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ハプニング! 姉妹堂(1)

 【2080年6月20日。】

 その日、深夜と呼ぶべきか、早朝と呼ぶべきか。曖昧な時刻である午前3時。アロイスは一人、大剣を持って西の森を走っていた。


(ナナたちが起きる前に、さっさと岩塩採ってこねーと……)


 ダンジョン『魔窟壕』深部に在る、天然岩塩。

 あの岩塩は予想以上に美味なもので、客受けが良く、ポケット一つで採掘した所であっという間に品切れとなってしまったのだ。


(この森を道なりに突っ切れば、魔窟壕には近いからな)


 アロイスが走っているのは、カントリータウンから西側の深い森林の中。それは、地元の人間でも滅多に近づかない広大で鬱蒼とする『迷いの森』と称される樹の海で、昼間ですら冒険者が命を落とす可能性のある大森林。そんな森を魔獣らが彷徨く深夜に侵入するなんて、自殺願望という他はない筈……なのだが。 


(今日は気持ちの良い夜だ。走ることが気持ち良いね、ふんふーん)


 鼻歌混じりに余裕を見せる、この男。そんな常識、通用するはずがない。


「……おっ」


 すると、その時だ。森を駆けているアロイスの耳に、何か違和感のある『音』が聴こえ、足を止めた。


(今、音がしたな。いや、音というよりは……)


 音のようでありながら、声のようにも聴こえた気がする。


(そうだ。間違いなく誰かの声だ。それも随分と高い声)


 物音の類と間違いそうになる程の高い声。鬱蒼とした木々を伝って、キンキンと響く甲高い声だった。


「女性の声っぽいな。しかし、こんな時間に……? 」


 時刻は朝3時。それも、魔獣蠢く大森林の中で、女性の声が聴こえるだろうか。


(うーむ。魔獣の罠か何かだと思うが )


 魔獣の中には、女性らしい声を出したり歌を歌ったりして、餌を引き寄せ喰らう奴が居る。とはいえ、耳を澄ましてみれば、その声はどうやら悲鳴に近い。


 きゃー……。いやー……。


 何かを拒否するような、嫌がっている声だった。


「女子でも襲われてるのか、こんな真夜中のような朝方に。……可能性がある限り、聴こえなかったふりは出来ねぇよなぁ」


 敵なのかどうか定かじゃないが、声の主は確実にそこに居るのだ。

 ……仕方ない。大剣をいつでも振れるよう構え直すと、声の聴こえる方に足を向けて走り出した。


(こっちか。そう遠い位置では無い)


 足早に、グングンと声のほうに近づいていく。今日は雲一つない満天の星空で、眩い月明かりが足元を照らしていた分、スピードも上がる。やがて、声が最も近くなったところで、足を止め、姿勢を低く、茂みに身を潜めながら周辺を伺った。


(どれどれ。……おっ、いたな)


 『それ』は居た。森林の一部に拡がる、やや広めで平坦なスペースに、巨大な『肉食樹木』が一匹、ツタを動かして暴れていた。


(プラントイーターか。これだけ広い森だし、そりゃ存在してるだろうけど……めちゃくちゃデカイな!? )


 プラントイーターとは、肉食植物の全般を指す呼び名だ。小型な花のような姿だったり、大型な樹木のような姿だったり、様々な種類が存在する。

 アロイスの目の前に居るプラントイーターは、古い樹木のテッペンに大きな口を開いて、枝のように伸びたツタをビュンビュンと動かす大型のタイプ。根っこは足状になっていて、地面を悠々と歩き回ることが出来るようだ。そして、そのプラントイーターのツタの先で……。


(……て、あれは不味いぞ、おい! )


 不味いものが見えてしまった。プラントイーターの撓るツタの先、身体を締め付けられる女子が二人、苦しそうにする姿があったのだ。そこから逃れようと、剣を必死に振るい、魔法を放とうと抗うが、文字通り息を詰まらせた二人はまともに戦う事すら出来ない。


「あの格好は冒険者か。何だってこんな時間に……! 」


 さっきの悲鳴は彼女たちだった。巻き取られた身体はギチギチと締められ、苦しさで涙を浮かべる赤髪の女子二人。あのままだと樹木の頭部に在る、巨大な口の中に放り込まれるのも時間の問題だ。


