ハプニング! 姉妹堂(4)
「た、ただいまー……」
一応、小声で忍び足、こっそりと帰ってみる。でも、意味はないことくらい分かってる。彼女たちに心配をかけたくなかったが、やっぱり既に彼女たちは起きていて、居間に戻ったアロイスを見て声をかけた。
「お帰りなさい……て、何処に行ってたんですか? 」
一瞬、ナナの顔を見て、「マラソンしてきただけ」とか嘘を吐きたくもなった。だけど、そんな事は絶対にしちゃいけない。素直にそれを伝えた。
「ちょっと……ダンジョン往復をしてきたんだ」
「ダ、ダンジョンですか!? 」
ナナは飲んでいたコーヒーを噴き出した。
「岩塩を採りにね。寝る前に明日のストックがないこと思い出して、朝方にちょっと……」
「ちょっとって、ダンジョンはそんな軽く行くものじゃないですよね! 」
「ま、まぁ採ってこれたし、俺は慣れたものだから大丈夫だから……」
「それなら良いんですけど……。怪我とかはしてないですよね? 」
「うむ。バッチリ元気だ」
アロイスは用意されていた朝食の席で腰を下ろして、頂きます、と両手を合わせる。それに対してナナは、アロイスを見つめ、若干怒ったように言った。
「出来たら、ダンジョン行くなら一言欲しかったです。朝起きたらいないし、心配したんですよ」
やはり、心配をかけてしまった。今まで朝起きて自分が居なかった事は無かったし、いつものように居間で寝ている筈の自分の姿が無かったのなら、驚くに決まってる。
「すまん。心配を掛けさせない為に言わなかったんだけど、逆に心配させてしまったな」
「次からは、一言でもお願いします……」
「留意するよ。次からは絶対に言う。約束する。だから、今回は許してくれるかな」
アロイスは反省の目色を利かせ真摯な面持ちを見せる。その深く反省した姿を見て、ナナは言った。
「べ、別に怒ってるワケじゃありません。心配してただけで……。次から言ってくれれば、気をつけてくれれば、それで良いです! 」
そう言って立ち上がり、食べ終えた自分の食器を流し台に運ぶ。すると、二人のやり取りを見ていた祖母が一言ばかり、いやらしく笑いながら言った。
「うっふっふ。朝帰りに怒鳴る嫁と、謝る夫。二人とも何だか新婚夫婦みたいだねぇ」
……ガチャン! ガチャガチャ、バリンッ!
キッチンからけたたましい食器の崩れる音が響き、ナナはキッチンから顔を出して怒鳴った。
「へ、変なこと言わないでよ、おばーちゃんっ!! 」
「図星かい」
「そんなんじゃないからっ! 」
朝から賑やかな声を聞きながら、アロイスは笑い朝食を嗜む。何だかんだ言っても、心配してくれる人が居てくれるというのは、とても嬉しいことだと思う。
「……と、アロイスさんに話す事があったんさね」
ふと、祖母がアロイスに話しかけた。
「はい、どうしました? 」
「別に畏まった話とかじゃなくてね、今日は畑仕事は休みだって事だよ」
「あら、そうなんですか」
「昨日までで大方の雑草は掃除したし、今日はお休みさね」
「分かりました。だけど、そうなると午前中は暇になったわけですね……」
なら、もう一度ダンジョンにでも潜りに行っても良いかもしれない。それとも酒場で開店の準備を進めようか。自由になった時間に何をすべきか考えていると、ナナがキッチンから顔を覗かせて言った。
「あのー、アロイスさん。午前中お暇なら、酒場で料理研究とかしたいなって…… 」
「お、料理研究か。そういや最近はしてなかったな」
「はい。そろそろレパートリーも増やしませんかーっていう提案です」
少し前にヘンドラーから大量の食材も届いたばかりだし、丁度良いかもしれない。
「うん。じゃあ午前中は料理研究するか」
「やった♪ それじゃ、片付けとかさっさと終わらせて、準備しちゃいますね」
「おいおい。まだ朝7時にもなってないから、ゆっくりで良いのでは」
「……あ、そうでした。すみません、張り切っちゃって。ゆっくり着替えとかしてきます」
そう言ってナナは別室に消えていった。彼女の様子から、怒りはどうにか収まったようだ。また、彼女がやる気を見せてくれるのは嬉しい事だな、とか、コーヒーを飲みながら呟いたりする。それに対して、祖母も口を開いた。
「ふふっ。最近のナナってば本当に楽しそうで、嬉しそうにしてるさね」
「そうですね。ナナはいつも頑張ってくれていて、とても助かってますよ」
「それは私にとっても嬉しい話だね。迷惑とかは掛けてないかい」
「とんでもないです。むしろ自分がナナに心配掛けたりして、どっちが大人か分かったものじゃありません」
「あっはっは。そう言えるのが大人だよ。あの子はまだまだ子供さね。これからも宜しくさね」
祖母はナナが楽しそうにしている日々を見るのが、自分の楽しみでもあった。
「これからも宜しく、というのは俺の台詞でもあります。これからも宜しくお願いしますよ」
「うんうん、よろしく頼むよ」
アロイスは「勿論です」と言って、残っていたコーヒーの飲み干す。食べ終えた食器を流し台に運ぶと、大きく背伸びしながら、窓際に寄った。
「うーん、今日も良い天気になりそうだ」
青々とした空を臨み、何て気持ちが良い朝だろう。
「……そうだ、俺も家事を手伝うか」
アロイスは、少ししてナナが戻ってきた後、畑仕事が無くなった分、洗濯や掃除といった、家事の手伝いを行った。やがて、午前8時を過ぎた頃。あっという間に家事を終えた二人は早速、酒場へと赴く。
……しかし、アロイスとナナが酒場に着いた時のこと。
アロイスにとっては顔見知り、ナナにとっては見知らぬ女性二人が、鍵の掛かった店の玄関前で立ち尽くしていた。
「あれっ? こんな時間なのに、もう誰かお店の前に居ますよ」
ナナが疑問を浮かべる。
その隣でアロイスは「あの後ろ姿は」と、見覚えのある、濃い桃色の髪に目をパチクリさせた。
「知り合いですか? 」
「ううむ、知り合いというか……」
恐らく後姿から考えても、昨晩に会った二人だろう。彼女らに声をかける前に、ナナに夜の出来事を簡単に説明しようとするが、その前に二人は此方に気づき、一人がアロイスに向かって突進した。
「きゃーっ、アロイスさーんっ! 」
「うおっ、ネイル! 」
アロイスの胸に飛び込んだのは桃色ショートヘアの元気っ娘、ネイル。つまり、店の前に立っていたもう一人も、予想は尽くが誰だか分かってしまう。
「す、すみません。絶対に朝から店は開いてないと説明したんですが……」
振り向いた彼女はネイルの姉、リリムだった。




