遠い南の島からの便り(9)
受け取った赤い羽根は、太陽に照らされる度に炎のように色合いを変え、グラグラと輝く。心なしか、指先に火照りも感じる気がする。
不思議そうにそれを見つめていると、此方に近づいたリンメイが物珍しそうに言った。
「おー、それは火炎鳥の羽根じゃないか! 」
「リンメイ。火炎鳥の羽根……だって? 」
「うむ。このカトレア諸島の火山に眠る秘鳥だ」
「そいつの羽根ってことか」
「そういうことだ。年に一度目覚める朝、この羽根を島に撒くいて空を飛翔するんだ」
アロイスが手に持っていた羽根を、リンメイは指先で軽くなぞって言う。
「へぇ、それって結構なレアな品ってことか? 」
「大量に降り注ぐ物だし、価値云々はどうだろう。ただ島民にとって、幸せを呼ぶ羽根と言われてるぞ」
「なるほどねぇ。幸せを呼ぶ羽根、か……」
確かに、美しく燃ゆる炎の羽根は、幸運をもたらしてくれそうな気がする。
「アロイス、つまりケットシーの二人は、お前に幸せになって欲しいって事じゃないか? 」
「ん、何……? 」
そう言われて、アロイスは二人を見つめた。
笑顔で此方を見つめるテイルと、恥ずかしそうにモジモジするセルカーク。
「俺に幸せになって欲しいって事なのか? 」
そう尋ねると、二人は「うんっ」と頷いた。
「……有難う。嬉しい贈り物だよ」
「えへへー。アロイスが喜んでくれたなら、私はもっと嬉しいの! 」
「じゃあ俺も張り切って美味しいジュース作らないと。バーベキューもするし、たっぷり食えよ」
「うんっ! 」
二人は、もう一度アロイスの頭と肩によじ登ると、すっかり落ち着いた様子で、作りたてのジュースを飲み始めた。
どうやら、本気で懐かれてしまったらしい。だけど全然悪い気はしない。むしろ、二人の優しさがとても嬉しくて、心地よくて、心が暖かくなるばかりだった。
……そして、それが10年前の話。
アロイスとセルカークの出会いの全て、である。
………
…
「こんな感じだ。こうやって詳しく昔話をするのは初めてかもしれんな」
「……い、色々と凄いお話でした」
ナナは、話の終えた今なお興味深そうに話に耳を傾け続け、何とも感慨深そうに答えた。
「だから、さっきの客がセルカークってことだ。立派に成長してたようで何よりだよ」
「そうですね、そんな赤ちゃんみたいな子が立派に育って……て、あれっ? 」
ここで、ナナは不思議な事に気づく。
「あの、セルカークさんは出会った当時は何歳だったんですか? 」
「1歳や2歳にも満たないくらいじゃないか」
「……それって10年前の話ですよね」
「そうだな」
「でも、今日のお客として来たセルカークさんは、かなり年老いてませんでしたか? 」
セルカーク、彼の年齢はアロイスの話から推測すると12歳のはず。だけど今日の彼は、立派な顎髭を生やした紳士だった。あの姿で12歳だというのか。
「ああ、そうか。ナナ、ケットシーの寿命は何年か知らないよな」
「寿命ですか? 」
「うむ、寿命だ」
ケットシー族。ナナは彼らと出会ったのも初めてだし、知るはずがない。
ナナは「はい」と、頷くと、アロイスは少し寂しそうに答えた。
「あのな、ケットシー……特に猫人族は寿命は長くても30年。平均25年に満たないんだよ」
ナナは「えっ? 」と、耳を疑った。
「そ、そんなに短いんですか? 」
「純粋な人と比べればな。だから彼らは10歳になると、人間でいう半分の寿命を越えた事に等しいんだ」
「そんなことって……」
紳士セルカークは、既に10から12歳。人間でいえば3,40を優に超えている計算になる。
「それと、ナナが遊んでいたシャムというお嬢さんがいたろ。あれは恐らくテイルの娘だよ」
「えぇっ!!? 」
「セルカークは代々族長のお守り役だからな。シャムは族長の娘だったテイルにそっくりだったし、年齢的にも辻褄が合うだろう」
当時のテイルが3,4歳だとしたら、10年後の今、彼女の年齢も人間でいえば40歳。娘が生まれていても整不思議ではない。それに、テイルの娘のシャムを、セルカークがお守り役で共に行動している事も一致する。
「今日のセルカークは、別れ際に、俺を『お兄ちゃん』と言ったし間違いない。もっとも、店に来てくれた時に気づけば良かったんだが、互いに顔つきも雰囲気も変わっちまったからな。セルカークが俺のバナナアイスティーを飲んで懐かしい味だって言ってくれて、彼らが羽根を取り出した事で、ようやく思い出したんだ」
今日、貰った赤く燃える羽根を摘んでクルクルと回す。当時見た、赤く情熱的な輝きは、変わらずに幸せ色に満ちていた。
「全く。なんて嬉しい『遠い南の島からの便り』だったことか」
アロイスは、とても穏やかな表情で、それはそれは嬉しそうに言った。
「これ以上ない、嬉しい知らせだった。セルカークも、テイルの娘も、元気に幸せそうで。きっと、決して長くない生涯を楽しむよう、世界を旅する事にしたんだろう。願わくば、あの二人の全てが幸せになるように願おうか……」
幸せが訪れる羽根に、彼らの幸せを願って。
「どうか、幸せな思い出で一杯になれるように……」
幸せの想いを、込めて……。
…………
…
「待って下さい、お嬢様! 走らないで! 」
「こっちこっち! セルカーク、早くーっ! 」
…
…………
…
…




