遠い南の島からの便り(8)
「おおっ、セルカーク。今、俺のことを……」
お兄ちゃんと言ってくれたのか。
セルカークは、とても小さな声であったが、何度も繰り返しアロイスの名を呼び、礼を言った。
「ありが…とう……。おに……ちゃん……。ありが……とう……」
助かった喜びと、暗闇に落ちかけた恐怖に涙が溢れたセルカークは、アロイスの腕をギューッと掴み離さなかった。両腕に感じるケットシーの愛情に嬉しくなる。
(ハハッ、コイツら……。だけど血塗れで愛情貰っても、格好つかねーな…………ん? )
ふと、木々の隙間から感じる光。木漏れ日とは違う輝きが目をチカつかせた。
(あれは……)
それは、水の反射光。近くの泉を照らす陽の光が、隙間を縫うように零れていた。
「……しめた。近くに水場があったから、あの蛇はここで休んでいたのか! 」
草木を掻き分け、泉に近寄ってみる。それは決して決して大きくないものの、かなり澄んだ水場で、身体を洗ったり、喉を潤したりするのには問題無さそうだ。
「おい二人とも、水は大丈夫だよな。泳げるな? 」
猫は水が苦手というが、彼らの場合、海辺に住んでいる種族が水を苦手というわけがない。二人が小さく頷いたのを確認して、アロイスはそのまま泉に勢いよく飛び込んだ。
ジャバンッ! 激しい水しぶきが弾ける。色々合って火照った身体に、とても気持ちが良かった。
「うっひょー、冷たくて気持ち良い! 」
「つめたーい! 」
「あぅぅ……」
テイルは喜ぶ。セルカークは、水を楽しんでいてもアロイスの肩によじ登って動こうとしなかった。
アロイスは「やれやれ」と、自分で身体を洗うテイルとは別に、セルカークの浴びた返り血を流してやると、岸辺に上がって、バンダナを外した。長い髪の毛をかき上げ、軽く水気を弾いて、ようやく一息ついた。
「お前ら、怪我はないな。大丈夫だな」
「うん、大丈夫! アロイスが約束守ってくれて、とっても嬉しい! 」
テイルはアロイスの腕を抱きしめ続ける。セルカークも、アロイスの頭に引っ付いたまま微動だにしなかった。
「二人とも元気そうなら何より。じゃあ三人一緒に海辺に行くか! 」
「うん、行くー! 」
「行く……」
アロイスは、テイルを肩に、セルカークは頭に乗せて海辺へと向かった。
ゆっくり歩いても10分ほどで、リンメイと別れた地点まで戻ることが出来た。すると、そこにはリンメイと、部隊のメンバーたちがビーチバレーをして遊んでいた。
「おーい、お前ら! 」
アロイスが叫ぶと、リンメイは此方に気づき、
「何だその二人は! 」
と、アロイスにしがみ付くテイルとセルカークを見て、驚いたように言った。
「いや、色々あってね。実はさ…………」
自分がリンメイと離れてから、何があったかを伝えた。
すると彼女は「もしや、まだ生き残りがいるのかもしれん」と、戦闘に赴く目を見せた。
「リンメイ、一応ジャングルも広く捜索した方がいいんじゃないか」
「あとで部下たちにそう伝えよう。しかし、アロイス……」
「何だ? 」
「お前、宝が無くても奴らと戦うのか? 」
「んあっ。あ、えー……」
もう、今となっては海底ダンジョンの宝など関係ない。今は、彼女たちのような小さい命を救いたいとだけ思っていた。
「宝とか、もうどうでも良いよ。コイツらが無事に過ごせるなら、それで良い」
「……フフッ、そうか」
「何笑ってんだよ」
「いや何でも。それより、怖い思いをさせたケットシーらには、精一杯の持て成しをしてやれ」
「持て成し? 」
「丁度、バーベキューをする準備をしてたんだ。旨いもの食わせてやろう」
すると、それを聞いたテイルとセルカークは「バーベキュー!? 」と、目を輝かせて言った。
「ああ、あそこで鉄板の準備してんのな」
向こう側の砂浜で、部下たちが食料やら飲み物、鉄板と、簡単な小さな窯を作っているのが見えた。
「テイル、セルカーク。お前らも肉とか一緒に食うか? 」
「食べる! アロイス、あっちあっち、早く! 」
