5.小さなダンジョン
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アロイスとナナが自宅を出て20分後。
ナナの案内のもと、二人は町外れの森の中を歩いていた。
「ふむ、本当に森ん中に入ってくんだな。思ったよりも遠かったよ」
確かに、祖母やナナは『大変』とは言っていた。
それに出かける前、ナナが泥だらけのツナギに着替え直した辺りは怪しいなと思っていた。
ある程度理解っていたことだが、ここまで利便性悪そうな場所に前家もあったものだ。
(一本道っていうのは救いかもしれんけど、結構な森の中を通っていくとは……)
決して、鬱蒼という名の付くような深い森ではない。が、それなりに木々が生い茂っていて日の当たりは悪い。それに歩いている道も整備されたものではなく、踏み抜かれて出来た獣道だった。
「本当に遠い場所なんです。案内が必要と言った意味は分かって頂けたと思います」
「そうだな、俺一人だったら迷っていたかもしれないな。付いて来てくれて有難う」
「いえ、このくらい。それより祖母のお願いのせいで、大変なことに付き合わせてしまって申し訳ありません」
ナナは深いため息を吐いて言った。
「ははは、気にしなくて良いって。さっきも言ったけども、体動かすのは嫌いじゃないし、あんな美味しい料理を沢山食べてしまったなら相応にお返しするってのが義理ってもんだ」
アロイスは右拳を握り締め、開いた左手に体の真ん中でぶつけ合ってパン!と鳴らす。
「ふふ、やる気満々ですね。でも本当に大変ですよ。本当に廃屋になってて、放置されてるのでボロボロです」
「構わんさ。てか、そういや片付けの詳細を聞き忘れるという失態を犯したんだが、崩れた建物の木材とかをある程度まとめる感じでいいのかね」
「だと思います。前家の裏側に倉庫がありますから、そこに軍手やらも入っているはずです。私は周りで草むしりとかしてますね」
「分かった。ちゃっちゃと片付けられるように努力するぞ」
「あはは、そんなに急がなくても良いですよ。怪我したら元も子もないですから、出来る範囲でお願いします」
二人は雑談交えながら、森の中を進んでいく。
「ところで、アロイスさんはお若そうですけど、お幾つなんですか? 」
「ん、俺は今年で26だよ」
「そうなんですね! 私は20になったところです」
「20か。俺も歳取ったなって感じさせられる年齢差だな……」
「そ、そんな。アロイスさんは十分にお若いですよ! 」
何となし楽しい会話を続けながら二人は歩いた。
そして、5分ほど歩いたところで、踏み抜いていた獣道が石畳に変わった事に気づく。
「……お、道が石畳になったな」
「そろそろですね。あれ、森の出口が見えてきましたよ」
そう言ったナナは正面を指差すと、確かに向こう側には光差す森の出口が見えていた。
(お、出口だ。さてと、廃屋ってのはどんなもんかねぇ)
それから、歩くこと1分。
森を抜けた二人の前には、緑の丘に囲まれた開けた土地が現れた。
そして、その光景にアロイスは「おぉ」と目を輝かせた。
「……綺麗な場所だな」
石畳が続く先には、今のナナの自宅が崩れたような廃屋が確かに在った。
しかし、それより目を引いたのは辺りの壮観な景色である。
一軒の廃屋を囲むように緑の丘がグルリと覆い、その丘のてっぺんには風に笑う大きな木々が見下ろしている。燦々とした太陽の光は廃屋を中心に照らしていて、崩れた建物といえども神々しく光り、美しく映えていた。
「あれが片付けをしてほしい廃屋で良いのかね」
「はい、あの真ん中に建ってる建物です」
「ふむ……。何だ、廃墟と言えども、太陽の明かりに照らされて、綺麗なもんじゃないか」
廃墟マニア、というものがいると聞いたことがある。そこに生きてきた証と朽ちた現在、栄枯盛衰の姿に感動を覚えるのだという。
命を賭し戦い宝を得て夢に溺れる冒険者、きっとそれも似たようなものだ。だからこそ感覚は理解出来る。