「ったく、ブランの件にしろ、俺は救急隊じゃないんだがね! 」


 とか文句を垂れながらも、目の前で困ってるなら見捨てる事なんて出来ないわけで。

 大剣を構えると、茂みから飛び出し、

「おい、プラントイーター! 」

 と、大声で叫んだ。


「だ、誰ですか……! 」

「誰……!? 」


 捕まっていた二人は、突然現れたアロイスを見て驚く。と、長髪の女子はアロイスに掠れた声で言った。


「に、逃げなさい。こいつはプラントイーターです、貴方も巻き込まれてしまいます……!」


 自身の危機も顧みず、健気にもアロイスの身を案じる女の子。すると、彼女が喋れる元気があると知ったプラントイーターは、その女子の首筋にツタを伸ばした。


「うっ……!? 」


 どうやら彼女を窒息させるつもりらしい。


「……おっと、そんな事はさせるかよ。さっさと蹴り付けさせて貰うッ! 俺の心配は無用だ、二人とも! 」


 アロイスは大剣を片手で握り、プラントイーターに一気に間合いを詰めたる。それを見た二人は、それでもアロイスに訴えた。


「駄目です……! コイツには生半可な攻撃は通用しません、逃げて下さい……! 」

「お姉ちゃんが逃げろって言ってるんだから、逃げろ、馬鹿ぁっ! 」


 一人は丁寧な流暢で、一人は元気が良い子のようだ。だけど、どちらも自分より他人に優しく出来る素晴らしい女の子達だと知ったら、余計にここで死なせる事なんて絶対にさせてはいけない。

 

 アロイスは笑い、

「今、二人とも助けてやるから」

 と、樹木に勢い良く大剣を振るう。


 女子たちは、

「逃げて下さい! 」

「逃げろって言ってるのに! 」

 それぞれが声を荒げる中、斧のように振り払ったアロイスの強靭な一撃を食らわすと、鋼殻たる幹に対して、バキリッ! と、切り込みを入れたのだから二人は驚いた。


「あっ! 樹木の幹に切り込みが!? 」

「ど、どうしてっ!? 」


 切り込みが入ったら、もう此方のものだ。ノコギリの要領で、刃先を手前に引きながら、切断するよう奥へと押し込む。斜めに突き入れた刃は樹木の中心位置に沈んでいき、幹を真っ二つに切り裂かんとした。


「凄い! そ、そのまま一気に切っちゃえー! 」

「何て力と技術ですか! でも後ろ、危ないですっ! 」


 プラントイーターとて、そのまま倒されるわけにはいかない。ツタを鞭のようにしならせて、アロイスの死角となっていた後頭部を目掛け、鋭い攻撃を放つ。


「……読んでるよ、そんくらい」


 だが、そんな攻撃が来ることくらい理解ってる。アロイスは中途半端に切り込んでいた大剣から手を離して、咄嗟に姿勢を低く、ツタの攻撃から身を躱した。


「上手いです! 」


 長髪の女子が言う。アロイスは躱したまま、地面を転がり、その丁寧な物言いの女子の足元で飛び上がると彼女の握っていた片手剣を手に取った。


「借りるぞ、これ! 」

「ど、どうぞ……! 」


 すると、剣を手に取ったタイミングで、空中に飛んだアロイスに無数のツタが襲い掛かった。対しアロイスは、身体を回転させながら片手剣の刃を立て、小さな竜巻のようになって全てのツタを切り裂きながら地面に着地する。妙技で相手の攻撃を捌ききると、再び樹木の幹に近づき、その側面をダダダ、と駆け上がった。


「長髪の女の子、まずは君から助けるぞ! 」


 丁寧な物言いの彼女を縛るツタを、幹から伸びた根本から片手剣で切断する。刹那、自由になった彼女は空中でクルクルと回転して、上手く地上に着地した。


「有難うございます、助かりました! 」

「次、そっちの子! 」


 彼女のお礼を耳で流しつつ、幾重にも伸びているツタの根本を足場にして駆け上がり、今度はもう一人の女子を縛っていたツタの根本を切り落とした。その子も自由になって地面に着地したのを見て、アロイスは彼女の元に飛び、彼女の剣も左手に握って言った。


「君の剣も借りるぞ、良いか」

「う、うん。別に良いけど……」


 一瞬のうちに救助された彼女も、呆気に取られて返事した。アロイスは「ありがとう」と言って、両腕に一本ずつ片手剣を持ち、双剣の形を取って、プラントイーターに右手の剣を突きつけ宣戦布告した。


「中央の幹を倒すには、周りのツタが邪魔でね。まずは全部落とさせて貰おうか 」



<次回更新についてのお知らせ>

次回の更新は5月16日を予定しております。

また、以降の更新は1~3日間隔となりますので、よろしくお願いいたします。

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