4.運命
「美味かった。満足だ……」
心底満足そうな表情を浮かべるアロイス。
それを見たナナも満足そうな表情で「満足して頂けて嬉しいです」と言った。
(うむ、本当に満足した。かなり美味かった。しかし満足したとはいえ……)
アロイスがちらりとテーブルに目を向けると、その上には、まるでビュッフェを食べたかのように山盛りになった皿が大量に積んであった。
(ちょ、ちょっと食べ過ぎたな。うーむ……)
好意に甘え過ぎてしまった。
ここまで食べてしまっては、材料代だって馬鹿にならないし、お礼に『お金』を差し出すべきではないか。……ただ、今回の好意に対して金を差し出すのは違う気がするし、失礼だろう。
(だけどお礼はしないとな。俺に出来る事で、お金を渡すこと以外の何か良いお返しが出来ればいいんだけど……)
他人の家で料理を沢山食べるだけ食べて「はいさようなら」なんて言えるわけない。
何か良いお返しがないかと考えてみた。
(……そうだな)
自分は元冒険者。
やれることといえば『力仕事』か。
(ふむ、それが一番だろう)
手をポンと叩き、食べ終えた食器を片付け始めたナナと祖母に、
「すみません、お二人とも」
と、声をかけた。
「ちょっと良いですかね。片付けのところ悪いんですが、話を聞いて欲しいのですが」
「はい、何でしょうか」
「はいはい、何さね」
呼ばれた二人は片付けを止め、いそいそとアロイスの近くに寄る。
「いやー、料理が美味しかった。本当に食いすぎたし、俺からお礼をしたいと思いまして……」
「えっ、いえいえ。私は美味しく食べて頂けただけで嬉しいですからお礼なんて」
その話をしようとした瞬間、ナナは首を振る。そう言う気はしていたが、アロイスは、
「そうはいかないよ」と更に上から重ねて言った。
「いや、こんな美味しい料理を食べさせて貰って何もお礼をしないわけにはいかないよ。ナナには俺が空から落ちてきて迷惑もかけた訳だし、その上で旨いご飯も食べさせて貰うなんて。俺のプライドもありますし、俺からのお礼は受け取って欲しいと思います。何でも良いので手伝える事はないでしょうか。例えば力仕事で必要とされていることなどはありませんか」
自分の力を発揮できる場所があればとアロイスは提案した。しかしナナは、微妙な顔を浮かべて言う。
「そこまで仰られると断るのも悪い気がするんですけど、力仕事ですか。本当は、畑仕事なら苗植えやらお願い出来そうな事はあるんですけど……」
ナナは困ったように祖母の方を向くと、祖母も首を横に振った。
「残念ながら今日の畑仕事は苗植えで終わりさね」
「……だ、そうです」
間接的に、アロイスに伝える。だが、『何もない』で気の済まないアロイスは、考えられるだけ提案してみる。
「じゃあ畑の仕事で使う用具を掃除はどうでしょうか。一応は俺も冒険者で色々やってきたんで手入れくらいは出来ます」
ところが、これまたナナは微妙な顔を浮かべた。
「今年は4月に畑仕事始めとしていたので、3月末に手入れしたばかりなんです」
「あ、あら……そうなのね……」
いや、ここで諦めてなるものか。
何でも良い、力や技術を発揮出来る手伝いはないか適当に提案し続ける。
「じゃあ家の立て付けが悪くて直してほしい箇所があるとか。屋根でも何でも良い、何かないかい」
「うーん、それも思いつきませんね。ですから、本当にお気持ちだけでも結構ですよ」
結局、全ての提案が却下されてしまう。
完全に打ちのめされたアロイスは、自分の髪の毛をかき上げながら「ぐぅぅ」と唸り、天井を見上げた。
(何も無いってのか。俺が貰うばっかり貰って、何も返せないってのは……)
優しさを受けるばかりで、お返しが出来ないのはやるせない。
「はぁぁ……」
溜息を吐くアロイスだったが、それを見ていた祖母がふと、
「だったら……」と、口を開いた。
「だったら、そんなお返ししたいなら少し面倒かけるけど、手伝って貰いたいことが無いわけじゃないんだけどねぇ」
「おっ…、何ですか。自分で良ければ何でもしますよ!何をすればいいですか!?」
祖母の言葉に、アロイスは悲しげに天井見上げていた顔を一転、喜びに満ちて尋ねた。
「うんむ、こっから離れた場所に前家があるんだけどもね、廃屋になってて邪魔なんさ。それの簡単な片付けを頼めるかねぇ……」
