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遠い南の島からの便り(4)


「普通のミルクティなのに、ほんのり甘いバナナの味がします! 」


 ナナは驚き、シャムは言葉無くとも彼女の膝の上で一心不乱に飲み続けていた辺り、気に入ってくれたらしい。

 

「アロイスさん、この仄かなバナナの味わいは一体……? 」


 不思議そうに尋ねるナナ。

 アロイスはニヤニヤしながら言った。


「実は、コレを使ったんだよ」


 カウンターの上に、少し大きい黄色い瓶を置いた。

 そのラベルには、黄色いバナナのイラストがデカデカと描いてあった。


「バナナの……何ですか、これ? 」

「ノンアルコール用のシロップだよ。リキュールもあったがシャムお嬢さんには少し早いからね」

「なるほど、バナナシロップでしたか! 」


 道理で。甘~いバナナの香り、味がいっぱいに広がったわけだ。

 

「そういうことだ。どうだい、美味しいかな。シャムお嬢さん」


 アロイスが尋ねると、彼女は微笑んで、

「すごく美味しい! 」

 と、元気良く答えた。

 すると、その横で紳士セルカークがゴクリと唾を飲み込み、アロイスに言った。


「店主、私にも同じものを一杯貰えるかな」

「有難うございます。了解しました」


 やはり同じ出身ということでバナナは好物らしい。アロイスは言われた通りの一杯と、シャムのお代わり分の合計二杯分を作ってそれぞれに置いた。


「お待たせしました、どうぞ」

「有難う。早速頂くよ」


 セルカークはグラスに口をつける。

 ……と、僅かばかり飲み込んだ瞬間、その瞳が大きく開いた。


「こ、これは……!」

「かなり甘口かと思いますが、お口に合えば嬉しいです」

「とても美味しい。だけど、それ以上に何か……」

「何か……? 」

「懐かしさを感じるのは、どうしてだろうか」


 懐かしさ……。

 アロイスは首を傾げる。


「うむ。どこか懐かしい。使ったバナナシロップは、私たちの諸島で採れたものなのかね? 」

「いいえ、市販されている物ですので高価な物は使っていないと思います」


 元々は、舌の肥えたシャムに美味しくバナナの味を楽しんで貰おうと思って作った物だ。諸島産の高級バナナが手元にあれば、最初からそれをデザートに出している。


「そうなのかね。だけど不思議な味だ。とても懐かしくて、美味しい味なんだ」

「やはりバナナが地元で有名なものですし、それで昔懐かしい味と思われているのでは? 」

「ううむ、そうなのか……。まぁ、どのみち旨いことには変わりないがね」


 セルカークは不思議そうにしながらも、それを飲み干した。


「ふぅ。美味しかった。店主が出す料理や飲み物は全部が美味しいな」

「有難うございます。丁度、他の料理も出ますので、沢山食べていってください」


 そのうち片手間で作っていたアロイスが用意していた他の料理も完成。予算に合わせた料理と酒、サービスも含めて次々と提供した。セルカークとシャムは、それらを頬張り、旨い旨いと絶賛。

 やがて、二人はお腹を抑えた一声で、ようやく食事の時間は終了する。


「……ふぅ、もう食べれない」

「おなかいっぱいー! 」


 正直少しばかり予算以上に振る舞ってしまった。だけど、彼らが満足してくれたのならそれで良い。

 アロイスは「美味しく頂いて貰って嬉しいです」と、会釈した。


「いやいや、とても美味しかったよ。ではシャム、一息つきたい所なんですが、予想以上にこの場所に留まり過ぎてしまいました」


 壁に掛けられた時計を見て、不味そうに言った。


「馬車に遅れるといけないから、すぐにでも出発しましょう」

「えー……もうちょっとお姉ちゃんと遊びたい」

「我がままを言わないで下さい。馬車に乗り遅れたら、スケジュールが狂います」

「むぅ……」


 シャムは唇を尖らせながら、ナナの腕からピョンっと飛び降りる。

 ナナは「うぅ……」と、腕に残った余韻を悲しそうにシャムを見つめていた。


「では店主、改めてご馳走様。大変美味しかったよ」


 置いていた帽子を深く被り、セルカークは胸元に手を当て、頭を下げた。体は非常に小柄だが、紳士らしい振る舞いにアロイスも合わせて深く頭を下げる。


「いえいえ。またいつかいらして下さいよ」

「機会があれば是非。……しかし、田舎町でここまで美味しい料理を食べれるとは思わなかったよ」

「ん……」


 どこかで聞いた台詞だと思った。

 それは、自分が初めてこの地に落ちてきた時、ナナの自宅に招待されて食べた時の感想だった。


「……はは。やっぱりそういう感想が出ますよね」

「ああ、予想以上の満足感だった。だから、お代とは別にこれを受け取ってくれないか」

「ん……? 」


 セルカークは内側のポケットから、少し大きい真っ赤な羽根を取り出した。一瞬それが何なのか分からなかったが、アロイスは気づくと「あっ」と声を漏らし、キッチンを抜け、セルカークの前で片膝をついて、まざまざとそれを見つめて言った。


