遠い南の島からの便り(2)
「おい、そこの娘。この特徴に何か問題があるのかね」
猫耳を指摘され、小さなヒゲの紳士はナナを睨んだ。
ナナは思わず出た言葉を注意され、「あっ」と、即座に謝った。
「素直で宜しい。では店主、カウンター席に座っても? 」
「構いません。正面の席にどうぞ」
「有難う。あまり長居する気は無いので、サッと飲ませて貰うよ」
ヒゲの紳士はそう言って、女の子に「あちらの席です」と勧めた。
女の子は、
「分かった、あそこだねー♪」
と、トテテテ……小柄な体を一杯に使って走り、カウンター席に飛び乗る。
その際に彼女のスカートからは、フリフリと灰色の尻尾が見えていた。
「ここで良いんだよね。座ったよー! セルカークも早く来て!」
「シャムお嬢様、はしゃがないで下さい。落ち着いて行動しましょう」
紳士はゆっくりと歩き、椅子に着くと帽子をテーブルに投げてから自分もピョンと跳ね、椅子に腰掛けて言った。
「店主、メニューは何が? 」
アロイスはキッチンに入ると、丁度、先ほど仕込みの終えていたオススメのメニューを伝えた。
「本日のオススメは豚肉料理ですね。まだメニューとしては表に出してないですが、ステーキ、バラ焼き、しょうが焼きなど。後は、大体お客様のご希望されるメニューならお作り出来ると思いますので、仰って頂ければば。お酒については、カクテルに関してならも大体ご用意は出来ますので、同じくご希望を仰って下さい」
説明を受けた紳士は「なるほど」と、考える。
その脇でシャムと呼ばれた女の子はテーブルにベターッと張って、八重歯を見せながら言った。
「お腹すいたよセルカークー。何でも良いから食べようよー」
灰色の尻尾をぴょこぴょこと動かす。それを聞いたセルカークは溜息を吐いた。
「シャムお嬢様、はしたない格好をしないで下さい。分かりました、適当に頼みますから」
セルカークはアロイスに、オススメを1人辺り5,000ゴールド以内で頼みますと言った。
「お飲み物別ですか、それとも一緒で予算内ですか? 」
「我々は見ての通り少食が故に、一緒で予算内でお願いしたい」
「承知しました。では、少々お待ち下さい」
アロイスは言われた通りの予算で調理を始める。だが、包丁で厚い豚肉を切ろうとした時。ナナの異変に気づいて、思わず手を止めた。
「ナ、ナナ。涎が出てるぞ……」
「……はっ!」
ナナは、じゅるりとしてケットシーの二人組みを眺めていた。その様子を見たセルカークは、再びナナを睨んで指差して言った。
「おい娘、さっきも言ったが我々を馬鹿にしているのかね」
「い、いえそんな! ごめんなさい! 」
「じゃあその態度は何だ。客を前にして、そんな態度でまともな接客が出来ると思っているのか」
「う……うぅ。す、すみません。ごめんなさい……」
しゅん、と顔をうつむかせる。
アロイスは「ナナ、さっきからどうしたんだ」と話しかけた。
「アロイスさん……。ごめんなさい、私、その……猫さんが大好きで……」
「……ああ。そういえばそうだったな」
ナナは出会った頃から何かと『猫』をモチーフにした服装に身を包んでいた。というより、今も彼女のエプロンにはワンポイントで猫の刺繍をしているし、目の前に現れたケットシーの可愛らしい姿については彼女にとって垂涎ものだった。
「すみません、頭冷やします……」
我を忘れてしまったナナはその場から離れようとした。だが、背中を引っ張られた感覚にナナは足を止めて振り返ると、服の裾をシャムが指先で摘んでいた。
「……どうしたんです? 」
ナナが訊くと、シャムは八重歯を見せてニッコリと笑って言った。
「お姉ちゃん、猫が好きなのー? 」
「えっ。は、はい。大好きです」
「私たちはケットシーの猫族ってだけだけどねー、私のことも好きなのー? 」
「……す、凄い可愛らしくて好きです」
「そっかー。嬉しいなー! 」
シャムは微笑みながら、両手を拡げて「んっー!」と、叫んだ。
「ど、どうしたんです? 」
彼女の行動にナナは首を傾げる。シャムは笑顔で、それを伝えた。
「お姉ちゃん、抱きしめてー! 」
「……ッ!?」
その台詞にナナは全身を震わせる。咄嗟にアロイスを見つめた。
