ハプニング! 姉妹堂(5)
「やはり、リリムさんでしたか 」
店の前に立っていた二人は、美人姉妹ネイルとリリム。名前を呼ばれたリリムは、両手を叩いて喜んだ。
「はい、リリムです。覚えて頂いて嬉しいです♪ 」
「そりゃ二人とも覚えてますけど……て、ちょっと待てネイル! 」
姉と会話を交わす傍ら、ネイルはグリグリとアロイスに全身を押し付けて、より一層なスキンシップを仕掛けてきた。
「こらこらこら、くっ付き過ぎだって、そこはダメだ、たんまたんま! 」
「……あっ、ネイル! アロイスさんが困ってるでしょ、離れなさい! 」
リリムは抱きついたネイルを無理やり引き剥がす。
ネイルは「やーん」と、両手をばたばたと動かした。
「ネイル、どうしてそんな事ばっかりするの! しつけが出来てなくてゴメンなさい、アロイスさん……」
「ハハ……いや……」
正直な話でいえば、可愛い子に抱きつかれて嫌だと思う男は早々いないと思う。……ただ、今は、隣に居るナナが、積極的過ぎるネイルを見て目を開いたままカチンコチンに凍りついてしまっていて。
「ナ、ナナー……」
アロイスが名前を呼び、彼女の前で手をひらひらさせた。
「……はっ! 」
掛け声で我に返る。い、一体何がどうなってるんですか、とキョロキョロ辺りを見回した。
「スマン、話についていけなかったな。今、紹介するよ」
「は、はい」
「料理研究をしながら説明しようと思ってたんだけど、実はさ……」
昨晩ダンジョンに向かう際、出会った彼女たちと何があったか説明した。助けるために戦ったことや、彼女らの名前、仕事についてなどなど。
すると説明を受けたナナは、
「そうだったんですか」
一言呟いてネイル、リリムの二人に近づいて軽く挨拶を交わした。
「初めまして。私はナナ・ネーブルと言います。アロイスさんのお手伝いをしています」
「ナナっていうんだ。私はネイル・スカーレットだよ。よろしくね! 」
「私はリリム・スカーレットと申します。よろしくお願いいたします」
ナナとリリムは互いに頭を下げ、ネイルだけぴょん、と跳ねて片手を上げて挨拶した。
「うむ、挨拶も交わしたし、改めて。リリムさん達は酒場に飲みに来て下さったんですか」
「そうなんですけど、こんな朝早くからやってないと妹に説明しても……」
困ったようにネイルを見つめる。
ネイルは、
「朝からご飯屋みたいにやってると思ったんだもん」
と、悲しそうに言った。
「ははは、そういうことか。でも開店は17時からなんだ、ゴメンよ」
「そうですよね。すみません。一度時間を置いて、改めて来店します」
リリムはネイルの襟を掴み、
「帰るよ」
と、留まろうとするネイルを無理やり引きずって帰路につく。
「うぅ……。分かった、一旦帰るから引っ張らないでー……」
「夜にまた来れば良いでしょ。元気出しなさい」
姉に引っ張られて、妹と二人、林道に消えていく。しかし、その様子を見たナナはアロイスの肩をちょんっ、と突いて言った。
「アロイスさん、折角来て貰ったんですから、少しだけお相手しても……」
「彼女らが留まったら、午前中は潰れちゃうかもしれないぞ。良いのか? 」
「このお店で飲みたいってお客さんが居るのなら、拒むことは出来ないですよ」
「……そうか。ま、実は俺もそんな事は思ってたよ」
アロイスは両手を勢い良くパンッ! と、叩く。そして、去り行く二人に元に掛け寄って声をかけた。
「宜しいですか二人とも。酒場を臨時開店します。朝酒ですけど、飲んでいって下さい」
「い、いえ。ご迷惑ですし、そんな……」
リリムは断ろうとしたが、アロイスは大丈夫です、と頷く。
「良いんですよ。仕込みもしてないので簡単な料理しか出せませんが」
「そんな、朝早くからご迷惑極まりないです。夜に出直します」
「折角のお客さんを無下には出来ません。是非、寄ってって下さい」
アロイスはリリムを説得した。既に乗り気だった妹もいたし、アロイスがここまで誘ってくれるなら断るのも逆に失礼だろうと、リリムは、少し考えた後でついに折れた。