「まさかこれは、火山鳥の羽根では……? 」

「それまでもご存知だとは」

「ということは、貴方達は……カトレア火山諸島の出身ではありませんか」

「正解ですな。そもそも火山鳥を知っているということは、私達の出身もお分かりか」

「や、やはり……」


 アロイスは目を見張る。

 シャムは、驚くアロイスに人差し指を振りながら言う。


「では、わざわざ説明する必要も無いだろうが、一応説明しておくよ。この火山鳥の羽根は、我々が極めて恩義を感じた時に渡すことにしているんだ。島民にとってこれはお守り代わりとなるもので、幸せを運んでくれるとされるモノだ。是非、君に受け取って欲しい」


 小さな手で握った羽根は、燃えるように赤かった。

 アロイスはそれを「貰います」と、震える手で受け取った。


「有難う。それでは、また機会があれば。シャム、行きますよ」

「まだ遊びたかったのになー……」


 セルカークが扉を開いて、シャムも外に出た。アロイスはそれを見送るため扉の縁に立って、ナナも未練たっぷりそうに「シャムちゃーん」と涙目だった。


「それでは、店主殿」


 今一度、紳士らしく頭を下げる。

 その間にシャムは卜テテ、と、林道に走って行ってしまったようで、慌ててセルカークは彼女を追い、二人はあっという間に小さくなっていった。

 そして、その後姿を見ながらアロイスは、彼に聴こえるように大声で、こう言った。


「……セルカーク! 昔と変わらず甘い物好きだったな! 今度は昔みたく、海で遊ぼうなー! カトレア諸島のバナナを使ったミルクティーも飲ませてやるから! 」


 突然、アロイスが叫んだ謎の台詞。

 すると、遠くでそれを聞いたセルカークは、ハっと足を止め、こちらを振り向いた。そして、何かを呟く。あまりにも遠くに離れすぎて、彼の小柄な体から発せられる言葉は聞き取れなかったが、僅かに動かした口元に、アロイスは彼が何を言ったのかを理解した。


 彼は、小さく小さく言っていた。

「そんな、まさか。お兄ちゃん……」と、呟いていた。


 アロイスの台詞を聞いた彼は、直ぐにでもアロイスの元に戻りたかっただろう。だが、先に行ってしまったシャムを追わないわけにはいかず、振り返り、そのまま林道の奥に消えて行った。

 セルカークを見送ったアロイスは、満足したように「んー」と背伸びする。店内に戻ってキッチンに入ると、彼らの食べ終えた食器の後片付けを始めた。


「あ、あの。アロイスさん……? 」


 一緒に店内に戻ったナナは、アロイスの隣に立って、さっきの謎の台詞について尋ねた。


「はは、やっぱり気になるよな。いやー、俺もすっかり分からなかったよ。というか、忘れていたんだが……」


 食器を洗いながら、それを説明した。


「あのな。さっきの客の男の方、いただろう」

「はい、小さくともダンディーな方でしたね」

「あっちと俺、顔見知りだったんだわ。多分……というか、絶対」


 さっき、自分が叫んだ言葉に足を止めてまで見せた反応、先ず間違いはないだろう。


「か、顔見知りだったんですか? 」

「遠い知り合いというか。まぁ隠す事じゃないし話しても良いんだが、今は何時だっけか……」


 時計の指針は、16時30分をを回っていた。


「……ふむ」


 時間はそれなりにありそうだ。食器を洗い終えると、手拭きで水気を飛ばす。そして、別のグラスを持ち出すと、今度はシンプルにアイスティーだけ注いでナナの前に置いた。


「座ってお聞きよ。長い話でもないんだけどね」

「良いんですか? 失礼します」


 言われるがまま、カウンター席に腰を下ろす。注がれたアイスティーを一口飲み、アロイスの顔を見つめた。


「……うむ。では、どっから説明したもんかな。さっきも言ったけど、セルカークのやつも、俺も、あまりにも古すぎて顔見知りだった事も覚えてなかったんだ。と、いうより。お互いに、あまりにも変わりすぎなんだよな。笑えるけどさ」


 それは、もう10年前にも遡る話だから……。


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