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遠い南の島からの便り(5)

 

 【2070年3月。】

 今から10年前、アロイス・ミュール16歳の頃の話だ。

 当時、冒険団クロイツに所属するアロイスは、本部の『副隊長補佐』という雑用係に過ぎなかった。

 その頃のアロイスは、声は若干高めで、今と比べて細身気味。また、黒の短髪ではなく、黒い長髪に、赤黒カラーの炎柄のバンダナ巻いてオールバックに纏めるという、やや反発心のあるスタイルであった。


 そして、そんな彼は今、上半身は裸、下半身は汚れたズボンと裸足という格好で、カトレア諸島に広がる海を、砂浜に座って眺めていた。


「はぁーあ、何も収穫が無かったなぁ……」


 大きなため息を吐いて、浜辺の熱い砂浜に寝転がる。

 今日、アロイスは本部の副隊長及び数名の部下と共に、カトレア火山諸島の海底に眠るダンジョン攻略に訪れていた。

 しかし、海底ダンジョンは巨大蟹カルキノスや、巨大海蛇シーサーペントの巣であった限りで、彼らを討伐した上で捜索するも何の結果を得ることも出来なかったのだ。


「蟹鍋に蛇焼きだけじゃ満足できねーっつーの! もっとこう、宝物が欲しいんだよ俺はァッ! 」


 何も見つからなかった時ほど、ひどい消化不足感ったら無い。頭を抑えて、砂浜をゴロンゴロンと転がる。……すると、転がるアロイスの腹部に突然ズシッ、とした重みと痛みを感じた。


「げふっ!? ごほっ! 」


 思いがけず咳き込む。一体何ごとだと自分の腹を見ると、誰かが自分の腹部に素足を乗せていた。


「な……誰だ! 」


 踏みつけた相手をにらみ付ける。と、犯人はアロイスを踏みつけたまま、聞き覚えのある声で喋りかけてきた。


「何をしているんだ。結果は結果だ。それより死ななかった事を喜び、次に活かせ! 」


 それを聞いたアロイスは、

「げっ!」

 一言ばかり声を上げ、足をどかし、即座に立ち上がった。


「リ、リンメイ副隊長……!」

「くよくよするな。こっちまで気分が落ち込むだろう」


 クロイツ冒険団、副隊長リンメイ。

 19歳の彼女は長い黒髪に凛とした顔立ちで、澄ました表情が美しい。加えて、整った筋肉と白い素肌、非常に大きく成長した胸が、誰もを魅了する。また、それでいて男勝りの性格だから形容しがたい。誰よりも率先して動き、誰よりも働く姿勢は、部下からの人望も厚い。


 そして、その魅力に惹かれるのはアロイスも同じだった。特に、今日は彼女の美貌を露わにする真っ白な水着が良く似合っていて、思春期のアロイスにとっては目を逸らさなければ苦しい姿でもあった。


「くよくよするなと言われてもな……。で、でも踏みつける事無いだろ! 」


 怒号を飛ばすが、リンメイは溜息がてら返事した。


「お前だけが落ち込んでいる訳じゃない。だから、こうしてバカンスを楽しむ事を許してるんだろう」


 アロイスや彼女然り、半身裸だったり水着だったりしたのは、結果を得られなかった部下たちへの特別休暇であるバカンスを許したからだった。


「俺はバカンスより、宝が欲しかったんだよ」

「……まだ言うかっ!」


 未だ嘆くアロイスに、リンメイは素早くアロイスの背後を取って、首に腕を回し、密着した状態でギリギリと絞めた。


「ちょっ……!」


 もちろん彼女は本気ではない。しかし、その分、自分の背中と彼女の膨よかな部分がフワリと触れ合って、全身で感じる柔らかさに思わず赤面する。


(これは不味いって……ッ!)


