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遠い南の島からの便り(3)

 

 用意した素材は豚肉と野菜、小麦粉だけ。後は少しの調味料と、シンプルなラインナップ。

 その分、調理も手早く進んで、あっという間に一品、二品と出来上がった。 


「お待たせしました」


 出来上がった二品を盛り付けた皿を、セルカークの前に並べる。


 一つは、エスペチーニョという、大きめに切った豚肉と野菜の串焼き。本来は牛肉を利用するが、細かく切り目を入れて圧力を掛け仕上げたトロトロの豚肉と、赤と黄色ピーマンも使った見た目も楽しい一品だ。


 もう一つは、パステウ。練った小麦粉をペーパー状にして、その上にひき肉や細切れの野菜を乗せて包んで、きつね色になるまでパリッと焼き上げる。噛んだ瞬間にパリッとしたパイ生地に近い歯応えから、中から溢れる肉汁と野菜の旨味が言い知れぬ味を生む。因みにアロイスのオリジナルとして、とろけるチーズ入りだ。


「これは、エスペチーニョにパステウじゃないか。我々の地元料理を知っているのかね」


 並んだ料理を見て、セルカークの尻尾は、また大きく左右に揺れた。心なしか、大きな猫耳もピコピコと動いている。


「豚肉を使ったり、チーズを入れたり、少しテイストを変えています。全てが地元料理のままでは面白くないと思いまして。余計な事でしたら申し訳ありません。作り直させて頂きますので、仰って下さい」


 セルカークは「そんな勿体無いことはしないよ」と、答え、串焼きから一口食べてみる。


「……おお」


 ジューシーに仕上がった豚肉は柔らかく、少し甘めのタレが良く染み込んでいる。若干焦げた野菜のほろ苦さが相まって、とても美味しい。


「どれ、こちらは」


 続いて食するのは、パステウと呼ばれる豚肉を詰め込んだパイのようなもの。


  ……サクッ、パリッ!


 気持ちの良い歯応えに、香ばしい焼けた小麦粉の香りが食欲を誘う。中には細切れされた豚肉と野菜の汁がいっぱいに溢れ出て、熱に溶けたチーズがトロリと伸びる。


「はふっ……! ほれは、ふまいっ! 」


 思わず声を上げてしまう。

 すると、その声に気づいたシャムは、

「あーっ! ずるいー! 」

 と、セルカークを指差した。


「もぐ……もぐっ。す、すみませんお嬢様。先に頂いてしまいまして」

「私の分はー!? 」

「て、店主さんにお聞きして下さい……はふっ」

「店主、私のはー! 」


 アロイスは「すぐ出しますよ」と、手早くシャムの前にも同じ料理を並べた。彼女に料理を出さなかったのは、遊んでいる間に料理が冷めてしまっては勿体ないからだ。


「やった、出てきた! ナナ、ここに座ってー! 」

「私が抱っこしたまま座るの? 」

「うん! 」

「ふふっ、分かりました」


 ナナはシャムを抱えたまま、料理を並べたカウンター腰を下ろす。シャムは、小さな腕を精一杯伸ばし、並んだ料理をパクパクと食べ始めた。


「んー、美味しいー! 」


 赤くした頬を両手で抑え、満面の笑顔を見せる。ただ、ついつい手にソースを付けて頬に触れたものだから、べっとりと顔にソースが付いてしまった。ナナは彼女の顔をティッシュで優しく拭いてあげた。


「ほらほら、顔に付いてるよ。慌てないで食べてー」

「えへへ、有難う♪」


 シャムは猫耳を動かして喜んだ。ナナは勿論のこと、アロイスも彼女の愛らしさに嬉しい表情を見せる。また、料理に夢中になる二人に、これからのメニューを伝えた。


「後は適当に出していきますよ。デザートも然り、楽しみにお待ち下さい」


 セルカークは「楽しみだね」と、懐から取り出したハンカチでソースの付いた口を拭きながら言う。

 シャムはナナに「一緒に食べよー」なんて言って、皆が笑顔で本当に何よりだったが、ここで一点、気になることがあった。


「……セルカークさん、ちなみにシャムお嬢さんに、お酒は無理ですよね」

「人の年齢で言えば一年……いや、二年早いね」

「そうでしたか。本当は年齢を尋ねるのはタブーなのですが、すみません」

「気にせずに」


 ケットシーは小柄な種族故に、外見での年齢を判別するのは難しかった。しかし、今回の場合はシャムの性格から未だ幼いんだと理解して、一応尋ねたまでだ。


「では、シャムお嬢さん」


 アロイスは、食事に夢中になってるシャムに話しかけた。彼女は口周りをソースでいっぱいに汚しながら、首を傾げる。


「んむー? 」

「シャムお嬢さんは、好きな果物はあるかな」

「くだもの? えーっとね、バナナ! 」

「バナナねー。美味しいからねー。バナナが一番好きなのかな? 」

「うん! 」


 シャムは大きく頷く。

 なお、それでまた揺れる猫耳と尻尾にぺしぺしと叩かれるナナの、心底幸せそうな顔については、敢えて突っ込まないでおこう。


(ナナは放っといて、シャムが好きな果物はバナナか……)


 サウスフィールズの諸島では、とても甘いバナナが採れることで有名だし、そう答えるのでは無いかと思っていたが、いざ言われると困ってしまう。バナナ自体は酒場在庫があっても、幼い彼女でも地元のバナナを食べて舌は肥えてるだろうし、生半可な果物を出しても彼女は満足してくれないだろう。


(……待てよ。そういえば)


 それを思い出して、パチンッ、指を鳴らす。


「シャムお嬢さん、ちょーっと待ってて下さいね」


 アロイスは、キッチンの床に付いてる戸を開き、地下の酒蔵に一直線に降りた。そして、明かりを点け、手前にあった1本の黄色い瓶を手に取って急いでキッチンに駆け戻った。


「ふぅ……お待たせ。シャムお嬢さんと、ナナにも美味しいジュースを飲ませてあげよう」

「えっ、ジュースッ!? 」


 シャムはカウンターに両手を置いて目を輝かせた。


「そうそう、美味しいジュースだよ。ちょーっとだけ待っててねー」


 アロイスは、ロックグラスを2つ用意して、氷を投入する。続いて、持ってきた黄色い瓶の中身を少量入れた。そして冷蔵庫に仕舞っていた紅茶(アイスティ)と、ミルクを注いでステアした。その後、輪切りにしたレモンを1枚浮かばせて、それは完成する。


「……お待たせしました。スペシャルミルクティーです」


 ナナとシャム、二人の分を並べて言った。


「あれ、見た目は普通のレモンティーですね」


 いつも凝った演出でカクテルを差し出す分、今日はシンプルな気がした。アロイスは笑いながら、まぁ飲んでみなさいよと言った。


「普通のミルクティーと違うのかな。はい、頂いてみます」

「私もいただいてみますー! 」


 シャムとナナは、それらを飲んでみる。すると、飲んだと同時に直ぐ二人はグラスを置いて、声を揃えて言った。


「バナナだー! 」

「バナナの味がするっ!」


 予想通りの反応に、アロイスは白い歯を見せて笑った。



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