ハプニング! 姉妹堂(6)
「はぁ……はぁ……」
そこに立っていた男は、異様な雰囲気に包まれていた。アロイスは無論、ナナですら、彼が普通ではないと直感した。
(こいつは客……じゃない。穏やかじゃ無さそうな相手だな……)
漆黒に包まれた男は、ナイフと長剣を腰の鞘に挿している。見た目こそ冒険者だが、しかし。その類にしては妙に血生臭いというか、何者かに向けられた殺意に似た何かを感じた。今すぐにでも、ここでも暴れだしそうな気配があった。
「……えーっと、お客さんかな。申し訳ないけど、まだ開店準備中で……」
アロイスは、出来るだけ彼を落ち着かせるよう宥める風に話しかけてみる。だが、それを遮り、リリムが「私のお客さんです」と立ち上がった。
「彼がリリムさんの客……? 」
「はい。まさか、こんな時間にココまで追いかけてくるとは思いませんでした」
「知り合いですか」
「そのようなものです。直ぐ用事は済ませてきますので、待ってて頂けますか」
リリムは玄関を指差し、漆黒の男に外へ出てくよう促した。すると男は意外にも素直で、それに従い、リリムと共に外へ出て行った。 突然の出来事にアロイスとナナは唖然としてしまう。一方、姉を見送ったネイルは大きな溜息を吐いて、面倒臭そうに言った。
「アロイスさん、あの黒い男はバリィっての。お姉ちゃんの追っかけしてて、凄く気持ち悪い人なんだ」
「……追っかけって、リリムさんのファンみたいなもんか? 」
アロイスが訊くと、ネイルは、
「かなり過激なファンだよ」
と、テーブルの上に両手を拡げてベタリと顎を乗せ、ダルそうに答えた。
「過激なファンか」
「うん。最初こそ普通に告白して来てたんだけど、姉さんが断るうちに考え方が歪んじゃって」
「どういうことだ? 」
「手に入らないなら、殺すーってさ」
「な、何? 」
驚いたアロイスは、ナナと共にキッチンから飛び出し、ネイルの両隣に腰を下ろして詳しい話を聞く。
「アイツがリリムさんを殺そうとしてるってのか」
「うん。歪んだ愛情っていうのかな。だけど、お姉ちゃんは毎回アイツを倒してるんだ」
「そんな訳分かんないの相手にしてリリムさんは大丈夫なのか? 」
「いつも一発で気絶させてるから大丈夫。でもね、バリィってば最悪なの……」
ネイルは姉が大丈夫だと信じていても、やや不安げな表情で話を続けた。
「ほら、うちのお姉ちゃんて、ああいう性格でしょ。お店とか他人に迷惑掛けたくないの分かってて、そのタイミングでバリィも仕掛けてくるから、嫌でも戦わなくちゃいけないの。それに、お姉ちゃんてば優しいから、本当は再起不能にするくらいボコボコにすればいいのに、バリィを少し気絶させただけで許しちゃう。あの男は自分が殺されないのも分かってて何度も挑んでくるし。本当に最低な男! 」
自分で言ってるうち、あの男に怒りが湧いたのか、地団駄を踏んで木造の床をギチギチと軋ませる。話の限り、バリィという男はリリムの優しさにつけ込み、本当に根本的な考えから歪んだ最低の男のようだ。
「ネイル、本当に姉さんは本当に大丈夫なのか? 一応、俺は様子を見に行くぞ」
「ううん全然心配ないよ! いつもみたく直ぐにアイツをぶっ飛ばして戻ってくると思う」
「……そうか。それなら良いんだが」
アロイスは、何か言い知れぬ一抹の不安があったが、妹であるネイルが問題ないというのなら大丈夫なのだろう。しかし、それにしてもバリィがこの店に訪れた時から、ヒシヒシと感じる寒気が全身を包んでいた。
(あまり宜しくない雰囲気なのだが、でもなぁ……)
きっと過ぎた考えなんだろうと、思っていた。
……ところが、次の瞬間。
ドゴオォンッ!!!
何かが炸裂する音が、店を揺らした。
続いて、悲痛にも似た叫び声が響いたが、その声は。
「きゃああっ! 」
間違いなく、リリムのものだった。アロイス以下、三人は顔を見合わせる。
「今の声、リリムさんじゃないのか!? 」
「うん、お姉ちゃんの声だった! 」
「何かあったんですよ! 外に出てみましょう! 」
三人は急いで玄関の扉を開き、外に出る。すると、そこで信じがたい光景が三人の目に飛び込んだ。
「お……、お姉ちゃんっ!? 」
酒場前の拡がった土地の中心で、バリィの右腕に首を掴まれ、絞め上げられる姉の姿。苦しそうな表情を浮かべる姉を見て、深くフードを被ったバリィは顔は見えずとも、薄っすらと見える口元が不敵に笑みを浮かべていた。
「バ、バリィ! 」
ネイルが叫ぶ。
「あーん……妹さんかぁ……」
バリィは妹を見て、とても低い声色でねっとりとした言い方をする。
「お姉ちゃんを放せ! どうしてお前がお姉ちゃんを、そんな! 」
姉が、バリィなんかに負ける筈ないのに。
「ははぁ、そこで姉が殺されるのを見てなぁ……」
バリィは右腕に力を込める。リリムは、かはっ……、と苦しそうに両手でバリィの腕を剥がそうとするが、力勝負ではバリィに軍配が上がっているようだ。
「お、お姉ちゃん! ……バリィ、お姉ちゃんを離せぇっ!!! 」
甚振られるリリムを見たネイルは激昂した。
すかさず剣を抜き、バリィ目掛け剣を振り払う。刹那、振り払った刃で生まれた風は、真空の刃となって暴風を起こした。地面を裂きながら一直線に伸びてバリィに襲い掛かる。
(おあっ、魔法剣士の類か。だけどノーモーションで剣気として真空の刃を射出するとは……! )
アロイスは、垣間見た妹の実力に驚きを隠せない。
基本的に『魔法』は、大気に眠る魔力を具現化する段階で、『詠唱』と呼ばれる発動に必要な呪文の類を読み上げたり、一連の動作が必要になる。だがネイルは、無詠唱かつ無モーションで、剣を振り払っただけで魔法を使用した。特に高度な技術を要し、見たところ威力も申し分ない。
「フッ。相変わらず技術だけは一丁前だなぁ……」
しかしバリィは、不適い笑みを浮かべたばかりで、それを避けようとはしなかった。