「うーん……本当に宜しいんですか? 」
「どうぞどうぞ。さ、直ぐにお店を開きますから」
アロイスは、ようやく頷いた彼女らを連れて、酒場の玄関を開いて店内に入った。姉妹は落ち着いた酒場の雰囲気に「わぁ」と辺りを見渡しながら、カウンター席に腰を下ろす。
アロイスとナナの二人はキッチンサイドに入り、下の棚から、黒と、桃色のエプロンをそれぞれ取り出し、アロイスは黒、ナナは桃色エプロンを身につけた。
「きゃー、アロイスさん格好良いー! 」
アロイスのバリッと決めた格好を見て、ネイルは身を乗り出して叫んだ。それを見たナナは、先ほどから彼女の態度で気になっていた事について、少し訊いてみた。
「ネイルさんて、アロイスさんの事をお気に入りなんですか? 」
それを聞いたネイルは間髪入れずに「うんっ」と、元気良く頷いた。
「一目惚れしちゃった。最初は無謀なゴツいお兄さんだけだと思ったら、凄く強くて! 」
「ひ、一目惚れってことは、好きになったって事……ですか」
「運命的な出会い方だったもん。アロイスさんと私は運命で結ばれてるのかもーって」
ネイルは胸の前で両手を合わせ、何か祈るようなポーズで目を輝かせた。どうやら彼女は本気で一目惚れをしたらしい。
(そんな積極的に……)
何て積極的な娘なんだろうか、ナナは思った。
ネイルという子は、元々誰かしらに惚れやすい性格をしているのかもしれない。けど、それにしても大胆が過ぎる。それに、同じ女子から見ても顔が可愛いし。もしかしたら、アロイスさんも満更じゃないかもしれないと不安が過ぎるが、アロイスは彼女に対し否定的だった。
「気持ちだけ受け取っておくよ。君には俺なんかよりもっと良い男が居るさ」
「えー。私はアロイスさんの事を好きなのに。そう言われても、諦めないけど! 」
ネイルは、ジーッ、とアロイスを睨みながら言った。
「諦めないか。ハハ、そこまで俺を好きになってくれるのは嬉しいけどね」
「だったら付き合って下さい。私、こう見えても家事洗濯出来るし、尽くすタイプなんですっ! 」
「そしたら余計に俺より良い男のほうがオススメだよ」
「上手く逸らかさないでよぉ…… 」
諦めずトライし続けるネイルだが、何にせよアロイスにその気は無いらしい。二人のやり取りに、ナナはホッと胸をなでおろした。
(……あれ? )
しかし、その安心感が妙な気持ちを湧き上がらせた。どうして私は安心しちゃったんだろう、と。
(別に、アロイスさんが誰と付き合っても関係無いのになぁ)
そう思った瞬間、どうにも言い様がない気持ちが溢れそうになった。ナナは片手を胸に当てがって、少し高鳴る心臓と溢れる気持ちを抑えつける。
アロイスは、苦しそうな格好をしているナナに気づき、声をかけた。
「どうした。何か苦しそうだな。朝から仕事はやっぱりキツイかな? 」
「……あっ、いえ! な、何でもないです! 本当に!」
話しかけられた事に驚いて、慌てて首をブンブンと横に振った。
「そ、そうか。それなら良いんだが……」
「本当に大丈夫です。気にしなくて大丈夫です、本当にっ! 」
「お、おう……? 」
やっぱり様子がおかしい。体調が悪いのかと心配してしまうが、本人が気にしないでくれというのなら、そうしておこう。
「まぁ、それじゃあ……お二人さん。何か飲みたいお酒はあるか、注文を賜りますよ」
アロイスは、改めてカウンター席に座った二人に注文を訊いた。
甘い酒か、辛い酒か、飲み易い酒か、強い酒か。
二人は「うーん」と、考え込む。
……だが、二人が各々の酒を注文しようとした瞬間。
バァンッ!
突如、店の扉が弾き飛ばされたんじゃないかと思うくらい激しい音を立てて開かれた。
「ん……? 」
「きゃあっ!? 」
「何事ですか! 」
「何、今の音! 」
四人はそれぞれ声を上げ、咄嗟に玄関に目を向ける。そこには、漆黒色のフードを深く被った男が一人、息を荒げて立っていた。