「たべる……! はやく、あっち……! 」
二人は嬉しそうに、はしゃいで言うが、決してアロイスの元を離れようとはしなかった。
「おーう、それじゃ行くかー」
アロイスも、そんな二人を乗せたまま、バーベキューの準備をしてるスペースに近づいた。
「うっす。リンメイ副隊長に聞いたけど、バーベキューするんだって? 」
「あ、どうもアロイスさん。はい、バーベキューしますけど……て、何ですか乗ってる二人は」
テイルは「こんにちわー! 」と元気良く片手を挙げ、セルカークは見知らぬ相手にギュッ、とアロイスの頭を抱き締めた。
「はは、この二人は友達だよ」
「ケットシーの子供たちですかね。見た目じゃ年齢判別がつき難いですけど、何となし分かりますよ」
「喋り方や態度で大体分かるよな」
アロイスは、肩に乗ったテイルの頭を撫でながら言った。
「とりあえず、なんか食べる物か飲めるもの無いかな。バーベキューが始まるまで、適当にコイツらと食べたり飲んだりして遊んでるからよ」
部下は「ありますよ」と、、鉄板近くのシートの上に並べてある飲み物や食べ物を指差した。
「あれ、適当に食ったり飲んだりしてていいのか? 」
「沢山ありますから構わないと思います」
「分かった、どーも」
アロイスはシートに近寄る。かなり大量に並んだ食料類のうち、ほとんどがバーベキュー用に準備された生肉や生野菜などだったが、地元産のバナナと、冷やした瓶詰めのアイスティー、ミルクが目に止まった。
(……おっ、良いね)
アロイスはシートに置いてあったそれらと、コップを3つ手に取った。
気になったテイルが、
「何するのー? 」
と、尋ねる。アロイスは笑い、美味しいジュースを作ってあげるよと答えた。
「ジュース!? 」
「ジュース飲みたい……! 」
二人は、わぁっと喜んだ。
アロイスは、待ってな、と言って、スプーンで甘いバナナを掬って潰してから、アイスティーとミルクを合わせた物にそれを投入し、良くかき混ぜた。
(シンプルだけど、これだけで十分ウメーんだよなぁ)
小指を入れ、指先をペロッと舐めて味見してみる。ミルクの濃厚さにバナナの甘い味、後味をスッキリとさせるアイスティー。何とも飲み心地が良いジュースが完成した。
「ほれ、出来たぞ。飲んでみろ。お前らの地元の柔らかいバナナだから、スプーンで潰してもよーく甘さが滲み出てると思うぜ」
テイル、セルカークそれぞれにコップを渡す。二人はアロイスの肩と頭の上から降りず、そのまま受け取ったコップをクピッと一口飲んでみた。
「あっ、おいしいー! 」
「おいしい……! 」
二人は顔を見合わせて、それをガブガブと飲んだ。
「そんなに美味しいか」
「うん、おいしい!もう一回のみたーい! 」
「おかわり……! 」
二人は空になったグラスをアロイスに渡す。
「飲むの早っ。落ち着いてゆっくり飲めよ」
文句を言いつつも、作ったジュースを美味しく飲んでくれて嬉しいことだと、素直にお代わりを作り始めた。
すると、肩に乗っていたテイルが、頭の上に乗っていたセルカークに何か、ゴニョゴニョと耳打ちした。
「……ね、セルカーク。だから……、あれ……」
「う、うん……。あった……あそこ……」
気になったアロイスが「どうした? 」と訊く。
二人はピクンッ、と猫耳、尻尾を立てて反応して、砂浜に飛び降りた。
そして、
「直ぐ戻るから、まってて! 」
と、言い残して、何処かへと行ってしまった。
(何だ、折角作るのに飲まないのか……? )
ずっと引っ付きっぱなしだった二人が、いざ離れると少し寂しい気がした。が、姿を消して3分程、アロイスが二人分のお代わりを作り終えたタイミングで、二人が此方に走ってくるのが見えた。そのうち、テイルは、片手に何かを持っているようだった。
「お、きたきた。二人とも、一体どこ行ってたんだ」
アロイスが尋ねる。
と、彼女は片腕に持っていた赤い羽根を差し出し、
「色々ありがとう、お兄ちゃんにあげる!」
と、それを手渡した。
「これを? んー、何だこりゃ……」




