ることに気づく。
(む、この地下室は声が少し遠くに消えて反射している。てことは、それなりに広いってことだ。この地下室は何のために在るんだ? 水気が無いってことは、地下水の汲み上げや下水に使われているわけでも無さそうだし……。調べ甲斐があるぞこれは)
冒険心が疼くアロイスは、暗闇の中を探索しようと一歩踏み出す。
だが刹那、梯子の直ぐ側に上下稼働式のレバーがあることに気がついた。
「おや、スイッチングレバーだ……」
まさに『引いて下さい』と言わんばかりのレバー。
普通なら十分に模索してから引きそうなものだが、アロイスは怖いもの知らずというか、何も考えていないというか、有無も言わず、そーれ! と、上から下に落としてしまった。
「……おっ!? 」
すると、それと同時に。
ガンガンガンガンガン!
レンガの裏側で何かが作動している仕掛け音が響いた。
アロイスが「なんだなんだ」と辺りを見渡すうち、ボッ! という音と共に、地下室の天井に張り付いていた巨大な魔石造りの結晶ランプが周囲を明るく照らした。
「うおっ、眩し! なぁるほど、レバーは光源確保用の仕掛けだったか」
地の闇を照らす魔石を利用した、光源ライト。珍しい仕掛けではない。しかし、このライトを見て気づいたことがある。
「おいおい、こりゃあ高質ライトじゃないの」
そう、天井から眩く照らすのは、純度の高い魔石を利用した『高質ライト』だった。
魔石には、魔石同士を衝突させると魔力を放ち発光する性質がある。
それを利用した光源、すなわち『明かり』は生活の糧として必需品だ。その中において、高質ライトは特に純度の高い魔石を利用しているため、低燃焼という特徴を持ち、長期間変わらない光を維持することが出来た。
(うーむ、高質ライトは通常の魔石ライトと比べて遥かに高額なんだよなぁ……)
通常のライトと比較して、10倍以上の購入費用が必要となる高質ライト。
さて、完璧な吸水性の壁に加えてこの高質な地下設備、下手をすれば民家を造るより施設費用が掛かってしまう。いよいよもって、民家の地下設備としては大袈裟になってきたと感じた。
「一体、この地下に何があるってんだか」
俄然この民家の秘密に興味が出てきたアロイスだったが、実はその秘密の答えは、天井を見上げていた視線を下に落とした時、あっさりと目の前に転がっていた。
「……あっ? 」
アロイスはそれを見た瞬間、ああっ! 納得して、叫んだ。
「ははーん、なるほどなぁ……」
アロイスの前に現れたものは、この場所に在って相応しいものだった。
「そういうことねぇ。この地下室は『酒』の為に造ったってわけだったのか」
アロイスの目の前に広がっていた光景は、大量の巨大な酒樽、棚に仕舞われた様々なラベルの酒瓶だった。日の当たらない地下室という場所や、湿気を取り除くレンガの積み方、酒好きなら一財産投じるほどの施設、十分に納得出来た。
「そういうことだったか。これだけの設備に合点がいったぞ」
酒の保管庫としては、まさに完璧な建築物。
アロイスは唸りながら、酒に囲まれた道を闊歩した。
「なんつう酒ばっかだりだよ、こりゃ……」
施設設備と保存されていた酒の量にも驚いたが、何よりその酒の質にも感嘆せざる得なかった。これだけの保存施設を保持している管理者ならば、相応の酒を積むに決まっているとはいえ……。
「安いのから、高額品までほっとんど揃ってやがる。世界各国の有名なモンばっかじゃねえか。ヴィンテージ品だけじゃなく、オーソドックスな終売品とかレアなもんまで……」
知る人ぞ知る宝の山。
つまり、この酒の持ち主は相当に酒に精通していたということだろう。
感動すら覚える酒の山だが、ただ、気になる点が一つだけあった。
(だけどナナはこの地下室の存在は知らなかったようなんだよな。あの婆ちゃんが知ってたら、廃屋なんかに残しとくわけないよなぁ……)
そうなると、この保管庫は身内の知らない所で造られた事になる。一体この酒々は誰が集めたものなんだろうか。
(うーむ。俺があれこれ考えてもしゃあない。まずは関係者に話を訊くべきか)
一旦アロイスは梯子の場所に戻り、一気に気合を入れて駆け上がった。
かんかんかん、だだだだだっ!
激しい音を立て梯子を昇り切る。
そして地上でアロイスを待ちながらキッチンを片付けていたナナの目の前で、勢いよく飛び上がったものだから、彼女は、きゃあっ!? と腰を抜かしてしまった。
「きゃっ! ア、アロイスさん!? 」
「あら、驚かせてゴメンよ。実は地下室で面白いモン見つけて興奮しちゃったもんでさ」
「ち、地下室に何かあったんですか? 」
「あったどころじゃないぞ。その前にナナに質問だ。身内に相当な酒好きだった人とかいないか」
尋ねると、ナナは「えっ」と驚いて反応した。
「お酒はお父さんが物凄く好きでしたけど……。ど、どうしてですか……」
「なるほど。それなら可能性はあるな」
「えっと、地下に何があったんでしょうか」
「今訊いた通り、酒だ」
「お酒ですか……? もしかして、お父さんのお酒でしょうか」
ナナは胸に手を当てて、神妙な面持ちで言った。
「それも分からいから、取り敢えず地下室に降りてみて、見てほしい。どうだ、梯子は降りれるかな」
「あ、はい。ちょっと待ってください……」
ナナは地下室への出入り口を覗いてみる。先ほどと違い明かりで照らされていたが、その分、深さが良く分かって逆に恐怖を覚えた。
ナナは「た、高い」と震えるも、すぐに気張って「行きます」と言った。
「大丈夫か。無理するなよ」
「正直怖いです。でも、地下にお酒があったんですよね」
「ああ。俺も驚くくらい、かなりの量と質のモノばっかり並んでいた」
「……だったら行きます。お父さんのものだったら、絶対に自分の目で見たいです」
「分かった。降りるのは怖いだろうが、俺はナナが絶対に怪我をしないようにするから安心してくれ」
そう言うとアロイスは先に梯子に降りて、4,5歩ほど進んだ所に両つま先を梯子の両端に引っ掛けて体を支えると、両腕を離して目一杯に拡げた。
「万が一があっても俺が支えてやる。安心して降りろ。むしろ、俺に抱きしめられるつもりで来い。……なんてな」
両腕を広げたアロイスは、まるで巨大な壁、床のようだった。アロイスの優しい表情も相まって、恐怖感が和らぐ。
少しでも安心出来たナナは、
「はい、頑張ります!」
と一言放ち、ゆっくりと梯子を降り始めた。
(ゆっくり、ゆっくり……)
ゆっくり、だけど確実に。一歩、一歩と降りた。
やがてナナが何とか梯子を降り終えるて振り返ると、そこには、輝く酒瓶と酒樽が向こう側まで広がっていた。ナナは思わず目を丸くする。
「こ、これが全部お酒なんですか……!?」