「ケットシーは純粋な方々で他人の気持ちを理解してくれる。ナナの気持ちが伝わったんだよ」
「で、でも。抱っこして……良いんですか? 」
「本人が望んでいるのなら、俺はどうも言えないよ」
その台詞と、ほぼ同時。ナナは両手を拡げて待っているシャムを抱きかかえた。頭を優しく撫でて、猫をあやすように顎の下をワサワサと触る。シャムは「くすぐったいー!」と笑いながらもナナにギュっと抱きついて、二人は何とも楽しそうにじゃれ合った。
「やれやれ、シャムお嬢様にも困ったものだ」
隣でセルカークは溜息を吐いた。
それを見たアロイスは、
「男同士はコレで語りましょうよ」
と、ロックグラスに、とある酒を注いで彼の前に置いた。
「これは? 」
「イーストフィールズのラム酒です」
「と、いうと地酒の1つかね。しかしラム酒とはオツなものを選んでくれる」
「南方の諸島はラム酒の宝庫ですし、飲み慣れてるかと思いまして」
「……ほう」
セルカークは「分かっているね」とアロイスを指差して言った。
「ケットシーのうち、お客さんたちのような猫人種は南方出身ですからね」
「ほう……良く知っている。さすが町でオススメされた酒場だけはある」
「はは、町でオススメですか」
嬉しい話だ。実際のところオススメと言われて酒場に訪れた、という客は少なくない。町の皆には感謝してもしきれない。
「では、町でオススメされた味をお届けするまで、ラム酒には此方を併せて摘んでお待ち下さい」
小皿に盛られたドライフルーツを用意して、セルカークとシャムの前に置いた。
「ドライフルーツはラム酒の定番だな。ふむ……シャムお嬢様。まずはお摘みだけでも食べたらどうですか」
お腹空いたと叫んでいたシャムに言う。しかしお嬢様はナナとじゃれ合うのに夢中で気づかなかった。セルカークはそんな彼女に苦笑いして、透明感あるラム酒のグラスを手に取った。
「やれやれ、お嬢様には困ったものだ」
セルカークはグラスに鼻を近づけ、グラスを回す。甘く、芳醇な香りが広がっていく。
「優しさの感じる甘い香りだな。これは、色合いや香りから察するとホワイトラムかな」
「さすがです。南諸島はダークラムが主流でしたし、是非イーストフィールズのホワイトラムを味わって頂こうかと」
「ほう、ラム好きじゃないと言えない台詞だよそれは」
セルカークは感心した。
ラム酒とはサトウキビが原材のため、スウィートな甘い香りを持つ。
『ホワイト、ゴールド、ダーク』
基本3つの種類に分けられていて、それぞれ名前の通りの色合いを持っていることが特徴でもある。白、金、黒の順に、甘さとクセが強くなっていくため、自分好みのカラーを探すというのも一興な酒なのだ。
「確かに、私達の出身であるサウスフィールズでは、甘みとクセが強いダークが主流だ。ホワイトは甘みが弱いが、クセが少なく飲み易いと聞く。飲んだことは無かったし、初めて飲んでみる。どれどれ……」
グラスに注いだラム酒を僅かに流し込む。刹那に強いアルコールがいっぱいに燃え、カッと胸を熱くした。鼻で呼吸すると甘い香りが広がるが、甘みは長居せず呼吸を重ねる毎に消えていく。
「ほう、甘さが強くないおかげで非常に飲み易い」
「流通する市販モノではなく、地域色が出やすい地酒なので独特な味わいかと」
「イーストフィールズも中々良い酒を作るな」
「元々ホワイトは味が薄いのでカクテル向きなんですが、酒に飲み慣れてる方は充分に味わう事が出来ると思います」
「私達の出身地で造られてるダークは香りも甘さも強い。まるで真逆の味だが、私はこの味が好きだよ」
セルカークの尻尾が嬉しそうにぴょこぴょこと左右に振られた。
「お気に召して頂いたようで何よりです。では、料理のほうはもう少々お待ち下さい」
紳士セルカークは一人飲みを、シャムお嬢様はナナと遊び呆けていた。その間、アロイスは彼らに見合う豚肉料理としてシンプルな一品と、小麦粉を使った料理を作り上げる。
(サウスフィールズに在る島々は情熱的な国だ。繊細な料理より大味というか、素材をそのまま残した調理方法が多いんだよな。見たところ二人は旅人のようだし、ラム酒が好きだということは地元愛も強いということ。折角だから、俺のオリジナルを併せて情熱的な料理を味わって貰おう)