ただ、それでいても、冒険者として達観する地位を得たアロイスにとって、こうして見惚れることも久しぶりだった。
「あの前家に住んでたのは、婆ちゃんとかなのかな」
「あ、はい。それと……私のお父さん……とか。お爺ちゃんも住んでました。私も小さい頃はここに遊びに来たことあります」
「そうなんだな。そうかそうか、道理でなぁ……」
アロイスはそう言いながら納得したように頷く。
その様子に、ナナは「どうしたんですか」と尋ねる。
「ん、いやぁ。あの廃屋はさ、廃れていてもなお美しいなぁと思えてね」
「廃屋なのに美しいんですか?神秘的とかそういう事でしょうか」
「んー…ちょっと違うかな。いや、神秘的っていえば確かにそうなんだけど……」
アロイスは笑い、顎の下を指で擦りながら感傷に浸るよう言った。
「これは古代遺跡っていうダンジョンでもそうなんだけど、廃墟なんてのは、その建物を利用してきた者たちを移す鏡みたいなもんなんだ。例えば、悪い事に使われてきた遺跡は悪意に満ちているし、善に生きてきた遺跡は神々しく光る。俺は相応に場数を踏んできて、黒いダンジョンも白いダンジョンも沢山見てきたんだけど、この廃屋は明らかに美しく輝いてる。きっと住んでいた人たちは建物を大事に扱い、幸せに過ごしたんだろうな。建物が喜んでるように見えるんだ」
お世辞とかではない、本心から出た言葉。
それを聞いたナナは「えっ…!」と驚き、思わず手で口を抑えて微笑んだ。
「そ、そんなこと言われると思いませんでした。なんか嬉しいです」
「ハハ、本当の事だからな。しかし、見惚れている暇はなし、俺の仕事はこの場所を片付けることであるわけで」
そう言うと、早速アロイスは準備体操を始める。隣でナナは、
「あ、じゃあ軍手とか持ってきます」
と、廃屋の奥に走って姿を消した後、軍手2つと小さな鎌1つを手に持って戻ってきた。
「お、軍手か。そういえば倉庫があるって言ってたっけ」
「廃屋の裏側にあります。あっちも酷く崩れちゃってましたけど、かろうじて道具は使えそうです。汚いですけど、これでも良いでしょうか」
「うむ、別に問題ない。有難う、借りるよ」
軍手を受け取ったアロイスはしっかりと嵌め、準備を整えて言った。
「よっしゃ、そんじゃ朽ちてる板とかから適当に折ったり、ゴミなんかを外に並べていくぞ」
「はい。じゃあ私は周りを草刈りしているので、何かあったら言って下さいね」
ナナは廃屋の外側に腰を落とす。アロイスは彼女が草刈りを始めたのを横目で見ながら、ゆっくりと玄関前に足を運ぶ、と。遠くからでは分からなかった、意外に酷い朽ちた玄関が出迎えた。
(あらら、玄関も雨風にやられてボロボロじゃない。かろうじて形が残ってる部分は残ってるけど、屋根も崩れてるとこがあるみたいだし。つーか、この家って今のナナの家の構成とほとんど変わらんね)
前家だったという話はしていたが、恐らく今の家と同じタイプの家屋だったのか。
緑が侵食し木柱に花が咲いた玄関に入ってみれば、今度は腐食されてそこら中に穴の空いた床の廊下がある。左手には居間らしき部屋も見えるし、だいぶ様子は異なるが、やはり造りは今の家と同じのようだ。
(ほとんど今の家と変わらないな。……ほら、居間からも庭を嗜める縁側があるみたいだし)
転ばないように気をつけて居間に向かうと、そこには、割れ落ちていたが、今の家にあるものと変わらない大きな窓と縁側があって、そこからナナが草むしりしている様子が見えた。
「ナナ、やっほー」
「あ、どうもですー」
最早サッシしか残っていない窓のおかげで声がよく通る。アロイスがふざけて手を振ると、ナナも楽しげに応じてくれた事に、嬉しくなる。
「……て、遊んでる場合じゃねえ」
早く片付けないと日が暮れてしまう。とりあえず、先に部屋構成でも把握してみるとしよう。
「えーと……」
現在立っている居間には併設されたキッチンがあり、これは今の家と同じだ。どれ、居間を出て廊下奥に進んでみる。
(廊下の奥に戸が3つ……1つ目は戸が壊れてて丸見えだ。現役の家だったら、プライバシーも何もあったもんじゃないな)
