ブラン・ニコラシカ(6)
「あっ。そういえば、アロイスさんに言わなくちゃいけないことがあったんです」
それは、ふとナナがアロイスに放った台詞で察する事になる。
「どうした? 」
「アロイスさんが出た後、マイルさんが戻って来まして。忘れ物があるって」
「忘れ物って……何だ? 」
「ヘンドラーさんから、自宅で食べて下さいって預かってたらしく、悠久王国産の鹿ロース肉を持ってきてくれました」
「おお、本当か! 悠久王国のロース肉はそうそう手に入らないんだぞ」
「そうなんですね! キッチン下の冷蔵庫に仕舞っておきました」
悠々と会話する、アロイスとナナ。ところが、その会話を傍ら聞いていたブランは、目をパチクリさせて会話に割り込んだ。
「あれれー……。アロイスさんとナナさん。会話から察するにお二人は一緒に暮らしているような気がするんですけど……」
アロイスは「あっ……」と、遠からずブランの気持ちを理解する。だから、質問には濁し答えようとしたが、そんな事に気づかないナナは笑顔で「はい♪」と答えてしまい……。
「い、一緒に住んでいるんですか……」
ブランは一瞬のうちに愕然としてしまった。
―――儚い恋だった、と。
そりゃそうだよな。こんな格好良い人、可愛い彼女がいて当然だ。
ブランは、それは悲壮に満ちた表情を浮かべた。
なお、その表情を見てアロイスは「やはりな」と、苦笑した。
しかし何となく「勘違いしてたほうがいい気がする」と、『本当の答え』を教えなかった。
(俺は二人暮らしじゃなくて、ナナの婆さんと三人暮らしだ。しかも別に付き合ってるわけじゃなくて、俺が厄介になってるだけなんだが……)
ま、そこまで説明はしなくていいだろう。
アロイスは項垂れるブランに「元気出せよ」と、声をかけた。
……すると、その時。
玄関の扉がギィ、と、開き、三人がそちらに注目すると、そこには複数人の男たちが立っていた。
「何じゃあ、やっぱり今日は店をやってるじゃないか。ツレも誘って飲みに来たぞ」
「そこに、もう酔って寝転んでるヤツがいるじゃん! 」
彼らの慌しい声。随分と馴れ馴れしい態度。扉から入ってきたのは、定休日だと伝えていたはずなのだが、玄関が開いていたから開店してると勘違いした地元の常連客たちだった。
「やべっ……」
アロイスは慌てて「違うんですよ」と、彼らに近づき、本日は定休日だと伝えようとした。ところが、常連たちはさっさとカウンター席に腰かけ、「最初は適当に何か頼む」と、騒ぎ始めてしまった。
「あらら、参ったね……」
本当は、休暇は休暇として過ごしたい。だけど、こうなったら店を開ける他はなさそうだ……。
「ナナ、すまないんだけど商店街に行って適当に材料買ってきてくれ。仕込み分も無いし、ツマミになりそうな生鮮食品で頼む」
「わかりました。通常通り営業になっちゃいましたね。私、手伝いますから!」
「仕方ないわな……。すまないけど頼んだ」
アロイスがポケットから適当に金を取り出して手渡す。ナナは、急いで買い物に外に出て行った。
それを見送った後、アロイスは手をパンパン鳴らし、
「じゃあ高い酒から出させてもらうから覚悟しといて下さいよー」
と、カウンターに立った。
「ところで今日は良い岩塩が採れたんですよ。塩舐めながら酒とかどうですか?」
「塩で酒が飲めるか! 普通の肉料理とか出さんか! 」
「あらっ。カパリさんてば、オツな飲み方をご存じない。良いですか、塩で酒を飲む国もあってですね……」
最初こそ迷惑そうに言っていたが、何だかんだ常連客らと楽しそうに会話を始めるアロイス。
ブランは横になったまま、客とアロイスの笑顔を見て「楽しそうだな」と笑い、羨ましくも思った。
(……良いな。僕も酒の席でアロイスさんと色々話をしてみたいや)
こんなナリじゃなくて今度は客で、ちゃんとしたお客さんで来てみたい。
料理と酒を愉しみながら、アロイスという男をもっと知りたい。もっともっと話をしてみたいな、そう思った。
(この人に僕も彼に常連と呼ばれたい)
そして、常連とアロイスの楽しそうな会話に耳を傾るブランは、そっと目を閉じてみる。
(何だか疲れたな。お店の邪魔かもしれないけど、少し眠ろう)
漂ってきた酒の香りで酔ってしまったのだろうか。普段は低姿勢なブランが、ちょっとばかし強気に出た行動だった。
(絶対に、また来よう……)
今日は疲れた。少し眠らせて貰おう。
例え店がオープンしてしまったとしても、今日は、この席は僕のものだ。
(おやすみなさい……)
酒場の笑い声を子守唄に、ブランはゆっくりと眠りに落ちていった。
知らず知らずのうち、アロイスに惹かれた客がまた一人。
ブラン・ニコラシカ。
彼が常連客と呼ばれる日も近いようだ……。
…………
…
【 ブラン・ニコラシカ編 終 】




