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遠い南の島からの便り(1)

 【2080年6月8日。】

 午後15時。

 アロイスとナナは、酒場開店前に調理の準備を進めていた。


「アロイスさん、豚肉の下ごしらえ終わりました」

「こっちも終わりだ。今日はこんなもんで良いだろう。一旦休憩しようか」

「はいっ、分かりました」


 二人はキッチンを出て、真ん中のテーブルに移動して腰を下ろした。

 午前中は畑仕事をしている手前、この時間になると若干の眠気が来る。


「ふわあーあ……」


 アロイスは大きな欠伸をした。それはナナにも伝わり、彼女も手で口を押さえて小さく欠伸する。


「ふわぁ……あっ」

「はは、移ってしまったな。ナナは酒場の仕事慣れてきたか? 」 

「少しずつですけど。まだまだ覚えることが沢山あって」

「そうだよなぁ。ていうか、開店してもう2ヶ月くらいになるけど、うちって結構適当なんだよな」

「何がです? 」

「開店時間とか曖昧だし、その辺を先に考えるべきだったかと……今更ながら思う」


 アロイスの酒場は、カパリという男のお陰もあって良し悪し関係なく開店してしまった背景がある。結果、半ば流れのままに経営してきたし、明確な開店時間や休日などの取り決めをしていなかった。


「午前中に畑仕事、午後は夜まで酒場経営。体力的に厳しいよな」

「大丈夫です、とは言いたいんですけど……眠くなることはたまにあります」

「んっ、正直で宜しい。そろそろ休日について決めておこうか」


 とは言っても、どう取り決めしたら良いものか。

 一般的には週末に合わせて酒場は稼ぎ時であるが、何せカントリータウンは冒険者や観光客が常日頃に居る町で、常時稼ぎ時と言っても過言じゃない。


「普通に考えたら、週始めの2日を休みにしたほうが良いかもな」

「でも飲食店って1日だけのお休みのほうが多いイメージありませんか? 」

「……確かに」

「あと、お店によっては隔週1日とかっていうのもありますよ」

「隔週は疲労が蓄積しやすいから無理だな。なら、週始めの1日目を休みにしようか」

「ていうことは、来週の11日がお休みでしょうか」

「そうなる。では、毎週の頭を休みで良いかな」

「はい、全然構いません♪」

「分かった。じゃあ、お客さんたちには後で張り紙か何かで告知するよ」


 アロイスは座ったまま背伸びする。

 こんな簡単に休日なんかを決められるのは個人業のいいところだ。


「でも急にお休みってなると暇になりますね。いつも畑仕事と酒場お手伝いで1日が終わってましたから」

「それでは、町に出て買い物とかどうだ」

「うーん、それだと普段通りな感じがしませんか?」

「……言われてみれば」


 二人は笑い合った。


「買い物以外で何かしましょうよ。まだ町で行ってない場所もありますし、案内しますから」 

「ハハ、それじゃ頼むよ。では、ついでにもう一個も取り決めしないとな」

「もう一個ですか? 」

「開店と閉店時間だよ。いつも適当に店を開いてるばっかだからなぁ」


 それは『明確』な開店と閉店時間。

 いつもは調理の仕込みを終えてから、最初の客が訪れることで店は始まり、23時頃に最後の客が帰って店を閉める。そんな適当な労働ったら無い。


「んー、最初のお客さんは早くて16時くらいに来ますよ」

「たまにな。平均的には18時って感じじゃないか? 」

「なら、間を取って17時っていうのはどうでしょう」

「17時なら夕食時の客も来るし、悪くないな。他の酒場もそんくらいの時間が多かったし」


 決まりだ。

 開店は17時、閉店は23時を目安にすることにしよう。


「よし、毎週始めの日は休日。開店時間は17時から23時まで。但し、閉店時間は21時以降に客が来ない場合は閉めるって感じでドンドン無駄を省いていこう」


 ナナは「分かりました」と頷いた。


「つーか今まで適当過ぎたな。俺の所為で無駄な疲労をさせちまったな。すまん」

「い、いえ。私も店員なのに気づかずに。それくらいアロイスさんと一緒にいるのが楽しいってことですよ! 」

「ははっ、俺もだよ。ありがとう」


 笑顔のナナに、アロイスも笑顔で答えた。

 ……と、15時を回ったばかりだというのに、このタイミングで本日最初の客が訪れる。


「こんにちわ、やっているかね」


 店の玄関が開く音と、客らしき男の声。

 二人は慌てて立ち上がる。

「今日はやっておりますよ」

 アロイスは答えた。


「そうか。では、邪魔するよ。二名だ」


 アロイスはすかさず「どうぞ」と店内に案内しようとする。が、扉に目を向けても、客の姿はどこにもなかった。


「あれっ、お客さん……? 」


 もう店に入っているのかと店内を見渡すが、誰もいない。一体どこへ行ったのかと探していると、扉のほうから「ゴホンゴホン」と咳払いが聴こえて、その方向を見ると非常に小柄な男女が立っていた。


「こっちだ。我々が小さいからと言って、そんな扱いは困るよ」


 それを見たアロイスは「おぉ」と、息を漏らした。


(ケ、ケットシーの猫族じゃないか。珍しいお客さんがいらっしゃったもんだ……)


 男は黒髪の七三分けに立派なアゴヒゲを生やし、チェック柄の茶色いソフトハットに、トレンチコートを着用した大人びた姿。

 もう一人は、長いまつ毛と灰色の大きな瞳、それと同じ色の長髪が美しい可愛らしい幼い感じの女の子。格好は民族的で、白い襟が深いブラウスと、赤の縦線が入ったスカートを身に着けていた。


 彼らケットシーは非常に小柄な種族で、どちらも身長は100cmから120cm前後である。

 また、彼らの大きな特徴としてはもう一つ。

 女の子は最初から、男のほうは帽子を脱いだ時にそれは露になった。


「……ねこみみっ!?」


 そう。ナナが叫んだ通り、彼らの頭部には、ぴょこんっ。と、ふわふわの猫耳が立っていた。


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