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悠久王国のシロき王子(11)

 

「こちらに、アロイス・ミュール様はいらっしゃいますでしょうか! 」


 銀色の金属鎧と、長剣を身に着けた兵士が大人数現れ、自宅を取り囲んでいた。

 誰かお客さんだと思って玄関で迎えたナナは、その人数に驚いて声を上げた。


「な、なんかいっぱい来ましたけど!? 」


 驚くナナ。その声を聞いて顔を出したアロイスも、さすがに驚いたようだ。

 だが、事に関しては当然だという雰囲気の王子は、

「よく来てくれた、ご苦労」

 と、玄関を出て片腕を上げて合図すると、兵士らは全員王子に向かって統率の取れたように頭を下げた。


 王子はすっかり腫れの引いた顔を擦りつつ、迎えに来た兵士らを見渡すうち、ある事に気づいて兵士の一人に訊いた。


「……おい、ロメスはどうした。余を迎えに来なかったのか」


 訊かれた兵士はハっとして、小声で答えた。だが、以前の王子なら露知らず、今の王子にとってはかなりショックを受ける言葉が飛び出した。


「ロメス殿は……行方不明です」

「何? 」


 王子は自分の耳を疑った。


「ロメスが行方不明とは、どういうことだ」

「飛行船から貴方様が襲われたと無線電信機にて連絡を受けた後、飛行船は墜落したんです……」

「なっ……! 」

「焼け落ちた飛行船は海に落下して沈んでしまった為、全員が行方不明であるという扱いに……」

「ロメスが、馬鹿な! まさか、アイツが死……」

「それは……ッ」


 首を横に振る兵士に、愕然とした。あのロメスが飛行船と共に消えたというのか。

 この地に落ちた時、確かにロメスの行動に対して怒りをもった。だが今は違う。ロメスは最後の最後まで自分を助けようとしてくれていたと分かっていたから。


「くっ……!?」


 これが余の傲慢たる態度に対する罰だというのだろうか。


「……いや、待て。考えを改める。行方不明なだけ、そうなのだろう。ロメスは生きているに違いない。アイツは、余の側近だぞ」


 今までの自分なら「ざまぁみろ」と見下していたに違いない。だけど、今は生きていて欲しかった。


「シ、シロ王子様…… 」


 その台詞に兵士らが驚いた。兵士らも、王子はきっと見下す言葉を吐くのだと思っていたからだ。


「本当はロメスが迎えに来てくれると思っていた。この1週間をどんな風に過ごして来たか話をしてやろうと考えていたんだがな……」


 これから、余はどうすれば良いのか。とにかく一度王城に帰ろう。父上に自分の無事を伝えに戻ろう。


「……では、アロイス」


 玄関に戻り、此方を見つめるアロイスに声をかけた。


「王子様、色々あるみたいだが、気持ちを大事に持つんだぞ」

「世話になった。本当に色々とな。お前くらいだぞ、余の頬を殴り飛ばしたバカは」

「お前がまた道を逸れるようなら俺は殴りに行くぞ」

「……それは困るな。もうあんな痛い思いはしたくないからな」

「なら他人にもその思いをさせるなよ」


 王子は「出来る限り努力はしようと思う」と、だけ答えた。


「その答えだけでも十分だ。……と、そうだった王子。忘れるところだった」

「どうした」

「すぐ持ってくるから、待っててくれ」


 アロイスは急いで居間に戻って、小さな酒瓶を1本と、悠久王国を象徴する例のエンブレムを持ってきた。


「まずは、これはお前のものだ。王子、この証を大事にしてくれ」

「これは……王室のエンブレムか。そういえば、落下傘のリュックに付いていたんだったな」


 本当にロメスは優秀だった。落ちた先でも王子である証を残すように最初から仕組んでいたのだろう。王子は、その輝くエンブレムを受け取ると強く握り締めた。


「そして、お前へのプレゼントだ」


 次に渡したのは、小さな酒瓶。栓は開いていない新品の酒で、ラベルには青々とした葉が描かれ、その上に『Caipiroska』と文字があった。


「これは酒か? カイピロスカ……と書いてあるのか」

「カクテルの1種を瓶詰めしたものだ。十分に美味い酒だぞ」

「……どうしてこれを余に渡す」

「カクテルには花言葉を同じように、様々な意味を持っているのは知っているか」

「いや。カクテル言葉なんてあったのか」


 当然王子は知るわけもなく、ナナも「へぇ」と驚いていた。


「ああ、カクテル言葉はあるぞ。そしてな、そのカクテル『カイピロスカ』の意味は……」


 王子の両肩を強く掴み、微笑んで言った。


「明日への期待、だ」


 その言葉を聴いた王子は、彼の台詞に完全に心打たれたようだった。


「明日への期待か。余に、この言葉を送るというのか……」

「俺らは、お前の明日に期待する。過去に学び、明日を生きてくれ。そして、いつか王になって……」

「全ての民へ、明日への期待を持たせろ……と、いうことか」

「そういうことだ。お前の明日は、民の明日だと思って欲しい」


 最後の最後に何たる物を贈ってくるのだ、この男は。だけど、こんなに嬉しいプレゼントも中々無い。


「……この酒、ありがたく受け取る」


 酒瓶を持ち上げ、乾杯するようにアロイスの方へ振った。アロイスも親指を立てて笑う。


「フフッ、明日への期待か。それでは、余からもコレを受け取って欲しい」


 そう言って、王子は、アロイスに何と『王室のエンブレム』を投げ渡した。


「お、おい。これは王室の……」

「お前は確か酒場経営をしているのだろう。いつか客として飲みに来る。悠久王のご用達の店として、そのエンブレムを飾っておけ。良いな」


 アロイスは目を丸くして、頭を描く。


「おいおい、結局は傲慢な王になりそうだな。一介の酒場すら王子様の物にする気かい」

「ハッハッハ、そうかもしれん。しかし、そう言うな。頬の痛みに誓って、努力はするつもりだ」

「期待してるぞ。明日への期待を」

「ああ。では、またな」

「酒場で待ってるぞ。また会おう」

「また……」


 最後に酒瓶をもう1度持ち上げた王子は、もう振り返ることなく、兵士らと共に、悠久王国へと帰っていった。

 アロイスは受け取ったエンブレムを手のひらに乗せ、嬉しそうに眺めていた。


「これ、大事にしなくちゃいけないな」

「そうですね。でも、王子ってば出会った時よりずっと優しくなった気がします」

「変わるきっかけなんて一瞬だからな。とはいえ、幼い子供がちょっとばかし大人の階段を上っただけさ」

「ふふっ、そうですね」


 ……大人の階段をちょっと上っただけ。そうだ。


 だが、王子は、この日を境にして大きく成長していくことになる。


 長き道のりは決して楽なものではないが、彼は誰もが認められる『王』となっていくのだ。


 そして、まだまだ語りきれぬ彼の物語は、また別の機会がありますれば……。


 ……………

 ……

 …




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