 この状況は色々と不味い。

 アロイスは背中に感じる柔らかな感触に嬉しい気持ちを抑えつつ、彼女の右手を引っ張り、そのまま背負投げをした。

 リンメイは「おぉっ」驚き、そのまま背中から砂浜に落下した。


「良い動きだ。思わず、されるがまま投げられてしまった」

「はぁ、はぁ……。勘弁してくれよ、リンメイ……」


 砂浜に寝転ぶ彼女は尚美しく艶やかで、また心奪われるが、そっと目を逸らす。

 すると、リンメイはアロイスの様子を見て、

「しかし私が投げ飛ばす元気があるようで何よりだ」

 と、笑った。


「別に元気じゃねえよ。驚いて投げ飛ばしただけだから」

「じゃあ元気が無いのか」

「そもそも特別落ち込んでないし。宝が無かったから、残念だと思ってるだけだっての」

「それを落ち込んでいると言うんだろうが。やれやれ……」


 リンメイは両足を広げ、体を捻り、コンパスのように身体を回転させて砂浜を撒き散らしながら立ち上がった。


「ぶわっ、雑な立ち方しやがって……!」

「そう言うなアロイス。お前にいつもの元気が無いと思って、折角見に来てやったんだ」

「……余計なお世話だ」


 アロイスは体についた砂を払いながら言う。

 すると、リンメイは不敵に笑って、

「私の砂も払ってくれるか」

 と、体を近づけた。


「じょ、冗談。何で俺がお前の砂を落とさなくちゃいけないんだよ! 」

「そうか。やらないなら良いんだ」


 突き出した体を退く。

 アロイスは慌てて、大声で言った。

「やらないとも言ってないだろ! 」と。


 その台詞に、リンメイは口を手で押さえて「ぷぷっ」と笑う。


「へぇー。ふぅーん……私にそんなことしたいんだ」

「あっ……! 」

「仕方ないなー。ほらほら、好きにしていいよー」

「ち、違う! ああもう、お前といると本当に調子狂うんだよ! 」


 彼女に本当に心が惹かれているからこそ、リンメイのそんな態度が一々、ズクズクと心を突く。アロイスは顔を真っ赤にして、急いで砂浜から逃げたのだった。


 それを見たリンメイは苦々しく笑い、

「あちゃー……やり過ぎたかな。おーい、夕方までにはキャンプ地に戻ってこいよー! 」

 アロイスに向かって叫んだ。


 しかし、それを聞こえていても聞こえないふりをして、返事をせずに海辺近くのジャングルに突っ込む。一心不乱に声を上げ、走り続けた。


「だぁああっ、何やってんだ俺はぁぁああっ!! 」


 リンメイとは、冒険団に入隊してから幼い頃からの付き合いだ。彼女を『リンメイ』だとか、『お前』だとか、そんな呼び方を許されるのは現部隊長や、団長くらいで。他の誰よりも、自分は彼女と親しいと知ってる。……だけど。だからこそ、彼女が自分の想いを知ってても、リンメイが自分に振り向かないことは知っていた。


(分かってんだ、分かってんだよ………! )


 ふと、ジャングルの硬いツタに足を取らる。勢い良く走っていた身体は宙を舞って、そのまま水気のある苔に濡れた地面を滑り転がった。やがて、木々に衝突した後で、ジャングルの高い木々から差す太陽に目を眩ませて、泣きそうな声で叫んだ。


「リンメイにとって、俺はただの弟に過ぎないんだろ……。アンタが今の部隊長の事を好きだって事くらい、知ってんだよぉぉおお―――っ!!! 」


 よぉぉおおっ―――っ。

 おおぉぉ―――っ。

 おぉぉ―……。

 おぉ……。


 アロイスの気持ちを象徴するように、言葉も遠く果て無く木霊した。自分の気持ちが届かない遣る瀬無さが、悲しみばかりを生む。


「ちくしょう……」


 立ち上がり、バンダナを外す。バサリと晒した長い髪を、グシャグシャと掻き毟った。額に滲んだ汗をバンダナで拭いて、髪を整え直すと、再びバンダナを着用する。


「クソッ。何やってんだ、俺はよ」


 自分の気持ちの弱さに嫌になる。海辺に戻って、頭を冷やそう。来た道を帰ろうと、振り返る。

 だが、その時だ。目の前の大きい苔の生えた木に隠れるように、灰色の猫耳と尻尾を生やした非常に小柄な少女が此方を覗いていた事に気づく。


「な、何だ? 」



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