「廃屋の片付けですか。もちろん力仕事なら俺の本分ですし構いませんよ、断る理由もありません。是非やらせて下さい」
力仕事なら願っても無い話だ。
早速アロイスはその場で大きく背伸びして、首肩の骨をポキポキと鳴らす。
しかし、それを聞いていたナナが「駄目だって」と、突然、話を折ろうとした。
「待ってよ、お婆ちゃん。廃屋の掃除って山奥だし、行くまで大変だし、廃屋も酷く崩れてる部分だって合って危ないよ。そんなこと頼めないよ」
どうやら、彼女が知っている情報によればとても大変な場所で、大変な状況らしい。
「そうかい。やっぱり面倒かけちまうもんねぇ」
「うん、そうだよ。遠い場所で瓦礫も酷いし、そんな気軽に頼める場所じゃないよ」
ナナの言葉に、祖母も考えを崩す。折角やる気に溢れたというのに、暗雲が立ち込め始めた。
不味いと思ったアロイスは、慌てて「大丈夫だよ」と言った。
「俺は構わないから大丈夫。むしろ仕事が出来て嬉しいくらいだから」
「そうでしょうか。でも本当に大変だと思いますし……」
「出来る限りお礼として返したいし、どんな仕事でもやらせてくれると嬉しいかな」
「そうですか……。そこまで言われるなら、良いんですが」
アロイスの必死にの訴えに、ナナはようやく納得してくれたらしい。
「では、早速向かおうとしようか」
アロイスは二人に「場所はどこかな」と尋ねる。
すると、ナナはエプロンを脱ぎ始めて「私が案内しますよ」と言った。
「え、いや。俺だけで充分だ。軽く片付ける程度だし、道を教えてくれればそれで良いよ」
「森を抜けた先なので遠いんです。私も久々に行ってみたいですし、着いていきますよ」
「……そうかい、そう言われると。なら、頼もうかな」
「はい、構いませんっ」
エプロンを脱いだナナは、
「ちょっと着替えてきます。汚れたツナギのほうが良さそうなので」
と、隣の部屋に消えていった。
(本当は全部自分でやりたかったんだけどな。まぁ、道案内くらいなら頼んでもいいか……)
了承したアロイスは、立ったままナナが来るまで待機する。と、待機するアロイスの肩を、背後から祖母がポン、と叩いて話しかけた。
「アロイスさん」
「ん、どうしました?」
「あんな美味しく食べてくれて有難うね。あんな嬉しそうなナナは久しぶりに見たよ」
「そうなんですか。まぁ、ちょっとばかり衝撃的な出会い方もしたせいもあるかもしれませんよ」
笑って言うアロイス。
祖母も「ふふ」と笑顔を見せる。が、直ぐに祖母は神妙な面持ちに変わって言った。
「うん、楽しそうなのは良いことなんだが、あの子はちょっとね、うん……」
祖母は、言葉を詰まらせながら何かを伝えようとするが、中々確信たる台詞が出てこない。
「まぁ、あの子の本心は分からんけどね、そのうち聞かされるかもしれんが……」
それを言いかける祖母。しかし、その言葉は語られる事はなく、祖母は首を横に振った。
「……いや、アロイスさんは勘の鋭そうな人だからね。話をしているうちにそうだと分かるだろうし、言わないでおくよ。私が言っておいてなんだが、今のは私の言葉は忘れてくれるかい」
祖母のお願いに、アロイスは「構いません、忘れます」と優しく頷いた。
「ありがとうよ、アロイスさん」
「いえ、当然です」
アロイスの優しい言葉に、祖母は笑った。
するとそこへ、ツナギ姿になったナナが居間に戻ってきた。
「お待たせしました。いつでも行けます、アロイスさん」
出会った時と同じ、桃色のツナギに身を包んだ彼女はぺこりと頭を下げて言った。
「おかえり。じゃ、早速だけど案内を頼むけど良いかな」
「はいっ、任せて下さい。それじゃあお婆ちゃん、行ってくるね」
ナナが言うと、祖母は「あいよ」と言って小さく手を振った。
そして、玄関で見送る祖母に今一度、
「行ってきます」
「行ってまいります」
二人は声を揃えて言うと、廃屋に出発した。
しかし、この何気ない『お礼』こそが、まさかの事態を生むことになるとは、誰も知る由はなかった。
…………
…
【 閑 話 】
「……ところで、あの大きい剣はどうしたんですか?」
「あー、家に入る時に婆さんのご厚意で垣根で隠れ見えない場所の外の壁に立て掛けさせて貰ってるよ」
「そうだったんですね」
(……やべ、あっちも竜の血だらけだった。後で洗っとこう…)
………………