遠い南の島からの便り(7)
目の前で起きた惨劇に、思わず声を上げる。
シーサーペントはゲフッと喉を鳴らし、そのままジャングルの奥に消えていく。
「ま、待てコラァ! 」
アロイスは蛇を追いかけようとする。が、足を止めた。周りにまだ生き残りがいるかもしれないのに、テイルをそのままにしておくことは出来なかった。
「テイル、俺と一緒に来い! 」
立ち尽くすテイルに手を差し伸べる。
だが、彼女はその手を取らず、恐怖に怯え、酷く動揺しながらアロイスを見つめて言った。
「嘘だったの……」と。
「な、何? 」
「もう、ぜんぶ倒したって……。アロイス、言ってたよ……」
「それは……! 」
違うんだ。嘘なんか吐いたつもりはなかった。本当に倒したと思っていたんだ。そんな顔をして俺を見つめないでくれ。
(いや……)
いや、何を言おうと彼女にとって、最悪の嘘になってしまったのは事実だ。
……だったら、どうする。
嘘を本当にすれば良い。これからアイツを倒して、セルカークを取り戻すんだ。
「テイルッ!! 」
アロイスは彼女の名を大声で叫ぶ。彼女の前で膝をつき、頭を下げた。
「俺を信じてくれ。お前に嘘を吐いたつもりは無かった。そして、アイツを絶対に助けるから。もう、お前の大事な仲間をアイツらの好き勝手にはさせない。約束する。だから信じて俺の手を取ってくれッ! 」
顔を上げ、しっかり見据えた瞳で彼女を見つめる。テイルは震えながら、アロイスの瞳を覗く。その想いは、熱くヒシヒシと燃え、アロイスの言葉が全て真実であると受け取る事が出来た。この人は、嘘は吐こうとはしたわけじゃなかった。本気で、セルカークを助けようとしてくれている。
「ア、アロイス……! 」
差し伸べ続けた手を、彼女は握った。
「セルカークを、助けて……」
涙を流して、掠れた声で言った。
アロイスは「絶対に約束だ! 」、彼女を背負った。
「しっかり掴まっててくれ。絶対の絶対に助けてやる! 」
テイルが背中にしっかりと掴まったのを確認して、自分も片腕で彼女を強く支え、巨大蛇の消えた方向に向かって駆け出した。
(……野郎、必ずぶっ倒してやる! )
背中の後ろの小さな想いを必ず守る。絶対にあの男の子を助けてやる。幸い、巨体を持つ蛇は、辺りの道を潰しながら進んでいて、追うのには事欠かなかった。
やがて、風のように駆けた先、ジャングルの小さなスペースで、お腹の膨れたシーサーペントが休憩している様子が見えた。
(見つけたぞ! )
お腹をポッコリと腫らしているヤツは、動く気配は無い。寝ているのだろうか。どの道、休んでいるのなら、その隙に叩きのめすまで。アロイスは周りの木に跳び登って、大きな枝の上にテイルを座らせた。
「地上は危ないからココで待っててくれ。すぐにセルカークを助けてくるからな」
テイルは涙で赤く腫らした顔で、小さく頷いた。
「……行ってくるぞ! 」
アロイスはボキボキと指の骨を鳴らすと、地上には降りず、そのまま高い位置からシーサーペントに勢いよく突っ込んだ。
(腹部の膨らみはセルカークがいるから叩けない。なら、その少し下の消化器官を抉ってやる! )
拳に気合を込め、高い位置から落下した威力も併せ、殴りかかった。ところがシーサーペントは、蛇として熱感知の能力が特に優れていた。空中から飛び掛ったアロイスの熱気に気づき、此方を睨んだ。
「キィィイィアアアッ!! 」
甲高い声が唸る。アロイスは、
「うるせぇ! 」
と、耳を押さえるが、その僅かな隙はシーサーペントにとっての大好機である。空から落ちてくるアロイスに向かい、シーサーペントはその大口を開いた。
「あっ、やべぇっ!? 」
空中で自由が効かないアロイスは、そのままスッポリと大口に囚われてしまった。テイルの位置からは完全にアロイスが蛇の口に呑まれてしまう姿が見えていて、悲愴の表情で木の上で項垂れた。逆に、シーサーペントはアロイスも腹に収めたことで、これ以上ない満腹感に悦び溢れた顔をしていた。
「アロイス……」
絶望の淵に立たされたテイルは、死んだ目をしてシーサーペントを見つめる。
……だが、全てが終わったと思っていた、その瞬間、ふいにシーサーペントの様子がおかしくなった。
「あれ……? 」
ヤツの悦び溢れていた顔が、苦痛に歪んでいた。
そして、何かが奴の腹部で暴れ、その肉が右往左往と動き回っていた。テイルは、それを見て理解った。アロイスが、お化けの中で戦っているんだと。
「ア、アロイス……。アロイス、頑張ってぇ―――っ! 」
テイルが叫んだ。
……と、その途端。蛇も「キィィ」、再三たる叫び声を上げたかと思えば、その腹部を、バカン! と、ぶち破って脱出するアロイス。その右腕には服までが溶けかけたセルカークが、ケホケホと咳き込んでいた。
「しゃあッ!! 」
勝利に雄叫びを上げたアロイスは、着地して、ズザザァ、と地面を素足で滑って止まる。アロイスとテイルがシーサーペントの方を見ると、血反吐を撒き散らして痙攣し、ズズンと倒れたのだった。
「……ふぅ。食われた時はどうしようかと思ったが、何とか助かったな。俺も、お前も」
右腕に抱えたセルカークは、まだ生きていてくれた。
アロイスは左腕を上げ、テイルに、
「おーい!」
と、手を振った。
「ア、アロイスーーッ! 」
アロイスの姿を見たテイルは興奮のあまり、アロイスに向かって飛び掛った。
「お、おいっ! そんな高さから! うおおおっ、危ねぇっ! 」
危うく彼女の身体を抱える。
アロイスは蛇の血だらけだというのに、彼女はそれを気にせず、ゴシゴシとアロイスの身体に全身を擦った。
「アロイス、アロイス……! 」
「約束は守ったぞ。これで俺が嘘を吐いちまったこと、許してくれるかな」
「あう……あうぅ……」
アロイスの心意気、強さ、優しさに、テイルはどうしようもない気持ちになった。更に、右腕に抱えていたセルカークも落ち着いた後で自分が彼に助けられた事を知って、小声でこう言った。
「あろいす……おにいちゃん……」と。