壊れた戸の部屋は少し広めである。その隅には、布団だったらしきものが数セット畳んであって、多分ここは寝室か何かだったと思う。
(寝室の隣の戸はトイレ。もう1つはバスルームか。今、ナナが婆ちゃんと住んでる家とほぼ変わらないんじゃないか、ホントに)
順当に部屋を巡回したアロイスは「ふむ…」と唸り考える。
劣化が酷いのは玄関と居間、次に廊下。だったら壁が崩れている玄関から片付けていっても良い。いや、先に居間や他の部屋に落ちているゴミを外に投げるのも悪くないか。
(……んむ、あれこれ考えてもしゃあないか。最後には廃屋の中にある朽ちた木材とか落ちてるゴミとか全部外に出すわけだしな)
アロイスは「よしっ!」と気合いを入れる。
そして、最初に向かったのは『居間』……ではなく、最初の考案になかった併設されたキッチンであった。だが、その理由は簡単だ。入室する前から、惨状を容易に想像出来たからだった。
「……うへ、やっぱりか」
想像した結果、予感は的中する。小さいキッチンには埃被った食器が並ぶ棚や、風に倒された食料保存庫、そこら中に転がる消費期限の切れた調味料の瓶。昔懐かしいパッケージのポテトチップスの袋からは虫が湧いていたり、文字の掠れ消えた何の食べ物だったか分からない緑色の水モノが床を濡らしていたり。お掃除専門業社でも思わず悲鳴を上げたくなりそうなくらいに悲惨に満ちていた。
「想像通りだが、あまり想像通りであってほしくなかったけどな、ハハ……」
とりまキッチンは家屋の中央にあるわけだし、ここまで汚いと後々が面倒になるだろう。だったら最初に片付けしたほうが良いに決まっている。
「ふぅ。ではでは、どれから片付けるべきか。拾えそうなモンからやっちまおうか」
とりあえず簡単なゴミから拾おうとするアロイス。
……が、しかし。アロイスがゴミを拾おうと屈んで腰を落とした時、それを見つけてしまう。
「おや……」
それは、床のフローリングされた向きに沿わない、埃の切れ目。
今、床の木材は自分の見ている方向に直進するように貼られているはずだが、それを切り込むように、真横からの埃の切れ目があった。
「……なんじゃこら」
その切れ目に触れてみる。少しの力だというのに、ギシリと軋んで沈んだ。つまり少しばかり、その地点の木材だけ浮いているらしい。
「あぁ、もしかして」
アロイスはその僅かな出っ張りに指先を押し付け、持ち上げるよう力を込める。すると、埃の切れ目のあった床板はバコッ!と軽快な音を立てて剥がれ、キッチンの床の一角に、正方形状の穴が現れた。
「おお、やっぱりな。床下収納か。危ない危ない、見落とすところだった」
床下収納は、キッチンに限った話ではなく、どこの家屋にも地面の隙間を利用した収納スペースがあったりする。台所の床下収納には、大体が漬物や酒瓶なんかを入れておく場合が多く、水物が床下で溢れたら面倒な事になってしまう。
「見つけられて良かったよ。ゴミだったらきちんと捨てないとな……て、あれっ」
床下収納を覗いたアロイスは、不思議そうに声を上げる。何やら、この家にある床下収納は、どう見てみも一般的に知られているモノとは様子が違ったのだ。
「な、なんだこりゃ……」
そして、それを見た瞬間アロイスは目を輝かせ、大声で「ナナー!」と声を上げた。
「……はいはい、何ですかー?」
名前を呼ぶと、ナナはそそくさとキッチンに現れる。
アロイスは笑いつつ、「これは今の家にもあるのか」と、床の『地下収納』を指差して言った。
「これって何です……えっ!?」
アロイスと同じように、それを覗いたナナは、驚いた表情を浮かべた。
「な、何ですかこれ……」
「……今の家にはないのか?」
「こ、こんなのありませんよ。普通の床下収納はありますけど……」
「そうなのか。ならこれは『前家にしかないモノ』ってことになるな」
「だと思います。な、何ですかこの『穴』は……」
そう。二人の前に在ったモノ、とは。
キッチンの『床下収納』と呼ぶには深すぎる、暗闇に包まれた『地下室』への入り口だった。




